1ー6 建築確認 その六
この物語はあくまでフィクションであり、似たような記述があっても、実在する人物もしくは組織とは何の関わりも無いことをご承知おきください。
概ね、一話二千字を目途に、毎週月曜日の午後8時に投稿する予定ですが、第七話までは毎日一話投稿いたします。
そうこう話をしているうちに、密閉状態のアクリル箱に火をともしてから30分以上も経つが、炎が一向に消える兆候が無い。
天板部分が油煙で汚れて来ているぐらいなのだが、酸素が途切れないのだ。
「ウーン、これは坂崎さんの話を信ずるしかないですかなぁ。
一応、仮の了承はいたしますが、この実験装置を暫くお借りして、私の知り合いに確認をさせたいのですが、どうでしょうか?」
「ほう、知り合いというと、的場さんの義兄さんですかな。
確か北大の研究所にいらっしゃる・・・。」
「何だぁ、ご存知でしたか。
その通りです。
この家の建材についても確認をしてもらったところです。
事情を話したら、全て内密にデータ収集をしてくれました。
義兄は、口は固いですよ。
私は信用しています。」
「まぁ、仕方が無いでしょうな。
的場さんが責任を持つと言うことならばお預けしましょう。
ただ、念のため申し上げておきますが・・。
この箱はただのアクリル板でできていますが、取り付けてある装置は特殊な材料でできています。
多分、北大でこの装置の中身を調べようと思っても分解はできないと思います。
無理にこじ開けようとすれば、中身は発火して燃え尽きることになるでしょう。
それでも外側の金属はびくともしないはずですけれどね。
但し、無茶をする人が怪我をしてもいけないでしょう。
そこだけは念押しで注意を与えておいてください。
それに電気をショートさせるのも多分に危険が伴います。
内部に一応の遮断スイッチは有りますけれど、一時的には24ボルト10アンペアほどの電気が流れる可能性もあります。
ですから取り扱いにはくれぐれもご注意を
装置は壊れても構わないが、人が怪我をするのは困りますし、仮にそのようなことがあっても私には責任が持てない。」
的場は頷いた。
「結構です。
義兄には十分に貴方の注意を説明します。」
的場は最終的な結論を保留して、検査を終えた。
坂崎から実験装置を受け取り、一旦は役場に戻ったが、退庁時に自家用車で札幌に向かったのである。
午後9時までには札幌郊外の義兄の家に到着できる見込みであった。
数日後、的場から坂崎に最終的な検査結果が伝えられた。
検査結果は、無論、建築確認のほぼ完了である。
特段の問題がない限り、内装工事等が終了した時点で、再度の現場確認を行い建築確認は完了となる。
的場の義兄である橋本浩二は、休みを返上して検査を行ったが、驚異的な二酸化炭素の処理能力と冷却能力を実証できただけで、その構造も作動原理も一切が究明できなかった。
だが、実験装置だけで1時間にドライアイス1トンを処理できるほどの能力を確認していたのである。
仮に百人の人間が狭い部屋に押し込められていても、この実験装置一つで二酸化炭素が十分に浄化できるだろうと請け負った。
的場はその報告に驚きながらも、有る意味で当然の結果が出たかと思っていた。
的場は、坂崎のこの奇妙な建築申請が出た時から立ち合っている。
思い起こせば、数々の奇跡とも思える新素材や建設技術が魔法のように使われているのである。
基礎部分や主要構造材は、ブラスクリートとエルニット鋼材で固められている。
居住区の外殻部分は厚さ1センチのエルニット鋼板で覆われ、内部の区画もエルニット鋼材が多用されている。
エルニット鋼材はアルミニウムよりも軽量な合金であるが、非常に強靭である。
義兄の分析では、鋼材の千倍以上の強度を有するだろうと予測されている。
溶融温度は数万度以上としか判定できていない。
少なくとも北大ではこの金属を溶かすことができなかったのである。
硬度も高くダイヤモンドでは傷がつけられない。
坂崎は50センチ四方程度のパネル状の部品を製造し、それを順次組み合わせることで長さ約112.7m、幅約32.9m、高さ約14.2mのやや丸みを帯びた直方体の両端に球状の蓋をつけたような居住区を作り上げたのである。
全体的には、ちょっと不格好な潜水艦のような船をイメージすればいいかもしれない。
その建造過程も何度か見ているのだが、パネルを並べ、縁を合わせると、そこにアイロン宜しく特殊な携帯機器を押し当てて継ぎ目に沿ってずらして行くと溶着してしまうのである。
まるで瞬間接着剤のようでもあるが、坂崎は何の溶剤も使用してはいないし、仕上がり面を見ても、継ぎ目が全く分からないのである。
この作業が少なくとも数万回は繰り返されて今の居住区が出来上がったはずだ。
それらの新素材は、奇妙な形態の建物の玄関付近に有る別棟の建造物の中で製造されている。
坂崎は、研究室と呼んでいるが、色々な実験設備のような施設が揃えられている。
学校の教室ほどの部屋が6室分あり、駐車場からその上部庭園に至る階段脇に設置されている。
坂崎はそこで新素材を生み出し、地階に当たる玄関まで運び、この建物をジグソー宜しく組み立てたのである。
出来あがったものは、4層構造を持ち、延べ床面積では八千平米を超える大邸宅である。
用途不明の空き部屋が多いのも確かであるが、いずれも倉庫かタンクと記されている。
的場は、シェルターと想定した場合に種々の物資をため込むのに必要なものと判断していたが、それにしてもその容量は半端なものではない。
2万1千8百㎥ほどの容積の内、実に6割ほどが用途不明の倉庫やタンクなのである。
従って、実質的に普通の民家であれば居住区と考え得る空間は8千㎥強、床面積にして3000㎡ほどであるから、豪邸には違いないが全体の大きさから言うと居住スペースは左程大きなものではない。
そうは言いながらも、居間だけで400㎡を超え、ダイニングキッチン、主寝室、客室4室などがいずれも200㎡前後の広さであるので、それだけで1600㎡ほども占めてしまっている。
残りは、書斎、視聴覚室、浴室、洗面所、便所などの付帯施設である。
通常の家に見られないものとしてはプールと温室が有ることぐらいだろう。
300㎡ほどの床面積に、惰円形のさほど大きくないプールがあり、同時に温室にもなっているのである。
いずれにしろ建築主事としての的場の仕事はほぼ終えている。
後は、一応内装工事が終了する2週間後の9月上旬に形式的な最終確認をする予定である。