23 真愛のスフレと生命を賭けた調理
聖堂の厨房で、エミリアは震える手で『真愛のスフレ』の材料を並べていた。窓辺に、銀色に輝く卵、純白の小麦粉、そして最後の異次元調味料である「魂のクリーム」が置かれている。
「エミリア、やめるんだ! その料理は君の命を奪う!」
ルシフェルの声が背後から響くが、エミリアは振り返らない。手は既に最初の工程に取りかかっていた。
卵を割る瞬間、エミリアの指先から淡い光が立ち上った。これは普通の料理ではない。作り手の魂そのものを材料とする、禁断の料理。
「陛下……どこにいらっしゃるの……」
心の中でアドリアンを呼びながら、エミリアは卵白を泡立て始める。一回一回の動作に、彼への愛が込められていく。泡立て器を回すたびに、彼女の生命力が少しずつ削られていった。
「やめろ! それを食べられたら私の計画が……」
ルシフェルが魔法で攻撃してくるが、エミリアの周りには愛の力で形成された透明な壁ができていた。
「あなたも……愛に飢えているだけなのでしょう?」
エミリアが初めてルシフェルを振り返る。その瞳には憎しみではなく、深い慈愛が宿っていた。
「憎しみでは何も生まれない。愛だけが……人を本当に救えるのです」
次に小麦粉を加える段階で、エミリアの髪が風もないのにふわりと舞い上がった。生命エネルギーが料理に移行している証拠だった。
そのとき、聖堂の扉が勢いよく開かれた。
「エミリア!」
アドリアンが息を切らして駆け込んでくる。カイル隊長たちが牢獄から解放してくれたのだ。
「陛下……」
エミリアの手が一瞬止まる。しかし、すぐに料理に集中し直した。
「やめてくれ! 君まで失ったら、僕は……」
アドリアンが近づこうとするが、愛の壁に阻まれる。
「陛下、私の話を聞いてください」
エミリアが「魂のクリーム」を手に取る瞬間、彼女の身体が眩い光に包まれた。
「私は確かに女神の転生体かもしれません。でも、あなたを愛する気持ちは偽物じゃない」
クリームを混ぜ合わせながら、エミリアの声が震える。体力の消耗が激しくなっていた。
「最初は家族のために近づいたのも事実です。でも……でも今は違う」
スフレの生地が完成に近づくにつれ、エミリアの頬から血色が失われていく。
「私は人間として、一人の女性として、心からあなたを愛しています」
オーブンに向かう足取りがふらつく。アドリアンが愛の壁を必死に叩いている。
「エミリア! 君の気持ちはわかった! だからもうやめてくれ!」
「陛下……」
エミリアがスフレをオーブンに入れた瞬間、彼女の生命力の大半が料理に注ぎ込まれた。膝から崩れ落ちそうになりながらも、最後の工程を見守る。
「私の全部を……この料理に込めました」
オーブンの中で、スフレが黄金色に輝きながら膨らんでいく。それは単なる料理ではなく、エミリアの魂そのものだった。
「君の愛は最初から本物だった! 神だろうが人間だろうが関係ない! 僕は君を愛している!」
アドリアンの叫びが聖堂に響く。
「ならば……これを食べて……」
エミリアがオーブンからスフレを取り出す。完成した『真愛のスフレ』は、まるで小さな太陽のように温かい光を放っていた。
料理と同時に、エミリアが床に倒れ込む。生命力のほぼすべてを使い果たした彼女の呼吸は、もう糸のように細い。
「エミリア!」
愛の壁が消え、アドリアンが彼女の元に駆け寄る。
「これを……食べて……私の愛が……本物だったと……わかってもらえるはず……」
エミリアが最後の力で、スフレの入った皿をアドリアンに差し出した。
皇帝の手が震えながらスプーンを握る。愛する人の命を賭けた料理を前に、もう迷いはなかった。
「君の愛を……受け取る」
アドリアンが『真愛のスフレ』を一口、口に含んだ。
その瞬間、世界が変わった。




