第31話 アサヒ・ハートマン軍曹
その日東京大洞穴の深層に集まってもらったのは、庭マツリカちゃんと曽我咲シノンちゃん。それに彼女の付き添いのドクターアンデルセンだ。
俺はみんなの前に立って大声を絞りだす。
「いいかっ! 総員傾注!」
突然の号令に、二人がびくりと反応する。大声のコツは腹の底から出すことだ。単純な大声は威嚇にも、意識を切り替えることにも使える。
「今から貴様たちを深淵で戦えるようにする! 返事は『はい』か『イエス』だ。口から糞を垂れる前と後にサーをつけろ! 分かったら返事! サー・イエス、サーだ!!」
「「……さ、サー・イエス、サー?」」
「弱いっ! もう一回だ! ふざけるな!」
「「さ、サー! イエスッサー!!」」
「なんだその声は! 貴様ら玉ついてんのか!? 腹から声をだせ!」
「た、たま……」
「はいっ、お師匠さん私たち女の子です!」
「……根性の問題だ! 気合を入れろッ! サー・イエス、サー! だっ!」
「「サー・イエス、サー!!」」
それぞれの探索者装備を身に包んだふたりの様子は対象的だった。マツリカちゃんのほうは、目をキラッキラさせてノリノリだが、シノンちゃんの方は「なんで私がこんな目に……」と言わんばかりの恨めし気な目をしていた。
俺だって悪いと思ってる。本当はな。
押しかけ弟子であるマツリカちゃんは好きで参加してるが、シノンちゃんは完全に不本意だろう。だがこの訓練はどちらかというと彼女のためでもある。そもそも、俺に彼女を鍛えてほしいと提案してきたのはドクターだった。
彼女は曽我咲の筆頭探索者として、新型のテスターも兼ねている。これから深淵にも通用する迷宮宝具を開発したい曽我咲にとって、テスターが深淵で手も足も出ないでいるのは問題があるのだそうだ。
「わ、私、こんなに怒られるなんて、聞いてない……」
いきなり怒鳴られて、シノンちゃんは涙目だった。お嬢様だもんな。そして、そんな彼女を見てドクターは爆笑していた。
「アサヒ坊。情けは無用ですよぉ。半端に優しくした結果、深淵で死ぬのは彼女たちでーすね! そこのところ、君は誰よりもわかってると思いますね! お嬢には心の強さが足らないのでーすねぇ! アサヒ坊に鍛えなおしてもらうのがいいでーすねぇ!」
だそうだよ。くそったれ。
とはいえ【虚神】たちに心を折られない程度のタフさは必要だ。甘やかすわけにはいかない。ミウ姉みたいに死んでほしくない。
だから、すまん。と心の中で謝った。
「お師匠さん質問ですっ」
「質問を許可する」
「お師匠さんのコーチを受けたら、強くなれますか?」
「……マツリカちゃん次第だ。少なくとも深淵でも死なないようにする」
うーん、と彼女はあごに手を当てて考え込む。
黒セーラーに、切りそろえられた黒髪が揺れる。
「お師匠さんと並びたてるぐらい強くなりたいです」
「そこは頑張り次第だ。今回は心の強さと迷宮宝具の使い方を学んでもらう」
「迷宮宝具? 師匠たちが使うような迷宮宝具が欲しいです。ああいうがあったら戦えますか?」
「……答えはノーだ。幻想器はない」
「アレは持ち主を選びますかーらねぇ! それに危険なんですよあれはね!」
ドクターの提案に乗ったのにはもう一つ理由がある。
曽我咲製の、新型の迷宮宝具の提供が受けられるからだ。
「マツリカちゃんに幻想器は使えない。そもそも新しいものは見つかってないしな。代わりにこれを使ってもらおうと思う」
彼女に手渡したのは、一振りの日本刀だった。
「曽我咲の新型【革命器】シリーズの一振り。薄墨丸という銘ですなぁ! 我々の幻想器を模して造られてぇ……噂くらいは聞いたことがありますかぁ? 人工知能を搭載し、効果的に強化系コードをオートメーション化。そのうえで、幻想器のような特殊能力の発現を可能にしたものでぇすな!!」
「これからはこれを使ってもらう。練習していたサブマシンガンも併用していい。けん制に使えるからな」
手渡すと、おっとっととマツリカちゃんがふらつく。
刀剣型にしては結構重量がある。身体強化がかかるから心配ないだろうが、それでもそれなりの訓練がいる代物だ。果たしてマツリカちゃんに使いこなせるだろうか。
「こ、こここれ、もらってもいいんですかっ?」
マツリカちゃんは、ぱぁと目を輝かせていた。「ああ、君のものだ」と答えると「や、やったぁ! うれしいですっ」と小躍りせんばかりだ。
そして、思ったよりもきれいな所作ですらりと抜いた。
「はあぁああ、き、きれいですね……っ!」
名の通り薄墨色の刀身。光の反射は少なく、銀と混ざり合った吸い込まれそうな黒がオニキスじみた美しさを放つ。あの色は深淵の泥か……。
「アサヒ坊、複雑ですかな?」
「別に気にしないよ。あれはただの素材だ」
「なら良いのですがね」
ひひひと意地が悪く笑うドクター。
あれは、ミウ姉が死んだ場所で取れた黒の泥濘という物質を使った迷宮宝具だ。
黒き泥濘。触れるものの生命エネルギーを吸収し、無明の闇に落とす。何かの【虚神】に由来する物質なのだろうが、それ自体に意思はない。
「取り扱いには気を付けるように」
「わかりました!」
マツリカちゃんはよほどうれしいのか、同じように墨色のこしらえで仕立てられた薄墨丸のさやにほおずりしていた。
「さて、シノンちゃんは」
「わ、私にはこれが……」
シノンちゃんの腰には細身の長剣が下がっている。例の銀の剣だ。ドクターに聞くところによると、あれこそ革命器シリーズの最初の一振りなのだという。
「そうだな。君にはそれの使い方を徹底的に学びなおしてもらう。それにまずは心の強さだ。あとは経験だな。修羅場をくぐる必要がある」
「その通りでーすね! お嬢もさっぱり深淵では通用しませんでした。先日の体たらくはなんですな? あなたの場合はなおひどい。その腰の剣があるにも関わらず……ですな」
「うっ……」
顔色を変え、うつむき震える彼女。
真面目そうなシノンちゃんのことだ。何もできず仲間を殺された前回の深淵行は悔やんでも悔やみきれないのだろう。見ればぎりぎりと音が出るほど歯をかみしめている。
「その悔しさが、強くなる糧になる」
わざと冷たく言い放った俺は二人を奥にいざなう。
その先にあるのは、岩戸の間の迷宮核。
「今からこれで、迷宮魔物を大発生させる。二人にはそれをことごとく殲滅してもらう」
二人の顔色がサッと変わる。
「ケルベロスに、オーガに、ドラゴンも出るかもな。たまには暗黒生物も追加してやる。怪我のことは心配ない。死にさえしなけりゃ問題ないからな」
俺は玄室の隅に待機したぽよぽよんの不定形生物を指さす。
「昨日、深淵に行ってショゴスを数匹捕まえてきた」
「「ひぃ!?」」
二人ともショゴスにはトラウマを持ったらしい。
「覚悟しろよ。この期間中、泣いたり笑ったりできなくしてやるぞ!!」
迷宮ブートキャンプの始まりだ。
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楽しいお話を書いていくつもりですので、今後ともご贔屓に。
千八軒




