8 現実回帰と混乱
薔薇の甘い香りに包まれて、エミリアは意識を取り戻した。皇宮の薔薇園の芝生の上に横たわっている自分に気づき、慌てて身を起こす。
「あれは……夢だったの?」
しかし、手の中には小さな虹色の瓶が握られていた。「心温スパイス」と書かれたラベルが、異次元での体験が現実だったことを物語っている。
「天使の涙は……!」
近くに落ちているケーキを発見し、安堵のため息をついた。濁流に飲まれたにも関わらず、ケーキは無傷で美しい輝きを保っている。まさに奇跡だった。
足音が近づいてくる。振り返ると、氷のように美しい男性が立っていた。金髪に青い瞳、完璧な容貌を持つ皇帝アドリアン・ヴァン・エルドラドその人である。
皇帝がケーキを発見し、興味深そうに見つめている。そして……一口食べた。
瞬間、アドリアンの瞳に十年ぶりの感情の波動が宿った。氷のような表情に、微かな驚きが浮かぶ。
「これは……何だ?」
心の奥底に眠っていた温かさが、ほんの一瞬だけ蘇った。エミリアは慌てて名乗り出る。
「陛下! そのケーキは私が……」
「君が作ったのか?」
アドリアンの声は依然として冷たかったが、瞳の奥に僅かな興味の光が宿っていた。
「はい、心を込めて作らせていただきました」
「心を込めて……」
皇帝がその言葉を反芻する。十年間忘れていた感情が、微かに胸の奥で疼いた。
宮廷の側近たちが駆けつけてきた。彼らは皇帝の表情の変化に驚愕していた。
「陛下の表情が……変わった」
誰かが小さく呟く。
「もしよろしければ、他にも……」
エミリアが勇気を振り絞って提案した。皇帝は長い沈黙の後、短く頷いた。




