キャンプファイヤー
私達が向かう小屋は鬱蒼と茂った山奥にあった。
大人達はこの旅行を面倒だと思っているかもしれないが、私の胸はワクワクが止まらなかった。
初めて友達と夜を一緒に過ごせるのだ。
段取りは決まっていた。それぞれ担当を決め、それが終わった後、木々と木炭を運ぶ。先生や体格の良い生徒が積極的に木々を背負うことになっていた。
「志保、今夜、何して遊ぶ?」
そばかすの目立つ愛嬌一杯の顔をした荒川夏美が私の傍に寄って来て、楽しそうに聞いて来た。
私は髪の毛を弄ってーー考える時、そうするクセがあるのだーーニッコリ笑った。
花丘志保が口を開ける。
「王様ゲームとかUNOとか?」
「それは面白くない」と東方駿が口を挟んだ。
「殺人事件ごっことかどうだ?」
私は趣味の悪さに反吐が出るという態度を取った。あの事件はあまり口に出してはいけない。
三好陸が代弁してくれた。
「駿、皆気が立ってるんだ。あんな事件があった後だし」
バスの中騒がしいのに、私達の班だけ重い沈黙が降りた。
私は困った顔でキョロキョロと見渡す。
「大丈夫よ。殺人事件なんて後、2、3年したらスッカリ忘れてるって」
「そうよね」と志保が応じた。
「あの子なら、天国で幸せに暮らしているわね」
駿が思いっきり顔を顰めて見せた。
「アイツ、天国行きのチケット落として、まだこの世を彷徨っているんじゃないか」
ようやく皆、笑みを見せる。
「いかにもあの子らしいわ」
「アイツ、昔からドジだったから。俺がずっと見てきたんだから間違いない」
バスは終着地点まで着いたようだった。
途中、羊やら牛やらいたようで、他の班はその話で持ち切りだった。
ガキ大将面して駿が言った。
「羊なんかで興奮して、アイツら本当ガキだな」
お前もガキだよ、と私達は思っていたが口にすることはなかった。
「彩芽、ここの山小屋、正に山小屋って感じじゃない?」
志保が聞いてくる。
私は頷いて、志保の顔色を伺った。志保が時々、怖い顔をすることがある。そういう時は大抵、大人達に私達のことを否定された時だが。
「志保、キャンプファイヤー、楽しみ?」
志保は品性良く笑った。私とは大違いだ。
「もちろんよ」
私達はベッドのセッティング係として2人で夏美と駿と陸と私達の分のベッドを整えた。
駿は今頃、キャンプファイヤーの木々を集めに行っているのだろう。
「私、今夜、駿に告白しようと思うの」
志保の意外な言葉に私は志保の顔をまじまじと見た。
「駿はやめときなよ。あんなの将来、ごくつぶしにしかならないって。それより、志保には陸が似合うなあ」
私の言葉を聞いて、志保は頷いた。
「分かってる。駿は彩芽のことが好きなのは。でも、逞しいし、ハンサムだし、ちょっとバカだし」
「付き合ってもHなことしかして来ないよ、アイツ」
私は本気で志保を心配していた。
志保の身体に駿が手を出すのは想像したくない。
しばらく、私達は話し合っていた。
それでも、志保は『駿が好きだ』の一点張りだった。
山小屋のログハウス特有の木材の匂いが芳しく漂っている。
虫の心配をしていたが、よくできた小屋で虫1匹も見かけられなかった。
天井にあるランプの光だけで部屋を明るく照らしている。蛾も何故か寄り付いていなかった。
私は志保と駿には付き合って欲しくなかった。本当は私が駿と付き合いたかったのだ。しかし、志保にそれを言える度胸がなかった。
キャンプファイヤーの準備が整った。
私達は手を繋いで炎を真ん中に円を描いた。
学校の授業で教わった歌を歌う。
火がバチバチと爆ぜ、ユラユラと揺れていた。人影が映り込んでいる。心地良い夢の世界だ。
大人達が生徒の数を数える。直ぐ様、青ざめた調子で叫んだ。
「ストップ!ストップ!!誰か1人多く、生徒が混ざっているようです。名前を呼ぶので返事をして下さい」
1番最後に私達の班の名前が呼ばれた。
「荒川夏美」
教師の言葉に元気良く、夏美が「はい!」と叫んだ。
「東方駿」
駿は腕を頭の後ろに組んで「へいへい」とだけ言う。
「三好陸」
陸がおずおずと返事した。
「は、はいっ」
私は名前を呼ばれるのを待っている。次かその次ぐらいだ。
「花丘志保」
志保は私と握っている手を見つめ、またいつものように怖い顔をしていた。
「はい」
私は志保がどうして駿を盗ろうとしているか、分かってしまった。
先生がふざけた調子で花丘志保の双子の妹、花丘彩芽の名前を呼んだ。
「花丘彩芽」
私は離れたくないと思いながら、志保の手を強く握る。
「はい」
私の声を聴いた教師や生徒達がパニック状態になった。
児童殺人事件で被害に遭ったのは私だけだった。
犯人の男は私を殺した後、直ぐ警察に捕まった。
私は腹部を刺され、大量出血で死亡した。
志保には死んだ後の私が見えていた。霊になって志保を守ってきたつもりだった。
犯人の男は40代で統合失調症により、訳が分からず、学校に乗り込んで廊下を歩いている私を刺したのだった。
「悪魔は殺さないといけない」
男の言葉は全く意味を成さなかった。
両親は悲しんだ。母は毎日、私の分の弁当を志保に渡していた。父もゴルフのやり方を志保と私、両方に伝えた。
志保は知っていた。私がこの世にいるべきではないことを。
しかし、志保は私の手を強く握って離さなかった。