24 愛の融合と呪いの完全解除
アドリアンが『真愛のスフレ』を口に含んだ瞬間、奇跡が始まった。
料理が舌の上で溶けると同時に、彼の心に温かな光が流れ込んできた。それは単なる味覚の体験ではない。エミリアの魂そのものが、彼の内側に入ってきたのだ。
「これは……」
アドリアンの瞳が驚愕に見開かれる。心の奥底に築かれていた氷の壁が、音を立てて崩れ始めた。
10年間も彼を苦しめ続けた三重の呪いが、ついに解かれようとしている。
愛情封印の呪いが最初に砕け散った。エミリアの純粋無垢な愛が、アドリアンの心に直接流れ込む。彼女がどれほど深く、どれほど真摯に自分を愛していたのか、すべてが伝わってきた。
「君の愛は……こんなにも深く、純粋だったのか……」
信頼封印の呪いが次に瓦解した。エミリアの記憶が彼の中に流れ込む。ベルクール城での貧しい生活、病気の母親への献身、家族を救いたい一心で皇宮に来たこと。そして何より、前世のパティシエ菜月としての記憶まで。
「君は……君はずっと僕のことを……」
希望封印の呪いが最後に破綻した。エミリアが最後まで諦めなかった希望、二人で共に幸せになりたいという願い、それらすべてがアドリアンの心を包み込む。
皇帝の身体が光に包まれた。10年間封印されていた本来の優しい人格が、完全に復活したのだ。冷酷な仮面が永遠に剥がれ落ちる。
「エミリア……僕の愛する人……」
アドリアンが震える手で、死の淵に立つエミリアを抱き上げる。しかし彼女の呼吸は既に止まりそうなほど弱々しい。
「君を失うくらいなら……僕も一緒に……」
皇帝が自分の生命力をエミリアに分け与える決意を固めた瞬間、二人の魂が融合し始めた。
光の帯が二人を結ぶ。アドリアンの温かな生命エネルギーがエミリアに流れ、代わりにエミリアの愛の記憶がアドリアンの中に定着していく。
お互いの過去、現在、そして未来への願いが完全に共有された。
エミリアの幼少期の記憶——母親に料理を教わった温かな午後。
アドリアンの封印前の記憶——兄ルシフェルと笑い合った幸せな日々。
二人の出会いから現在まで——すべての瞬間が美しい宝石のように心に刻まれる。
「私たちは……一つになったのですね……」
エミリアの瞳に少しずつ光が戻ってくる。アドリアンの生命力が彼女を蘇らせていた。
「ああ、もう二度と離れない」
聖堂の隅で、この光景を見ていたルシフェル大公の心にも変化が訪れていた。
「何ということだ……これほどの愛の力とは……」
真実の愛が放つ眩い輝きを目の当たりにして、彼の中に長く封印されていた感情が蘇る。
幼い頃のアドリアンの笑顔。二人で庭を駆け回った夏の日。弟が初めて「お兄様」と呼んでくれた時の感動。
「私は……私は本当は弟を愛していた……」
ルシフェルの頬に、10年ぶりの涙が流れる。憎悪と嫉妬に支配されていた心が、本来の兄弟愛を思い出していた。
「なぜ私はこんなことを……」
皇宮全体が愛の力で満たされ始めた。アドリアンとエミリアを中心とした光の波が、宮殿の隅々まで行き渡る。
10年間降り続けていた雪がついに止んだ。窓の外に、春の暖かな陽射しが差し込んでくる。
「春が……来たのですね……」
エミリアが微笑みながら窓を見つめる。彼女の頬にも健康的な血色が戻っていた。
「君がもたらしてくれた春だ」
アドリアンがエミリアの髪を優しく撫でる。もう冷たい皇帝の仮面はどこにもない。そこにいるのは、愛する人を心から慈しむ一人の青年だった。
「アドリアン……」
ルシフェルが弟に近づいてくる。その顔には、もう憎悪ではなく後悔の涙があった。
「私を……許してくれるか……」
「兄上……」
アドリアンが立ち上がり、10年ぶりにルシフェルと向き合う。
「僕たちは兄弟です。今度こそ、本当の兄弟に戻りましょう」
二人が抱き合った瞬間、聖堂全体が祝福の光に包まれた。憎悪が愛に変わる奇跡の瞬間だった。




