第59話 幾千もの世界を超える
一つの世界の破壊と再生を見届けた。
新生された世界は再び歴史を紡ぎ出す。これでいい。俺は別の世界を検索する。流れていくのは、5劾3京8億7000万のレイヤーに分かれた平行境界面世界の濁流。
平行世界レイヤーの狭間に漂いながら、幾筋にも分岐する未来地平をみた。だが目的のものは見つからない。ちがう。ちがう。これも違う。多分違う。
目当てのものが見つからない。どうにも世界の数が多すぎる。大海に漂う砂の一粒をつかむように思える。俺がいて、アースがいて、マツリカちゃんがいて。そしてサクラが生きている世界。帰るべき元の世界を探したいだけなのに。
だが、世界は見つからない。
代わりにある発見があった。
無限に近い数が存在する世界のどれも、必ずサクラがいない。2023年にサクラがいないのだ。ある世界では幼少期に死んでいた。またある世界では、そもそも生まれてすらいなかった。
俺と同じく■■■の■であるサクラ。鍵と門の兄妹。ヨグと同一となった今ならわかる。俺とサクラはある目的のために作られた人間だ。
作ったのはナイアルラトテップ。無貌のファラオ。俺達のとうさん。俺達は外なる宇宙への扉を開けるための道具だった。だがまぁそれ自体はいい。
それよりも問題なのは、サクラがいない事だ。ナイアの目的を考えるならば、サクラは絶対に必要であるはずなのに。なぜいない? どの世界に居てもよさそうであるはず……。
ナイアは何を考えている?
先ほどの世界でも、何も抵抗せずやられたようだが――。
とそこで真実に思い至る。そう。考え方が間違っていたのだ。
ナイアはあらゆる平行世界にただ一人しかいないのではないか?
彼は外なる宇宙からやって来たからだ。この数ある無限幽玄世界にたった一人しかいないのだ。だからやつが介入した俺達鍵と門の兄妹が十全に生きている世界も一つしか存在しない。
エイボンが語った話によると、ナイアルラトテップは5年前に外なる宇宙から飛来したという。だが俺とサクラの身体の中にこの力を植えつけたのがナイアであるならば、実はもっと前からこの世界に潜伏していたのではないか。
姿を現していなかっただけだ。隠れていただけだ。星辰揃うその刻まで。
それは俺達が生まれるもっと前、歴史に記される人類の歩みよりもさらに前の事かもしれないし、俺達が生まれる直前だったかもしれない。それは分からないが、なんとなく、もっと前であるような気がする。クトゥグアの信奉者である魔道士エイボンの時代よりもさらに昔。まだ地上に虚神たちが存在していた超古代に奴はやって来た、と感じる。
そこでひたすらに時を待っていたのだ。
俺と、サクラが生まれ育つように、世界を調整しながら。サクラという門を保護し、俺という鍵が覚醒するのを促しながら。
そしてその世界が今、見つからないのはなぜか。
流れる平行世界の濁流の中、掌を開ける。その中に鈍く光る銀の鍵一つ。世界を行き来する力。そして異なる世界の扉を開ける力。それを使っても戻れないのはなぜか。
ナイアが拒んでいる?
