25 兄弟の和解と世界の再生
聖堂に差し込む朝の光の中で、ルシフェル大公は膝をついていた。10年間積み重ねてきた憎悪と陰謀のすべてが、愛の奇跡を目の当たりにして砂のように崩れ去っている。
「アドリアン……私を許してくれるか……」
震える声で弟の名を呼ぶルシフェル。その瞳には、幼い頃の純粋だった兄の面影が戻っていた。
アドリアンがエミリアの手を握ったまま、兄の前に歩み寄る。
「兄上、僕も謝らなければならないことがあります」
「え?」
「あの夜、両親が暗殺された時……僕は兄上を疑ってしまった。それが兄上の心を傷つけたのではないですか?」
ルシフェルの目から涙が溢れる。
「私こそ……弟を守れなかった兄として……君を苦しめることしかできなかった……」
「もう過去のことです」アドリアンが優しく微笑む。「大切なのは、これからどう生きるかです」
兄弟が10年ぶりに抱き合った瞬間、聖堂の壁に描かれた天使たちが微笑んでいるように見えた。
エミリアが静かに立ち上がり、最後に残された「癒しバニラ」を手に取る。
「和解のお茶を作らせてください。これで、お二人の心の傷も完全に癒されるはずです」
小さな茶器に三人分のお茶を淹れる。「癒しバニラ」の甘い香りが聖堂に広がると、そこにいるすべての人の心が温かく包まれた。
「乾杯……いえ、新しい始まりに」
エミリアの提案で、三人が茶器を掲げる。
「新しい始まりに」
アドリアンとルシフェルが声を合わせ、温かなお茶を飲み干した。
その瞬間、皇宮全体が愛の力で満たされた。10年間凍りついていた噴水が再び水を噴き上げ、枯れていた花壇に色とりどりの花が咲き始める。
宮廷の人々が窓から外を見て驚嘆の声を上げた。
「雪が止んでいる!」「花が咲いてる!」「春が来たんだ!」
エミリアの愛が皇帝の心を溶かし、それが帝国全体に波及したのだ。
「私が皇帝の右腕として、この国を支えよう」
ルシフェルが決然と宣言する。
「真の兄として、弟を支え、国民を守る。それが私の贖罪だ」
「兄上……ありがとうございます」
アドリアンの瞳に感謝の涙が光る。
一方、ベルクール城では奇跡が起きていた。エミリアの母親が病床から起き上がったのだ。
「あら、私は……」
「奥様! お元気になられた!」
侍女たちが歓喜の声を上げる。エミリアの愛の力が、遠く離れた家族にまで届いていた。
帝国中で同じような奇跡が起きていた。病気の人々が回復し、争いを続けていた隣人たちが和解し、絶望に沈んでいた人々の心に希望が宿る。
「エミリア様のおかげで、陛下が真の皇帝に戻られた」
宮廷の人々が口々に感謝を述べる。
「いえ、私は何も特別なことはしていません」エミリアが謙虚に答える。「ただ、心を込めて料理を作っただけです」
「その『ただ』が奇跡を生んだのです」侍女ルナが感動に震える。
夕暮れ時、三人は皇宮の庭園を歩いていた。かつて雪に閉ざされていた庭は、今や薔薇の楽園と化している。
「君がいなかったら、僕たちは永遠に憎み合っていたでしょう」
アドリアンがエミリアの肩に手を置く。
「愛の料理学院を作りませんか?」エミリアが提案する。「次の世代に、愛を込めた料理の技術を教えるのです」
「素晴らしい考えだ」ルシフェルが賛成する。「私も支援しよう」
三人で見上げる夕空に、虹がかかっていた。嵐の後の美しい虹のように、苦難を乗り越えた先に待つ希望の象徴だった。




