4-6 事業の開始 その六
「何か得をしたみたいね。」
助手席でそう言うと、誠一が笑って答えた。
「僕らも得をしたかもしれないけれど、ホテル側がもっと得をしたみたいだぜ。
二人分で精々2万円程度の食事で、アイドル顔負けの人気者二人に宣伝をしてもらうようなものだから。
ほとんど、ぼろもうけだよ。」
「ふーん、でもいいじゃない。
私たちは、美味しいものが食べられて、久しぶりに二人でゆっくり過ごす時間もできたし。
ねぇ、・・・。
誠一さん、私のこと、どう思っているの?」
「ウン?
そうだなぁ。
君は思っていた通りの人かな。
今日の研修でも予想通りの結果が出たよ。
君を100の評価点とすると、一番近いのは高木君の85だけれど、残りは45から75の間かな。
だから社員の中では有望株の筆頭だよ。」
「嘘でしょう?
東大研究所の坂本さんだっているじゃないですか。
私なんか、多分阿尾山学院の真ん中ぐらいの成績ですよ。
そんなのが有望株の筆頭なんて絶対にあり得ないでしょう。」
「うん、まぁ、学業ということになればそうかも知れないね。
でもペーパーテストでは、個人の能力はわからないものもあるんだよ。
今日皆が使った研修装置は、その人の受容能力に応じて授業能力を発揮する。
だから、招請した40人、この中には君も入っているのだけれど、この人たちは優秀なんだ。
平均すると概ね70前後かな。
それに比べると一般公募や高校新卒者は余り良くない。
平均すると50前後になるだろう。
流石に40以下の者はいないけれど、その意味では成績優秀と言うわけじゃあない。
あ、学校では彼ら彼女らも優秀な成績かもしれないんだよ。
いずれにせよ、十分にうちの会社の仕事はこなせる能力はある筈だけれどね。
その人たちと比べると、君は倍以上の知識情報を手に入れたことになる。
明日以降の研修も同じだろう。
50前後の人には理解ができないようなことでも、君には教えられると言うことだ。」
「へぇ、・・・。
あ、ちょっと待って。
私は、そんなことを聞いているんじゃないわ。
さっきシェフが言っていたこと。
私は貴方の恋人になりたいと思っているけれど、貴方はどう思っているのかそれを聞きたいの。」
「ふーん、聞きたい?」
「聞きたい。」
「どうしても?」
「どうしても。」
「うーん、じゃあ、正直に言おう。
友達以上、恋人未満。
でも限りなく恋人に近づきつつあるかな?
それでいい?」
嘉子は、ぽっと顔を赤らめて頷いた。
「うん、それでいいわ。
でももう少し、近づきたいな。」
「近づくって、どんな風に?」
「あのね、恋人って、ステディよりも上のランクよね?」
「うん、そうだろうね。」
「で、ステディでもキスぐらいはしてると思うんだけれど・・・。」
「キスねぇ・・・。」
車は、*8号線を右折して、社宅への通りに入っていた。
誠一はそこで車を止めた。
「僕とキスしたい?」
嘉子は正直に頷いた。
優しく顎の下に手をかけられ、つっと斜め上に向けられた。
そうして誠一の顔が近づいてきた。
嘉子は、目を瞑った。
嘉子の唇に暖かい唇が触れた。
二人はそのまましばらく動かなかった。
静かな息遣いだけが聞こえる。
やがて誠一が離れて行った。
唇を重ねるだけのキスだったが、嘉子は満足だった。
「どう、満足した。」
「うん、今日のところは、大満足。」
「でもこんなことしてると、段々エスカレートしちゃうかもよ。」
「それでもいいと思ってる。」
「ほう、それはまた大胆発言だね。
女の子は受け身なんだから、余り男を誘っちゃだめだよ。」
「私は、・・・。
誠一さんならいいと思ってる。
あと、もうひとつお願い。
二人で会うときは嘉子って呼んでくれない?
姓で呼ばれるのは他人行儀だわ?」
「いいよ。
君がそう言うなら。」
「ねぇ、呼んでみて。」
「うん、・・・。
嘉子。
これでいいのかい?」
「もう一回。」
「嘉子。
キリが無いな。
帰ろうぜ。」
そう言いながら、誠一は車を走らせ始めた。
宿舎はすぐ近くである。
入り口で嘉子を降ろして、誠一は去って行った。
嘉子はその場でくるりとターンすると、我が家に向かっていた。
心の中で鼻歌が流れていた。
今流行りの男性グループ歌手「風雅」の『恋の罠』である。
嘉子は誠一との関係で、また一段階段を昇れたような気がしていてとても嬉しかった。




