14 昼と夜の皇帝との交流
昼のアドリアンは、政務中も料理のことを考えるようになっていた。書類に目を通しながらも、朝食の心温スープの味が記憶に残っている。
「君の料理はなぜこんなにも……」
言いかけて口を閉ざす。感情を表に出すことへの恐れが、まだ強く残っていた。
夕暮れが宮廷を染める頃、変化が起こった。アドリアンの眉間の皺が緩み、氷のような瞳に温もりが宿る。夜の人格「アドリー」の覚醒だった。
庭園でエミリアと初めて本格的な会話を交わしたのは、満月の夜のことだった。
「君といると……僕は人間に戻れる気がする」
アドリーの声は、昼の皇帝とは全く違う優しさに満ちていた。
二人で薔薇園を散歩しながら、星空を見上げる。
「昔は兄上と一緒に、この庭で虫取りをしたんだ」
懐かしそうな表情で幼少期の思い出を語るアドリー。エミリアは微笑みながら聞いていた。
「今の陛下からは想像できません」
「僕の本当の姿を見せられるのは……君だけなんだ」
月光に照らされた二人の影が、石畳に寄り添うように落ちている。
「十年前の夜……あの事件以来、僕の中で何かが死んだ」
両親の暗殺について語るアドリーの声は、深い悲しみに満ちていた。
「でも完全に死んではいない」エミリアが優しく答える。「今こうして話しているじゃありませんか」
「君は……僕の希望かもしれない」
初めて心を開くアドリーの言葉に、エミリアの胸が高鳴った。
しかし朝が来ると、残酷な現実が待っていた。昼のアドリアンは夜の記憶を曖昧にしか覚えていない。
「昨夜……君と話したような気がするが……」
困惑するアドリアンに、エミリアは複雑な想いを抱いた。二つの人格を持つ彼を愛することの困難さを、改めて実感する。
「陛下、今朝のお食事をお持ちしました」
「ああ……君の料理か」
昼の皇帝も、エミリアの料理には特別な感情を抱き始めていた。冷たい仮面の下で、確実に何かが変わりつつある。
「君は不思議な人だ……」
その呟きに、エミリアは希望を見出した。昼と夜、二つの顔を持つ皇帝の心を、少しずつ溶かしていけるかもしれない。
宮廷の窓から差し込む朝日が、新しい一日の始まりを告げている。エミリアの挑戦は、まだ始まったばかりだった。




