第12話「大きく変わったもの」
懐かしい名前。今は必要のない名前。
千年先まで知れ渡っているのは、些か誇らしいと思った。
「よく知ってんだなあ。んな話、聞いたこともねえけど」
「私も。アルベルの逸話は色々と残ってるが、異名については知らないね」
それはそうだ、とヴィルヘルミナは想いを馳せるように遠くを見つめた。
「なにせ、千年前に秘術を得たものはアルベルしかいない。ましてや、それを見たものしかそう呼んだことがないのだから当然だ。……ところで、アルベルは手塩にかけて育てた弟子がいたはずだ。その連中については記録は残ってないのか?」
やっと興味を示したヴィルヘルミナに、エリアスが食いつくように言った。
「良い質問だぜ、後輩。実はアルベルには二人の優秀な弟子がいたんだが、そのひとりが、なんとアルベルを殺しちまった。その結果、アルベルの持つ知識や経験を解析しようと死体の奪い合いが始まった……てのが、戦争の起点なんだよ」
弟子に殺されたのは知っている。殺された本人が転生しているのだから。
「弟子たちはどうなった。衰退した理由は、そいつらが死んだからか? 私の……ごほん。アルベルの秘術は解析されたのか?」
「いやあ、結局、死体はどこにいったのやらで。未だに見つかってないんだと」
奪い合いが始まってから、正確にはアルベルが亡くなってから、二人いた弟子は深い対立関係に陥った。そのことがきっかけで多くの魔法使いたちがアルベルの遺体を神格化するように、魔法の神秘として扱った。
それはもう多くの派閥が出来た。そして弟子たちもまた、その神秘を失うべきではないという判断と共に、彼らの手に渡るべきではないと考えた結果、アルベルの遺体を秘匿する決断に踏み切ったのだ。
やがて、アルベルの弟子たちは遺体を隠したことで罪人と扱われ、どれほどの拷問を受けようと最後まで在処を吐かず、絶命に至った。今もなお遺体は見つかっておらず、千年経っても誰もが見つけ出せていないとされている。
大戦争が起きてから、魔法使いたちは数を大きく減らした。そのためか、あらゆる技術が失われていくきっかけともなり、残った魔法使いたちの教訓となった。これまでの争いの歴史は愚かで醜く、これからは前に進む時代である、と。
「────つうのが、俺の習った歴史だな」
古い昔話が、つい昨日のことのように聞こえた。ヴィルヘルミナは自分が殺された現実と共に、魔法を愛した者たちの死の真相を知った。
別に、さほど大切にしていたわけではない。だが、脳裏から魔法が好きだといった弟子たちの笑顔が消えない。あまりにも残酷な罪を犯してきたのが自分であるならば、なぜ、罪なき者たちの行いに惨たらしい結末を与えたのか。
やはり神など放任主義で、世界を創ったらさっさと消えたのだろうと馬鹿らしくなる。自分が転生したのも世界のバグでしかなかったのだと解釈して済ませた。
「(……となると、興味深いことはひとつ残る。私の遺体はどこにある?)」
魔法の衰退。その切っ掛けとも言える存在、アルベルの遺体。未だ見つかっていないのであれば、誰かが見つける恐れがある。既に中身のない肉体と言えども、解析すれば記憶を読み取ることも、非常に優れた魔法使いならば難しくもない。
悪意に満ちた魔法使いがアルベルの持っていた知識や経験を手に入れてしまったら危険ではないだろうか。そんな考えが、頭を過った。
「つっても千年前の話だから曖昧なもんだぜ。わりと魔法使いたちの間じゃ、んなもんは伝説上の人物で、実在するかどうかも怪しいって言うんだからよ」
「だといいが。……それより、いつまで歩くんだ。寮はそんなに遠いのか」
町の中央にある魔法学院の敷地から外に出て、ずっとアルベルを案内役に歩いている。あまりに広すぎるのでは、とうんざりしかけていた。
「いやさ。ここの学院、四年制でさ。生徒は約千人ほどいるわけ。だから、校舎のある中央じゃなくて町の北側に寮が集まってんの。そこに学年のクラスごとに割り振られた地区があって、俺たちの区はル・フェイ通りって名前なんだ」
どこかで聞いたような気がして、ヴィルヘルミナはすぐに思い出す。
「ああ、わた……アルベルの弟子の名前か」
またしても口を滑らせそうになる。馬鹿にされて終わるのがオチなのは分かっていた。
「大昔のお偉い魔法使いの名前を使ってんだとよ。俺ら寮長はその名前を背負って後輩共が規律を乱さねえように、管理を任されてるってわけ」
ふふんと鼻を高くするエリアスに、アレックスが尋ねる。
「ってことは普通、四年が案内役とか寮長をしてるんじゃないの?」
「アレックス、お前な。四年は卒業試験も控えてんだから、やるわけねえだろ」
町の南側に聳える大きな塔を眺めてエリアスが言った。
「卒業試験は魔塔で行われる。四年になると、北の寮から南の寮に移るんだよ。そっちで集中的に三年で学んだことを全部やり直したうえで、試験勉強に臨まなきゃならない。精密な魔力操作。優れた魔力量。それから知識と技術。この全てが最低ラインを満たしてなきゃ、今後の見込みナシって判を押されちまうからな」
見込みがない。そのひと言に、ヴィルヘルミナは心底驚いた。
「……魔法使いを目指す者が、見込みがないと言われるのか?」
吐き気すら催す、魔法使いにあるまじき仕組み。千年前の魔法使いたちは自らが破滅の道を突き進んだとはいえ、誰もが魔法に真摯に向き合い、派閥こそあれど、互いに『見込みがない』と共有の枠組みが外すことはなかった。諦めるも諦めないも本人次第の世界。だからこそ、皆が優れた人間だった。
ヴィルヘルミナの知る魔法使いの世界にあってはならない、最低の仕組みだ。
「それが普通だろ。世の中は実力主義なんだから」
「魔法とは知識と知恵、経験の全てだ。見込みがないからと与えない理由にはならない。そんなものが学び舎と呼べていいのか」
知るかよ、とエリアスが言いかけたところでアレックスが割って入った。
「まあまあ。気に入らなければ、君が実力を示せばいいだけのことさ。仕組みを変えるには、まず誰よりも凄腕の魔法使いになる。これに限るよ」
「……ふん、言われなくともそうしてやる」
気に入らない、とふくれっ面をしながらヴィルヘルミナは、腹立たしさをぐっと呑み込んだ。アレックスの言う通り、手ずから変えていけばよい、と。




