1 夏休み一日目
小学五年生の夏休み。
私ははじめての経験をたくさんした。
はじめて、お母さんと離れて一ヵ月おばあちゃんちに泊まる事になった。
はじめて、お化け屋敷に行った。
はじめて、スイカ割りをした。
はじめて、飯盒でご飯を炊いた。
沢山のはじめてがいっぱいで、楽しくておかしくってずっと笑い合っていたんだよね。
溶けそうなくらい暑い日も、「あついー」と言ってアイス食べるだけでも楽しかった。本当に楽しかった。楽しくて楽しくていつも笑っていたんだよ。
だって、いつも一緒に笑いあえてたもんね。
だけど、楽しいだけで終わらなかった。沢山の楽しさをぎゅっと集めたくらいの悲しいことだってその先に待っていた。
泣いて、泣いて、すっごく泣いた。こんなに泣いても涙は枯れないって事を知った。泣いても泣いても涙はどんどん出てきて、そして、枯れることはなかったけど、少しずつ少しずつ涙を流すのが減っていった。
あんなに泣いて、心が苦しくて悲しかったけど、悲しい事が待ってるって分かってても、また、夏休み最初の日に戻ったら、また私は同じようにすごすと思うよ。
だって、あなたに会ったこの夏の全部が私の宝物なんだもん。絶対に忘れない。絶対に忘れる事ができないんだもの。
ねえ、シリウス、今、何してるの?私は今も空を眺めているよ。
ねえ、また会えるかな。
その時は言えるかな。
あのね、私は初めての恋をシリウスにしたんだ。
*******
「いい?ちゃんとお祖母ちゃん達の言う事を聞くのよ。何かあったらメールしてね。電話だと時差があるから、すぐに出れないと思うから」
「分かった」
「向こうに着いたらお母さんも連絡するから」
「うん」
「良い子でね」
「うん」
お母さんはそう言うと寂しそうな顔を少しして、手を振って、改札口へと消えて行った。
「マオ。寂しいなら、そう言っていいんだよ?」
そう言われて私の手を握るおばあちゃんの柔らかい手を、私はぎゅっと一瞬強く握った。おばあちゃんちは近くだから、毎日のように行ってる。でも、お母さんとこんなに長く離れておばあちゃんちに泊まるのは初めて。
ちょっと不安はあるけど。でも、お母さんも仕事だから。
「うん。お母さんも、頑張ってるから」
「まったく。マオはいい子だね。でもね、おばちゃんちに来たら、夏休みの間はおばあちゃんとおじいちゃんと、悪い事を沢山覚えようか」
「え」
「まず、今日はピザ食べて、夜更かしして、夜中にアイス食べよう」
「え。ピザ?アイス?」
「そうだよ。夜中まで、アニメ見て、ピザ食べて、アイス食べて、ダラダラして、ゲームしよう。ユーチューブとかも流して、変な踊りを一緒に踊るんだよ。夏休みと言ったらそう言う事しなきゃ!」
おばあちゃんは「小言を言う人がせっかくいないんだから、やりたい事をしまくろう」と。ニヤリと悪い顔をした。
「あはは!」
私が笑うと、「お母さんから怒られちゃうことを全部するぞ!」とおばあちゃんはスマホのデリバリーピザの画面を私に見せた。とても美味しそう。「えー。いいのかなあ」と言った私をぐりぐりと抱きしめて、そのまま、おじいちゃんが待つ駐車場へと連れていかれた。
「おう。遅かったな」
「なによ。遅くは無いわよ。今日はピザパーティーするよ。あんたもビール飲むでしょ?帰りにアイスもジュースも買って帰るから」
「あ?ああ、いいな。俺はシーフードにしてくれ。ビールと日本酒も欲しいなあ」
「じゃあ、マオは、ミックス?オリジナル?スペシャルってのもあるよ?」
「何それ……。何が入ってるか全然わかんないじゃん……」
おじいちゃんが待つ駅前の駐車場に引きずられるように連れていかれ、ちょっと古い可愛い車に乗ると、おばあちゃんが今日のピザパーティーをおじいちゃんに話し出した。
私にもピザをすすめるけど、コーンが苦手な私には何が入ってるか教えて欲しい。大抵、子供向けの食べ物にはコーンが入っている。子供がみんなコーンが好きではないのだ。
「おばあちゃん、私、コーンが入ってるの以外で。ピーマンが乗ってるサラミのやつがいい」
「ああ、そうか。じゃあ、スペシャルだね」
「おお、マオ、いいな。スペシャルだってよ。マオはジュースはコーラか?アイスはチョコか?」
「オレンジジュースがいいな。アイスはチョコミントか、バニラか抹茶かな」
「抹茶はいいな。チョコミントって変なもんすきだなあ。それにピザにはビールかコーラだろ」
おじいちゃんが笑いながら車を走らせ、信号が少ない田舎の道を進んで行く。クーラーよりも外の風を感じたくて窓を開けると、むあっとした風が車の中に流れ込んできた。
「何が好きでもいいでしょうよ、バカ。バカジジイ」
「うるせえなあ。マオ。こんなアホババアになんなよ。ああ、それにしても暑いなあ。今年も猛暑だってよ」
「クーラーの効きが悪いわね。もう、この車も古いから。もう、窓、全開にしてクーラー切っちゃいましょ。だけど、猛暑って毎年、それ言ってるわよね。何十年に一度の暑さって。私、もう二百歳くらいになった気分よ」
「あはは、そうだな。俺達立派なババアとジジイだなあ」
「あんたはジジイだけど、私はババアじゃないわよ!」
おばあちゃんとおじいちゃんはいつも悪口の言い合いをしている。だけど、本当は仲が良いと思う。だって、いっつも一緒に買い物に行ってるから。
二人の喧嘩を聞き、アイスやビールやジュースを買っておばあちゃんのうちに帰り着いた。
「マオ、荷物、コレで全部?」
「うん。足りなかったら、取り返ればいいから」
「ま、そうだな」
おばあちゃんが私のバッグの一つを持ってくれて、私も自分のバッグを一つ持った。一つのバッグには洋服とかお泊りセット。もう一つのバッグには枕とぬいぐるみと宿題とか色々。それが私の一ヵ月分の荷物。
「じゃあ、いつもの場所、使いなさいね?」
「はーい」
私がおばあちゃんちに泊まりに行く理由。それは、産まれてすぐにお父さんとお母さんは離婚したから。お母さんが家にいないと私は一人になってしまう。だから、そういう時はおばあちゃんちに泊まりに行く。
お父さんの事は知らないから、好きも嫌いもない。ただ、結婚って大変なんだなあ、という風に思っている。クラスの女の子達が、好きなアイドルに「めちゃくちゃ、格好良くない??マジ、最高!」とか「近所のお兄ちゃんが凄く恰好良い!」とか、好きな人の話をしているを聞いても、「おー。なるほどー」「うんうん、格好良いよね」とかしか思えなかった。
「マオちゃん、好きな人、いないの?」と、聞かれて、「うーん、いないのかな?」と返したら、「えー。なにそれー」と笑われたので、私は好きな人がいないんだと思う。
私の周りは皆、好きな人がいる子ばかりだった。たまにいない子もいたけど、圧倒的に好きな子がいる方が多かった。
私は恋に悩むんじゃなくて、好きな人の話に悩む年頃になった小学五年生の夏休みだったのだ。うむ。