3ー15 事業の開始に向けて その二
篠塚が怪訝そうな顔をすると、誠一が笑って言った。
「それでどうして人物が分かるか不思議だと言うことかな?
ある装置を造ってね。
それで人のおおよその人物像が判断できるんだ。
それを、東京湾上空の監視衛星から見て、選別した。
無論相手がどう動くかまではわからないけれど、40人のリストに挙がっている人は是非とも来てほしい人物であることだけは確かだよ。」
「あの、もしかして、私もその機械で判別されたのですか?」
「一応、念のためやってるよ。」
「結果は?」
「駄目だったら、君は今ここにはいない。
安心していいよ。
合格組の一人だから。」
それを聞いて急に力が抜けた。
正直なところ、40人のうち半分は女性かもしれない。
年齢を問わないとは言っても、若い女性もいるはずである。
容姿端麗かどうかまではわからないが、嘉子のこれまでの経験から言うと、優秀な者は見た目も美人が多いのである。
嘉子は多少ナルシストの傾向も有って、中々の美人と自分でも思ってはいるが、自分よりも綺麗な人がたくさんいるとも思っているし、実際に多くの美人を見てきているのである。
そうした中で自分はどう見えるのだろうと今はかなり気になっている。
特に誠一を知ってからは余計にそうである。
同じアナウンサーやリポーターで美人がいると、年上であろうとも気になってしまうのである。
羨望か嫉妬か良くわからないが、とにかく、焦燥感が感じられて困ることがある。
今日の様に、全く自分の預かり知らぬところで坂崎達が動いているのを見るにつけ、自分の卑小さが気になって仕方が無い。
これほど劣等感に苛まれたことは無いだろう。
嘉子は、幼いころから聡明で通っていたし、学業も高校までは間違いなくトップクラスであった。
阿尾山学院ではさすがにトップクラスと言うわけには行かなかったかもしれないが、少なくとも中の上より上であったはずだ。
何となくエリート的な感情を持っていたのだが、坂崎邸ではまるで小学校の生徒に戻ったような気がする、
一々教えてもらわねば動けない状況である。
こんな状態で良く雇って欲しいなどと言えたものだと全く恥ずかしい限りである。
ただ、少なくとも他の採用候補者と同じレベルに有るのならば、これほど嬉しいことはない。
誠一の言葉が単なるお世辞でなければいいのだけれどと思いながら、喜代美の入れてくれたお茶を飲んでいた。
坂崎達は、昨日から今日に掛けて、仁十久町役場と宇部広に有る斗割支庁には挨拶に行き、担当者と事前の打ち合わせをしてきている。
担当者とは言いながらも、向こうの対応はかなりの幹部が対応している。
支庁では部長クラスが課長以下三人の部下を従えて応対したし、支庁長への挨拶も予定にはなかったが、部長から言われてその勧めに従った。
町役場でも部長以下二人が対応し、三役への挨拶までさせられている。
すっかり有名人になってしまった坂崎達は何処に行っても注目の的である。
これでは中々に普通の生活に戻るのは難しいだろう。
いずれにせよ、既に事業準備は動き始め、地元の司法書士と弁護士にも連絡を入れ、事前の承諾は得ている。
既に司法書士と弁護士は連絡を取り合いながら事務手続きの準備を始めていた。
司法書士は金子修司、弁護士は浜野健三という人物でどちらも50代初めの男で、会社の立ち上げなどにも十分経験がある者たちであった。
但し、その二人もこれほどの有名人の依頼を受けたことが無かったし、資本額からしてこれまでに扱ったことの無い金額であった。
無論、その金額に応じた報酬を得られるのではあるが、それでも彼ら自身が危惧していたので、坂崎はサポート役として、新東京でも有名な企業弁護士事務所を選び、そことの話も既に折り合いをつけていた。
新東京から北❆道まで出張るのは弁護士事務所としても中々に出来ないことだったが、オンラインや電話でのサポートが十分できると言うことであり、かなりの委託料を支払う約束で頼んだのである。
こうして少しずつながら計画は動いていた。
出資金は、銀行融資が不要なぐらい潤沢であった。
坂崎の両親がそれぞれ10億円を提供し、坂崎も5億円ほどの出資を予定している。
誠一は一千万円、由紀の旦那である東山直哉も同じく一千万円を出資すると言う。
他に喜代美の親戚筋がトータルで一千万円の、合わせて25億3千万円が資本金となる。
決して大きな額ではないが、事業を始めて開始する者が投じる額としては巨額である。
通常であれば億の単位に手が届くことは先ずないだろう。
既に用地は選択されている。
坂崎の両親が購入した土地であるが、元々は農地である。
後継者のいなくなった酪農業者の人が売りに出したものを購入した。
ほぼ2キロ四方ほどもある矩形の土地である。
仁十久の市街から国道❆8号線を北方向へ8キロほどの場所である。
坂崎の両親はその南隅に大きな家を建てていた。
無論、名義は津久井良平になっている。
ペンネームであるが、通り名でも有名になってしまうと、それを登記の際に認めてくれるのである。
最近変わったばかりの法律であり、公人として少なくとも多くの人に知られている名前でなければならないが、登記の際に本来の戸籍と共に、当該名前を証明出来る出版物などが必要である。
津久井は一度だけ、出版社の要請で顔写真を小説の背表紙に使ったことがある。
それで津久井良平の名で登記できたのである。
坂崎の娘夫婦とその子供は、暫くはその祖父母達と一緒に暮らすことになっているらしい。
引っ越し荷物をこちらに運んでもらう業者手配などで由紀たちの到着は3日後になったのである。




