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崖っぷち令嬢は冷血皇帝の心を溶かします  作者: 雨音トキ


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18 料理バトルと最強の敵

その日の夕刻、宮廷に一人の女が現れた。

「お初にお目にかかります、皇帝陛下」

黒いドレスに身を包んだ美女が、優雅に一礼する。その瞳は夜空のように深く、どこか危険な光を宿していた。

「私はベラドンナと申します。この度、ルシフェル大公様のご紹介で参りました」

ルシフェル大公が満足げに微笑む。

「弟よ、彼女こそが真の毒味覚師だ。その技術は……まさに芸術の域に達している」

エミリアの心臓が激しく鼓動した。ベラドンナの存在感は圧倒的で、まるで闇の化身のような恐ろしさを感じる。

「陛下」ベラドンナが蠱惑的な声で続けた。「私めがその専属味覚師と、料理で勝負させていただきたく」

「料理で……勝負?」

皇帝が眉をひそめる。

「はい」ベラドンナの唇が邪悪に歪む。「料理を陛下にお召し上がりいただき、より強い感情を引き出した方の勝利、というのはいかがでしょう」

宮廷がざわめいた。貴族たちの間に期待の空気が流れる。

「面白い提案ですね」フォンテーヌ公爵が身を乗り出す。「エミリア嬢の実力を試す良い機会では?」

エミリアは身体が震えた。相手の正体はわからないが、ただならぬ気配を感じる。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。

「お受けします」

エミリアの声は決然としていた。

「ただし……」ベラドンナが指を一本立てる。「負けた方は、この宮廷から永遠に姿を消すというのはどうでしょう」

会場に緊張が走った。

「エミリア……」

侍女ルナが心配そうに見つめる。しかし、エミリアは既に覚悟を決めていた。

「承知いたしました」

翌日、宮廷の大厨房が決戦の舞台となった。貴族たちが見守る中、二人の女性が向かい合う。

「それでは……始めましょうか」

ベラドンナが不気味に笑った。その瞬間、厨房の温度が急激に下がったような気がする。

ベラドンナは黒い小瓶を取り出した。中身は深い紫色の粉末で、見ているだけで不安になるような色をしている。

「恐怖の次元から取り寄せた特別な調味料です」

エミリアの顔が青ざめた。恐怖の次元……そんな場所があるなんて。

ベラドンナの料理が始まった。パスタを茹でながら、彼女は何かを呟いている。古い呪文のような、聞き慣れない言葉だった。

紫の粉末がソースに混ぜられると、厨房全体が暗い霧に包まれた。絶望的な気分が、見学者たちの心を襲う。

「うっ……」

貴族たちが胸を押さえて後ずさりする。料理を見ているだけで、心が重くなってくる。

一方、エミリアは「愛の調味料庫」への扉を開こうとしていた。しかし、ベラドンナの発する負のエネルギーに妨げられ、なかなか集中できない。

「どうしたの? あの平民の料理人」

「もう諦めたのでは?」

貴族たちの嘲笑が聞こえる。

「大丈夫……私には……」

エミリアは母親の言葉を思い出した。「愛情のこもった料理は、人の心を癒すのよ」

その時、料理の精霊アモーレの声が心に響いた。

『エミリア、恐れることはありません。あなたの愛の力を信じなさい』

エミリアの周りに淡いピンクの光が立ち上る。ベラドンナの暗い霧を押し返すように、温かな光が厨房を照らした。

「何……?」

ベラドンナが驚愕の表情を浮かべる。

エミリアは心を込めて作り始めた。普通の食材だが、一つ一つに愛情を注ぎ込んでいる。

『心温スパイス』『絆ハーブ』『真実シュガー』……次々と異次元の調味料が現れる。しかし、ベラドンナの恐怖の力に対抗するには、それだけでは足りない。

「まずは、私の作品をお召し上がりください」

ベラドンナが「絶望のパスタ」を皇帝の前に差し出した。黒い霧を纏ったパスタは、見るだけで心を暗くする。

アドリアンがフォークを手に取った瞬間、宮廷の空気が凍りついた。

一口食べると、皇帝の表情が一変した。

「やめろ……もう十分だ……」

アドリアンが頭を抱えて苦しみ始める。10年前の両親の暗殺、兄への裏切り、愛することの恐怖……すべての絶望的な記憶が蘇っている。

「うわあああああ!」

皇帝の叫び声が宮廷に響いた。

「陛下!」

エミリアが駆け寄ろうとするが、ベラドンナが冷笑する。

「これが恐怖の料理の力です。人の心の最も暗い部分を呼び起こすのです」

皇帝は氷の玉座にしがみつき、震えていた。恐怖と絶望に支配され、もはや皇帝としての威厳もない。

「次は……あなたの番ですよ」

ベラドンナがエミリアを見つめる。その瞳に宿る悪意は、まさに悪魔そのものだった。

エミリアは覚悟を決めた。皇帝を救うためには、最深部の調味料を使うしかない。

『愛の次元』の最も奥深くに眠る『永遠愛の塩』……それは使用者の命を削る危険な調味料だった。

「私は……彼を愛しています」

エミリアが『愛の調味料庫』の扉を大きく開く。今度は誰にも邪魔されない。燃えるような愛の炎が、彼女の心を満たしていた。

『永遠愛の塩』を取りに向かう途中、愛の次元で女神アフロディータの幻影が現れた。

「娘よ、その調味料を使えば、あなたの寿命は縮まります」

「構いません」エミリアが即答する。「彼を救えるなら」

「……あなたの愛は、本物ですね」

女神が優しく微笑む。

「それを信じなさい。真実の愛こそが、最強の力なのです」

エミリアは『永遠愛の塩』を手に取った。それは彼女の手のひらで虹色に輝いている。

現実世界に戻ると、エミリアは「希望のリゾット」の調理を始めた。米一粒一粒に愛を込め、スープストックには自分の生命力を注ぎ込む。

『永遠愛の塩』を加えた瞬間、厨房全体が眩いばかりの光に包まれた。ベラドンナの暗い霧が一掃され、温かな春風が宮廷を吹き抜ける。

「これは……」

見学していた貴族たちが息を呑んだ。エミリアの料理からは、母親の愛のような温かさが溢れている。

「陛下、どうぞ」

エミリアが震える手でリゾットを差し出す。『永遠愛の塩』の使用で、彼女の体力は大きく削られていた。

アドリアンが恐る恐るスプーンを口に運ぶ。

その瞬間―――

皇帝の瞳に、10年ぶりに希望の光が宿った。絶望と恐怖が愛と温かさに変わっていく。

「エミリア……」

皇帝が彼女の名を呼んだ。その声には、確かな愛情が込められていた。

「僕の心に……光が戻ってきた」

宮廷に歓声が上がる。しかし、エミリアは立っているのがやっとの状態だった。異次元の調味料を使いすぎて、味覚に異常をきたし始めている。

「馬鹿な……こんなはずでは……」

ベラドンナが後ずさりする。彼女の完全敗北だった。

しかし、立ち去り際にルシフェル大公に何かを囁く。

「あの娘の正体……知っていますよ」

大公の瞳が鋭く光った。エミリアが女神の転生体だという秘密を、ついに掴んだのだった。

料理バトルには勝利したが、エミリアにとって新たな危機の始まりでもあった。愛の力で一つの敵は倒したが、さらに巨大な陰謀が彼女を待ち受けている。

皇帝の心に希望が戻った今、ルシフェルの最終計画が始動しようとしていた。


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