いや、そんな事はありえない、と。俺の中の鍵はいう。あらゆる世界の鍵であるがゆえに、どこへでも行き、どこにでも遍在できるはずである、と。
とはいえ、何事にも例外というものはある。
門は鍵によって、必ず開かれる定め。だが門が存在する世界には門が機能していなければ、行けないのではないか。すなわち門が門たる準備を終えていない。その為、鍵からは認識できないのではないか。
門とは、サクラだ。
ナイアの目的は、俺とサクラを覚醒させ、外なる宇宙の扉を開けることだ。ならば、きっと今、何かしている。俺に対してちょっかいをかけたように、サクラに対しても。であるならば、いずれ戻るべき世界が現れるはずだ。
その時、サクラは? 俺が人外の存在に変じてしまったように、同じような運命をたどるのではないか? それはよくないと思った。
ドクターは元の世界との因果が強かった。確実に戻れたはずだ。
彼が、サクラを保護してくれれば、俺は、いっそ、戻れなくても――。
◆◆◆
そこは病院であるはずなのに、病院ではなかった。
「マツリカ氏、本当にここなのでぇーすか? アサヒの妹、斎藤サクラの入院している病院は!?」
「ま、間違いないですよ! 前にお師匠さんと一緒に来た時は確かにココでした。ココでした、けど……、これは」
「浸食されていますわ……」
脈動していた。拍動していた。痙攣していた。壁や床や天井が、だ。
前に来た時はこんな風ではなかった。病院全体が生き物のような存在に変貌している。何か巨大な生物の腹の中に入ってしまったような感覚。
「お師匠さんの指示だから来たけど、一体どうなってるんですか!?」
「わかりませんよぉお。私だって別世界に飛ばされたと思ったら、すぐ帰らされて何が何やらなんでぇええすからねぇ!」
「と、とりあえず応戦しませんこと? このままじゃ危ないですわ」
襲われている。囲まれている。加害されている。
病院の中には、人の姿はどこにもなく、代わりに異形の生物が詰まっていた。マツリカは思う。迷宮魔物? ――ううん。どちらかというと、深淵の暗黒生物に近い!
それが襲ってくる。
アサヒによるブートキャンプを乗り越え、悪性虚神と化した宇賀原ミウとも戦った彼女であれば今さら暗黒生物などと思ったが、あまりに数が多く動きに精彩を欠いた。
お師匠と慕うアサヒがいない不安も剣先を鈍らせている。
「もう、ほんと、わけが分からない事ばっかりです。えい、食べちゃえ薄墨丸っ」
彼女らは、宇賀原ミウに襲われ撃退した後光に包まれた。マツリカの体感では一瞬だと感じたが、何か長い時間であった気も同時にする、その意識の空白から脱した時、マツリカたちは、ナイアルラトテップの領域の外にいた。
さらにドクターが騒いでいた。アサヒがおかしなことになっている。異なる世界に飛ばされていた。アサヒは妹をダンジョンにと言ったのだ、と。
マツリカは、よどみないアサヒへの忠誠心でもって、すぐさま彼の伝言を実行に移した。エイボンに連絡し、黄玉石板でサクラの入院している都内の病院に飛んだ。
そこで出会ったのがこの状況である。
「分からないけど、分からないなりに何かが起こってるのは確かですッ」
アサヒのために。その一心で彼女は戦う。
「ふふふ、いじましいほどの愛ですねー、美しいですねー、素晴らしいですねー。でも、やっぱり気持ち悪いですー。重すぎますよー」
そんな彼女を冷笑するものがいた。
妙に間延びした喋り方。細められた目からは奇妙なほど感情が読み取れない女性だった。たおやかな姿。無害そうな、無力そうな。しかして、底がしれない。
「えっとー、門の準備がまだ済んでなくてですねー、ちょっとー、退屈してたのでー、ちょうどいいかもしれなせんねー」
彼女はパチリと指を鳴らす。その背後から、漆黒に染まった空中浮遊する物体がいくつも飛び出した。
「これは再生数稼げますよー。感動の師弟愛ですものねー。みんな大好きー素晴らしいー。DDDM的に取れ高もりもりでウハウハですよー」
撮影ドローンを操る彼女が嗤う。
口が大きく裂けたように、赤く、醜く、グロテスクに。
「這い出てきてくださいー【いつでも見てる君】。いよいよ黒幕の登場ー、で、す、よ」
ダンジョン開発運営機構《DDDM》の案内人、三間坂シィである。
読んでくださりありがとうございます。
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楽しいお話を書いていくつもりですので、今後ともご贔屓に。
千八軒




