第2話 代々木ポータル
翌日、俺は早速ダンジョンを訪れていた。
「えー、ここがー、【代々木公園ポータル】下の浅層になりますー。深層以降は未踏破になってますので、ここから順に始めてもらいますー」
「はーい」
「当ダンジョン、【東京大洞穴】はおよそ180もの階層に別れておりまして―、それぞれ、【浅層】、【中層】、【深層】に分かれますー。中層以降には、迷宮魔物が出ますので、気を付けてくださいねー。まぁ、復帰勢のアサヒさんは知ってると思いますけどー」
「あいあい」
「あとあとー、それ以外にも、ダンジョンの中には危険がいっぱいー。危ないと思ったらすぐ中断してー戻ってきてくださいねー。自分で動けない時は、救援コールを出してもらえればー、センターの職員が回収に行きますので」
「へーい」
「あとあと――うんたらかんたら~」
「はいはーい」
ポータルから地底に向かう。その道すがら、ダンジョン開発運営機構、略称『DDDM』の受付のお姉さんに説明を受けていた。
さぁ久々のダンジョンアタックだ! と意気込んで来たものの、「まずはチュートリアルからでーす」と受付のお姉さんにつかまってしまったのだ。
それでこのチュートリアルがまぁ長い。
ダンジョン内でも危険回避の方法から、こまごまとした決まり事。通報義務。救助義務など多岐にわたる。
俺一応探索者のA級ライセンスを持ってるんだけどな。
この説明スキップしてくんないかなと思ったけど、お姉さんは「駄目ですー」「規則ですのでー」とにべもない。
「アサヒさんもー、DDDMの探索者になったのですからールールには従ってもらいまーすよー。昔みたいな無秩序はめーですー。節度を守って清く正しいー、探索者ライフを送ってくださいー」
って事らしい。
「確かに昔は無茶苦茶でした。今はなんだか安全みたいですねぇ……。配信とかやってるくらいですし」
「でしょうー? 私も数少ない当時を知るものとして、出戻りのアサヒさんには言っておかねばと思いましたー。様変わり激しいのですー」
「時代は変わるものなんですねぇ」
「そうですよー? 人類も進化してるんですー」
というわけで続けますよー、と説明が再開される。
本当はさっさとダンジョンに入りたいんだがな。でも実際、俺はここは初心者だししょうがない。ぼーっとお姉さんの話を聞く。
……話を聞いているふりをして、こっそりお姉さんの外見をチェック。
お、名札があるじゃないか。どれどれ……。ふーん、お姉さん『三間坂シィ』さんって言うのか。可愛い名前。
シィさんは、パッとみ20代半ばくらいだろうか。髪はロングで清楚系。表情はにこにこ笑顔を崩さない。優しそうな雰囲気がお姉さん! って感じ。でも大人っぽいかというとそうでもなくて、とっても小柄なのもあいまって、なんだか可愛い。話し方もふわふわしていて、小動物じみている。
その割に、この人油断ならねぇなって気になるのは何でだろう。目は細められて、口元には微笑みが絶えず浮かんでいるのが原因か? ちっちゃいのに油断できなさそうな。良いひとそうなんだけど、底が知れないというか……。
漫画だとこんな人が実は悪の黒幕だったりするんだよなー。なんて思っていたら。
「――私の事、腹黒そうだなーなんて思ってます?」
細められた目が開いて、俺の事をじっと見ていた。
「いえいえ、そんな事は……」
「ふふっ、良いんですよー。よく言われるのですー。『君、裏ボスっぽいね』とか、『催眠術使える?』とか……、『一番いい時に裏切りそう』とか……」
「そこまで思ってませんが……」
「私なんてどうせ闇のものですし……」と目に見えて陰のオーラを放つシィさんをどうしようかと悩んでいたら、「まぁいいですー」と顔を上げてくれた。
「話を戻しますとねー。アサヒさんは、5年前の【迷宮事変】当時の探索者さんですからーDDDMとしてもベテランの方が来てくれて助かるんですよー。最近は、配信業主体のライト勢が多くてー」
「迷宮配信人気ですもんね」
「そうでーすよー。今は配信の方がメインですねー。皆さん思い思いの迷宮配信をされていますー」
迷宮配信者。
それが、今のダンジョン探索者の新しい形だ。
ダンジョン攻略をリアルタイムでネットを通し配信するのだ。
昔のダンジョン探索はとてつもなく危険で、泥臭くて、命知らずな人間しか居なかった。突然現れた未知の遺構を調べるんだもんな。魔物もいるし、命がいくらあっても足らなかった。
【迷宮事変】当時は何もかもが混乱していた。
でも初期の迷宮探索者の努力の甲斐もあって、ダンジョンは次第に社会に受け入れられたんだ。
安全性も含めて、バックアップ体制は比較にならないくらい整っているのだろう。
だから、迷宮配信なんてものもできる。安全性を確保された冒険はエンターテイメントコンテンツと化したのだ。
「アサヒさんはー、迷宮配信見られますかー?」
「いや……、ちょっと仕事が忙しくてあまり……。それに見たらダンジョンに戻りたくなっちゃいそうで」
「なるほどー。多くは聞きませんが、色々あったとお見受けしますー」
「ええ、色々あったんですよ、ほんとに」
うっかりブラック企業に就職して3年棒に振ったりとかな。
「しかし、アサヒさんは戻って来られましたねぇー」
ダンジョンに魅せられた人はいずれダンジョンに戻ってくるのですねぇーなんて、シィさんのしみじみとした呟きが洞窟に消えていった。
「さぁ、説明は以上ですー。最後に一番大事なこれを配布しますーよー。地上のセンターとの通信もこれを使ってできますからーねー」
シィさんがにっこりと笑うと、パチリと指をならす。
何処からともなく現れたのは、小型のドローン2基だった。ふわりと俺の前に降り立つ。こいつ、今まで何処にあったんだ? まるでシィさんの背後から急に出現したようにも見えたけど……。
「ふふふー、驚いてますねー? 始めてみますかー? これが配信用ドローンですよー」
音もなく浮かぶドローンには、それぞれに大きなモニタとカメラがついていて、惚けたような俺の顔が映っていた。
「こちらでー、配信と同時にー、運営からも、モニタリングさせていただきますねー。遭難や、ダンジョン内で心神喪失状態になった時のー対策ですー」
可愛がってあげてくださいねー。
シィさんはそういって、ニコニコと笑う。
配信用随伴ドローン【いつでも見てる君】
コメント表示用随伴ドローン【伝えたい君】
そういう名前がついているらしい。
読んでくださりありがとうございます。
面白いと思っていただけたなら、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価をしていただけると励みになります。ブックマークしていただければ、更新がすぐわかりますのでぜひぜひよろしくお願いします。
楽しいお話を書いていくつもりですので、今後ともご贔屓に。
千八軒