4 不思議な男の子
───パラ、パラ。
パラ───。
ふっと人の気配がして目が覚めると、小さなランプの下で、知らない男の子が本を手に取ってページを捲っていた。
私の秘密基地は狭い。
だから男の子は寝ている私のすぐそばに座っている。
誰だろう……。
男の子は私が寝る直前まで読んでいた本を読んでいた。いや、ページがひとりでに捲られている。その子は何も動いていない。
風?ううん、風じゃない。
──パラ。
またページが捲れると、じっと見ている私と目が合った。
「あ。起きた」
本がパタンと勝手に閉じて男の子は私の方を向いた。
「よく寝てたから。起こしちゃ悪いかなって思って。この本、面白いね」
本を指さし、私は起き上がった。
「あ、あの。あなた誰?」
「僕?シリウス」
「しりうす?」
外国の人みたいな名前だ。
確かに髪の毛はふわふわのクリーム色に近い茶色で、目の色も明るい。目の中心の部分が濃ゆいのが良く分かる。
私の真っ黒な髪や、目の色とは全然違う。私の髪は真っすぐでストンとした感じの髪で、不器用なお母さんは私の髪を結ぶのが難しいと言っていた。きっと、こんなふわふわの髪なら上手に三つ編みも出来るのに。
「シリウス君?」
シリウス君は肌の色も白く、顔立ちも私とは全然違う。明るい色の綺麗な男の子。クラスの女の子達が騒ぎそうな感じ。
モテそうっていうのかな。そっか、私のクラスにもお父さんが外国の人がいる。そんな感じなのかな。ハーフか。なるほど、なるほど。
「うん。そう、君は?」
「私はマオ。あ、だから。なんで勝手に入ってきてるの?駄目だよ。怒られちゃうよ?不法侵入って言うんだから。警察に捕まるんだよ」
「勝手に入ったんじゃないよ」
「え?じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんの知り合い?」
こんな子が来るなんて聞いてなかったけどな。
私は、今日おじいちゃんと話したことを思い出したが、誰か来るなら事前に教えてくれると思う。
「ううん。君の知り合いになるのかな」
「うん?私、シリウス君とは初めましてだよ?」
なんだか変わった子。
綺麗で、優しそうだけど、変な子なのかな。うーん、どうしよう。
「あのね、ぼくが精霊っていったら、マオは信じてくれる?」
「精霊?シリウス君人間じゃないの?」
「うん、ほら」
ゆっくりと私に手を差し出したシリウスの手は少し透けていた。
「わあ……本当だ」
触って見ると、感覚が少しだけある。薄い膜のゼリーを触っているような感覚だ。変な感じ。突き破ってしまいそうで、怖々と触ると、すっと手を戻された。
「ね?」
「う、うん。シリウス君はなんだか不思議な人なんだね?おかしな人ではないんだね?ドロボウでも、不法侵入でもないんだ。よかった。でも、私、精霊にも知り合いはいないよ。おじぞうさまとかなら、挨拶したりしてるけど。あ、神様?にも手を合わせにはいくかな」
私は目をこすって、私はシリウスの不思議な手を見つめた。
「あはは。僕はおじぞうさまとは違うな。あのね、君にお願いがあるんだ。今日、紙を拾ったでしょう?」
「うん、白い紙だよね?」
図書館で拾った紙を思い出した。確か、本の間に入れていたはず。
「あれはお姉さんが落としたんじゃないの?」
「違うよ。僕は紙の精霊みたいな感じなんだ。本の精霊って言ったらいいのかな。大切な本がバラバラになってしまってね。この辺に落ちてしまったんだ。今、一枚だけ君が拾ってくれたから、僕はこうやって姿を現す事が出来るようになったんだ。だけど、この通り、まだ僕には拾う事が出来ない。ただ、紙を見つけた君の事だけは分かったんだ」
「本の精霊?」
「うん。だから良ければ散らばった紙を探すのを手伝ってくれないかな」
「探すの?」
「うん」
なんだか楽しそうだ。宝探しみたい。
「うん、いいよ。でも、見つけられない時はごめんね?」
「まあ、その時は諦めるさ」
シリウス君はにっこり笑って、私の方に小指を出した。
「じゃあ、君に、僕の力を渡すね」
「力?」
「うん、どこに紙が落ちているか分かる」
「そうなんだ」
シリウス君は右手を差し出し、小指を指切りするように私の小指を絡ませると、シリウス君の身体が淡く光った。
「マオ。君に僕の力を渡すよ。君は導き手になって、魔法書を元に戻して欲しい。出来なかったとしても、僕は君を咎めない。本が元に戻るまで、力を貸してほしい」
「うん。分かった。え?魔法書?」
そう言うと、私の小指の内側に小さな星の印が付いていた。
え。コレ、消えるのかな?
「よし。契約完了。じゃあ、今日拾った紙を見せて貰える?」
「今日拾った紙?ねえ、シリウス君、コレ、消える?」
小指を見せると、シリウス君は頷いた。
「マオが望むのなら、本が元通りになったら消えるよ」
「よかったー。お母さんに見つかったら怒られちゃいそうだもん」
私は机の上に置いた本の間から紙を取り出してシリウスに見せた。
「うん。確かに。窓を開けてくれる?」
「うん」
私が頷いて、窓を開けると、シリウス君は紙に向かって息を吹きかけた。
「ふー」
そうすると、キラキラと紙から不思議な靄が飛び出していった。
そして、『シリウス』とシリウス君が呟くと、その不思議な靄は綺麗な青白く光って夜の空に吸い込まれていった。
「綺麗……」
見惚れていた私が真っ白な紙に目を向けるとは不思議な文字が書かれていた。
「英語?ううん。アルファベットじゃない。何語?」
「ふふ。これは魔法書の一枚。全部揃うと魔法の本になるんだよ」
「すごい!」
「マオちゃん、有難う。今日はここまで。また、明日」
「あ。うん」
シリウス君に魔法書の紙を渡すと、シリウス君は吸い込むように手の中で消した。
「おやすみ、マオちゃん」
「うん。おやすみ」
なんだか不思議だけど、私は不思議とストンと眠った。
朝起きたら、シリウス君は消えていて、本に挟んでいた紙も無くなっていた。あれは夢だったのかな、と思ったら、私の小指の内側に星の印を見つけた。
やっぱり夢じゃなかったのだ。