2ー1 特ダネの誘い
古谷則之は、NFK宇部広支局の支局長である。
大津留支局で駆け出しの頃、ふとしたことから坂崎と懇意になり、その後も時折旧交を温めている。
昨年10月に北向支局の次長から宇部広支局長へと異動があり、宇部広にやってきた。
宇部広は2回目の勤務であり、地の利は十分にある。
だが、仕事の関係もあって中々に仁十久にいる坂崎に逢うこともできなかったが、その坂崎から電話で食事の誘いがあったのは宇部広に来てから1年が過ぎた10月半ばのことである。
当日の週末に仁十久まで出てこないかというのである。
支局長には休日が有って無きが如しであり、ひとたび事件が起きれば支局で采配を振るわなければならない。
宇部広支局は記者の数も少ないので、場合によっては支局長自ら現場に繰り出さなければならないこともしばしばである。
古谷が婉曲的に断ろうとすると、坂崎が追い打ちをかけてきた。
「ノリ、仁十久に来ないと特ダネを逃すことになるぞ。
お前一人じゃなく、10月に来たばかりの新人を連れてこいよ。
ただ飯を食えるし、いい勉強になるかもしれない。
それに、少なくとも、こっちに来なければ絶対に取れん特ダネだ。
お前が来ないなら別の放送局に回すしかないが・・・。
どうする?」
他局に回すと言われては引っ込んではいられない。
「坂さん、本当にネタがあるんでしょうね。
こちらも一応支局を預かっている身なんで、忙しいんですから・・・。」
坂崎が電話の向こうで盛大に笑っていた。
「あぁ、太鼓判を押してあげるよ。
俺と知り合いで良かったと必ず思うだろうし、これを逃したらお前さん死ぬまで後悔することになる。
だから、若い者にきちんとカメラを持たせろよ。
ネタは夕食後に話してやろう。」
古谷は、電話を切るとすぐに篠崎嘉子を呼び出した。
嘉子は、今日はオフであったが、呼び出しを掛けるとぶつぶつと文句を言いながらもすぐに出てきた。
篠崎嘉子は、阿尾山学院を出てNFKに入った才色兼備の才媛である。
最初の任地としてNFK本社の報道局に配属されたぐらいだから、多分成績は良かったはずだが、そこで問題を起こした。
アナウンサー志望であったようで、報道局の事務畑を嫌って、報道局次長に色仕掛けで迫ったのだ。
報道局次長の川端という男は名うての女好きで、社内外の女に種々手を出しているいわくつきの男であった。
二人でホテルにしけ込み、下着姿になったところで、川端の妻が飛びこんできたのだった。
ホテル側も随分と対応に苦慮した様だったが、結局は川端の妻の剣幕に押されてドアを開けざるを得なかったのだ。
川端は浮気の現場を押さえられたわけで、妻との離婚協議に応じて九州に左遷されたし、篠崎も北海道に左遷である。
既にブラックリストに載っているだろうから、余程のことが無いと浮かび上がれまい。
古谷のところに配属するに当たっては、報道局長直々に嘉子の異性問題にくれぐれも気をつけろとの特命が来たぐらいである。
有る意味で問題児なわけだが、単にホテルに行ったぐらいでは、くびにはできない。
嘉子が赴任してきて驚いたが確かに美人だし、身体もいい。
いわゆるボインボインのグラマラスである。
女好きならずとも誘われれば乗ってしまうのは無理からぬところだと思っていた。
しかしながら、同時に田舎とは云えども心配の種が増えたことに間違いはない。
しかも、ただでさえ少ない支局の記者の三人のうちの一人であるから事務職で局内に閉じ込めておくわけにも行かない。
坂崎は還暦を過ぎているはずだから、まさか嘉子に手を出すとも思われないが、わざわざ若い新人を連れて来いと言う坂崎の思惑が分からないところである。
とにもかくにも、取材の機材を用意させ、宇部広支局を出たのが午後6時である。
運転は嘉子に任せ、国道❆8号線を西上、午後7時には仁十久の市街に入り、そこからさらに道々7❆号線で沙法呂のもみじ台に向けた。
6年ほど前に坂崎が家を建てた団地であり、都会の者が田舎の雰囲気を味わうために結構移住して来ていると言う話を仁十久町長から聞いたことがある。
地価も安いし、人情味があるのも受けているようだ。
坂崎もそのうちの一人かもしれない。
古谷も赴任してきた折に一度だけ挨拶に来て場所は知っている。
10月の北海道は日暮れが早い。
宇部広を出る時点で陽は沈んでいたが、灯りも少ない山の中とあって、随分と寂しい場所である。
団地の周辺はさすがに街灯が整備されているが、途中の道路は街灯すらない。
団地の一戸建てであるから左程の大きな家ではないが、敷地だけは200坪ほどもあるだろう。
門柱をくぐり、車を空いているカーポートに止め、二人で車を降りて機材を降ろそうとしている所に、坂崎が玄関を開けて出てきた。
◇◇ 続く ◇◇
次話からは毎週月曜日の午後八時に投稿予定です。