17 身分の壁と政治的圧力
しかし、幸福は長くは続かなかった。
皇帝と平民の恋愛が宮廷に漏れ、大騒動に発展したのだ。朝の閣議で、貴族たちの激しい非難が始まった。
「陛下、これはあまりにも……」
「皇室の血筋を汚すおつもりですか!」
フォンテーヌ公爵が血相を変えて抗議する。昨日まではエミリアを認めていた貴族たちも、恋愛関係となると話は別だった。
「平民との結婚など、前例がございません!」
「帝国の威信に関わる問題です!」
貴族たちの怒号が謁見の間に響く。エミリアは「皇帝を誘惑した妖女」として糾弾され、宮廷内での立場が一変してしまった。
近隣諸国からも抗議文が届いていた。
「ヴェルディア王国より……『帝国の威信に関わる重大な懸念』との書状が」
外務大臣が震え声で報告する。政略結婚を前提とした外交関係が、根底から覆される可能性があった。
「僕は皇帝である前に、一人の男性だ」
アドリアンが反発するが、政治的責任の重さに苦悩していた。一国の君主として、個人的な感情だけで行動するわけにはいかない。
「国を背負う身として……」
皇帝の表情に迷いが浮かんだ。エミリアへの愛と、皇帝としての責務の間で揺れ動いている。
「私のせいで……陛下に迷惑をかけてしまって」
エミリアは自責の念に駆られていた。愛する人を困らせることになるなど、想像もしていなかった。
「弟よ、感情に流されてはならない」
ルシフェル大公が、表面上は心配するふりをしながら偽りの忠告を囁く。
「皇帝としての責務を忘れてはならないぞ」
宮廷の雰囲気は一変し、エミリアへの風当たりが強くなった。廊下を歩けば冷たい視線を浴び、陰口が絶えない。
「あの女のせいで……」
「陛下を惑わした罪は重い」
侍女のルナだけが、変わらぬ忠誠を示してくれた。
「エミリア様、お気を強く持ってください」
「どんなことがあっても、私はエミリア様のお味方です」
夜になると、アドリー人格が現れた。
「僕は君を守る……たとえ世界を敵に回しても」
しかし、昼の皇帝は政治的圧力に押し切られそうになっていた。閣議での激しい議論、諸外国からの圧力、宮廷内の反発。すべてがアドリアンの心を氷で覆い始めている。
「陛下……」
エミリアがアドリアンに近づこうとしても、側近たちが阻止する。
「陛下はお忙しい身です」
「平民の分際で……」
冷たい言葉が、エミリアの心を深く傷つけた。
貴族会議では、エミリアの追放を求める声が高まっていた。
「あの女を宮廷から追い出せ!」
「皇帝陛下の心を惑わした罪で、処罰すべきです!」
アドリアンは苦渋の表情で会議に臨んでいた。愛する人を守りたい気持ちと、国家の安定を保つ責務の間で、激しく葛藤している。
「私は……どうすれば……」
一人になったとき、皇帝は深く悩んでいた。エミリアを失うことも、国を混乱に陥れることも、どちらも耐え難い選択だった。
宮廷の政治的圧力は日増しに強くなり、二人の愛は厳しい試練にさらされることになった。春の兆しは再び雪に覆われ、氷の時代が戻ってきそうな気配が漂っていた。
エミリアの部屋の窓から見える空は、重い雲に覆われている。まるで彼女の心境を表すかのように、暗く冷たい色をしていた。




