3ー14 事業の開始に向けて その一
「何を遠慮している。
空き部屋が埋まるだけで足りなくなるわけじゃない。
それにすぐに客人たちは別のところに移るよ。
君は、三食住み込みの条件で雇ったんだ。
他の者を追いだしても約束は守るから心配せんでもいい。」
「そうですよ。
篠塚さんが遠慮することはありません。
娘夫婦は予定の行動で動いているんです。
娘婿は東山直哉と言うのですけれど、来宇部製鋼を辞めて元々こちらに来る算段をしていたんです。
御爺さま達も❆山の方に島一つを買ってそこに住んでいたのですけれど、もう85歳になりますのでね。
そろそろ身内の傍で暮したくなったのでしょう。
もう一年も前から、家を建てていましたのよ。
とても大きなお家なので、娘夫婦に一緒に住まないかと言っていたのです。
家は、夏場には出来あがっていましたけれど、陸山の方ですることがあるからと先延ばしにしていたの。
それに、今回の遠征があったから、暫く娘と孫達は、御爺さま達の家に厄介になっていたのです。
まだまだ騒がしいけれど、孫たちの学業もあっていつまでも遅らせているわけには行かなくって、こちらに来ることになりました。」
「あの御爺さまの話は、始めてですが、報道関係者も由紀さんの行方を随分探したのですけれど、お身内に御爺さまがいると言うのは知りませんでした。」
「ええ、殆どの人が知りません。
御爺さま夫婦は少し風変わりな方でしてね。
主人の御両親なのですけれど、人嫌いと言うかお付き合いが下手な方でしてね。
年賀状すら出しません。
元々は新東京の阿尾山に住んでいらしたのですけれど、そこの家はもう20年以上もほったらかしなのですよ。
他にもビルを三つ持っているので、そこの不動産管理会社に自宅の管理も任せているだけの古家なの。
造りがしっかりとした大きな家なんですけれどね。
住所は今でもそこになっているはずだけれど、実際には陸山県の美全市鶴島と言うところに家を建てて自給自足の生活をしていらっしゃるのよ。
元々、無人島でしたし、島に渡るにも船でなければいけないところ。
でも御爺さまもお婆様も船の操縦免許を取っていらして、必要なら自分で船を運転して何処へでも行かれるみたい。
元は坂崎姓なのだけれど、ペンネームが通り名になってしまって・・・。
貴方もご存じかも知れないわね。
津久井良平と言う名と、江崎順子と言う名前で小説を書いていらっしゃるわ。」
「あーっ、知っています。
津久井さんは、直木賞の受賞候補に挙がったのに辞退した方じゃないですか。
それに江崎さんの青春物は、若い女性の間で今も隠れたベストセラーと聞いています。」
「そうらしいわねぇ。
御爺さま達は、太陽電池で電気を起こしてネットで出版社に原稿を渡しているようよ。
出版社も鶴島に居ると言うことは知っていても、滅多に訪ねて行きません。
訪問しても本人たちに嫌がられるだけなので遠慮しているらしいわ。
でも、かなりの数の小説を書かれていて、印税は定期的に入ってくるし、ビルの不動産から上がる賃料もかなりの額に上るわね。
だから、御爺さま達は夫婦そろってお金持ちよ。
何せ、島では本当に自給自足なんですから、お金は使わないんですって。
着るものまでお婆様が機で織っていらっしゃるようよ。
私にはとても真似ができませんけれど、大正生まれの方は凄いわねぇ。」
「奥様のご両親もご健在と聞いていますが・・・。」
「ええ、私が58になったから、父は83歳、母は79歳かしら。
一応、健康のようですけれど、坂崎の御両親には敵いません。
二年前にお会いした時には、どちらも、とってもお若い感じで元気一杯でしたわ。
貴方もお会いしたらきっと驚きます。
とても80を超えているようには見えませんから。」
「そう言うことで、三日後には迎えに行かねばならんな。
篠塚君、車の運転を頼めるかな。
車は三台出さねばならないからな。」
「はい、お任せ下さい。
駅までですか?」
「いや、宇部広空港になる。
喜代美も一応免許は持っているのだが全くのペーパードライバーでな。
冬道はとても無理だ。」
「あら、冬道どころか夏場でも駄目ですよ。
免許を取って以来一度もハンドルを持ったことが無いんですから。」
「直哉君も来るし、そろそろメンバーに声をかけることにしましょうか。」
「うん、そうだな。
今晩から篠塚君と手分けして二人で電話をかけてみてくれ。
40人ほどのリストだから連絡さえつけば、すぐにも感触はわかるだろうが、問題は中々連絡がつかないかもしれないと言うことだな。」
「そうですね。
夜更かし組が結構多いと思いますよ。
独身が7割ほどいますし、・・・。」
「あの、メンバーと言うのは?」
「ああ、君の同僚になる候補者かな。」
「事前に何かお話はしていらっしゃるのですか?」
「いや、何もしていないよ。
単に候補者をこちらでリストアップしただけ。」
「どういう基準で選考をされたのですか?」
「そうだなぁ、信頼のおける人物であることが第一、次に相応の能力があるもの。
年齢、経験、性別、人種は問わない。」
「人種って、外国人もいらっしゃるのですか?」
「ああ、でも、取りあえずは日本在住の者だから、片言の日本語は喋ることができるんじゃないかな。」
「あの、今の話しぶりですと、全くお会いしていない方なのですか?」
「うん、僕もオヤジも会ったことはない。
無論、おふくろさんもだ。」
「???」




