10 母の危篤と決断
ベルクール城に戻ったエミリアを待っていたのは、母親の容体急変の知らせだった。
「もって数日でしょう」
医師の絶望的な宣告に、エミリアの世界が崩れ落ちた。
「お母様……私、どうしたら……」
母親の枕元で泣き崩れるエミリア。しかし、母親は最後の力を振り絞って娘の手を握った。
「エミリア……あなたの心の声に従いなさい」
「でも失敗したら死んでしまう……」
「死ぬことよりも……」母親の声が途切れそうになる。「愛することをやめる方が怖いのよ」
その言葉がエミリアの心に深く刻まれた。
「あなたには特別な力がある。それを信じて……」
母親の直感的な言葉に、エミリアは異次元での出来事を思い出した。自分が普通の人間ではないということを、母親も感じ取っていたのかもしれない。
その夜、村の小さな教会で一人祈りを捧げるエミリア。月光がステンドグラスを透過して、虹色の光が彼女を包んだ。
「神様……私に力をお与えください」
祈りの中で、前世の記憶がより鮮明に蘇ってくる。パティシエ菜月としての使命感、人を幸せにしたいという純粋な想い。
「私は……料理で人を幸せにするために生まれてきたのかもしれない」
翌朝、決意を固めたエミリアは皇宮に向かう準備を始めた。
「私は家族を愛するように……いつかあの方も愛せるかもしれない」
母親のベッドサイドで、最後の別れを告げる。
「お母様、必ず帰ってきます」
涙を流しながらも、エミリアの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「愛することを諦めない……それが私の答えです」
馬車で王都に向かう道中、エミリアは空を見上げた。雲の合間から差し込む光が、まるで未来への道筋を示しているかのように見えた。
「これは運命なのかもしれない……」
家族への愛、そして氷の心を持つ皇帝への想い。すべてを賭けた戦いが、今始まろうとしていた。
車窓から見える景色が、辺境の田舎から王都の賑わいへと変わっていく。エミリアの人生も、この瞬間から全く新しい章へと向かおうとしていた。
馬車の車輪が石畳を刻む音が、彼女の決意の証として響いている。




