5ー2 動力炉 その二
「電力業界の意見と言うことでは無く、私個人の見解と言うことで申し上げます。
外国製品であれば輸入を制限するかどうかは政府の御判断に委ねるべきと考えますが、当然にGUTTにもかかる問題。
政府も余程の理由なしには輸入制限をかけられないものと考えます。
特に我が国の電気製品輸出状況から鑑みても、我が国がGUTTの特別条項を発動しての輸入制限は非常に困難と思料されます。
何となれば報復関税等により、我が国の家電製品全般の制限が行われる可能性が高いと考えるからでございます。
従って輸入制限はできないものの相応の関税をかけて一応国内産業を保護するしかないと思われます。」
「それによる国民への負担は考えないと言うことですか?」
「いいえ、それを含めて政府が御判断することと思われます。」
「仮に関税をかけたとして、いつまで続けられるのでしょうか。」
「私は、GUTTにさほど詳しくはございませんので、回答は遠慮させていただきます。」
「課長さん、失礼ながらGUTTの特別条項を発動した場合の制限期間はどのぐらいでしたか?」
「通常は3年、場合によっては5年もあるが、実際には5年は難しいでしょう。」
「電力業界代表のいう国内産業の保護は、国際的には3年、長くて5年が限度と言うことですね。」
「その通りです。」
「ならば、簡単な話ですな。
3年か5年の猶予を電力業界に与えれば宜しい。
但し、それ以後は一切の保障は政府もしない。
大変失礼な言い方をすれば独占的な事業に胡坐をかいてきたつけが回ってきたのです。
山脇さん。
そのような結論では如何ですかな。
ここで生産を制限されたり販路を制限されたりするよりはその方が余程分かりやすい。
私どもはその間は動力炉の生産をしない。
3年か5年の間に電力業界は対応を考えていただくことになる。
辛辣な言い方をすれば、遠くで電力を作って送電線で送る方式はやめられた方が宜しい。
必要なら、いつでも貴方がたの送電線に必要な電力も送り込めるが、無駄なことはしない。
動力炉は、元々小型化してポータブルに使うとの前提で製作したものです。
その趣旨に反する使い道なら生産しない方がいいでしょう。
どうですかな?」
山脇は、返事をする術が無かった。
「申し訳ありませんが、この場では返事はできません。
持ち帰って業界関係者と協議いたします。」
「結構ですが、時間稼ぎをしても無駄です。
電力業界の苦渋は百も承知です。
労働問題についても政府が必要な配慮を行うべきであって、地方の一企業がどうこういうべきことではないでしょう。
今現在、電力業界が使用している発電方式はいずれ必要が無くなります。
私どもの製作所は至って小さいですから、少なくとも全国に行き渡るまでには10年や20年は当然に掛かります。
仮に1日1万個の動力炉を生産できるにしても、我が国の全人口に一つずつの動力炉を支給しようとすれば1万日掛かるのです。
ざっと30年。
電力業界が撤退をするには十分な時間だと思われますが、それでも不足ですかな?」
山脇は無言を通した。
「次に大口電力使用者の代表者の方に申し上げたい。
この動力炉は確かに工場などに最適であるかもしれない。
だが、同時に非常に危険であることも申し上げておきます。
工場で使用される電力は非常に電圧が高いのが特徴です。
このために、220ボルト以上では搭載できる安全装置が非常に難しくなる。
家電用の超小型動力炉は100万分の1秒で遮断できるので、ほとんど危険性はないが、工場用の440ボルト動力炉は、1千分の1秒でしか安全装置が作動しない。
このため、その使用に当たっては十分に気をつけていただく必要がある。
仮に、動力炉のショートを試みれば金属は全て瞬時に溶解するでしょう。
その際に爆発的な飛散が伴う恐れがある。
これまでの通常の送電線であればそのようなことは起こり得なかった。
一つには大電流が流れれば送電効率の悪さゆえに電圧の一時的低下が発生して、金属が融けるほどのエネルギーは発生し得なかったからです。
しかしながら、この動力炉は違います。
既に別の場面でも申し上げたが膨大なエネルギーを一挙に放出する能力は持っているのです。
しかも出口で起きたことならば電力低下はあり得ない。
千分の1秒という極短い時間に、巨大なエネルギー放出は有り得るのです。
大きなエネルギーを扱うにはこれまで以上の相応の注意が必要だと言うことです。」
坂崎は、一息ついてから再度口を開いた。
「次に家電業界の方に申し上げる。
超小型動力炉は大電力を必要とする製品には向いています。
仮に大電力を必要としない例えば街路灯などにも長期間の使用が可能でしょう。
しかしながら非常に重要な問題がある。
それは、家電製品が動力炉の寿命以上に長期使用に耐えられないと言うことです。
例えば熱を発生する電気炊飯器などはほとんど毎日使うものですが、発熱の故に、制御機構の集積回路基板などが熱量被ばくによる経年劣化に耐えられない。
電源は十分でもそれを制御する回路などに誤作動が有れば事故は起こり得ます。
超小型動力炉は使用材料から考えて単純に放置状態であれば、百年経ってもその性能は保持したままです。
そうして定格通りに給電できるし、長持ちします。
仮に今後動力炉を導入する場合は、家電製品の寿命を明示し、家電製品が故障しやすくなる前に動力電池を回収すべきです。
家電メーカーはそれだけの責任がある筈です。
仮に、家電メーカーさんでそのような努力をしないのであれば、わが社は少なくともそうしたメーカーに超小型動力炉の提供をお断りすることになるでしょう。
人の命は金銭には代えられないからです。」




