2ー26 YAMATO-Ⅲの船内
「はい判りました。
ポータブル・カメラを持って行ってもよろしいでしょうか。」
「ええ、宜しいですよ。
でも、許可なく撮影しないようにしてください。」
「はい、では準備してすぐに参ります。」
篠塚の声も喜代美夫人の声も全て放送に流れている。
篠塚が振り返って言った。
「お聞きのように、これから私一人でYAMATO-Ⅲの中にお邪魔します。
船長の許可を得ましたならば、船内から報告したいと存じます。」
篠塚はそう言うと、車に走り寄り携帯型のカメラを肩に下げ、そのままマイクをスタッフに渡して遮断機をくぐって、歩き始めた。
急な展開に宇部広支局も慌てたが、すぐに代役の川瀬理恵子が特別放送室に入った。
中継画面は篠塚の姿が見えなくなるまで追いかけた。
川瀬が後をフォローする。
「ご覧のようにリポーターの篠塚さんがYAMATO-Ⅲに向かっております。
篠塚さんと連絡がつきましたならば、また、色々とお聞きしたいと思います。」
古谷はこれまでため込んだ映像の再放送を始めた。
テロップにはYAMATO-Ⅲが地球に帰還した旨を表示させている。
時間は午後7時2分過ぎであった。
それから10分もしないうちに斗夕峠の遮断機の前には人が群がった。
私道ながら、多数の車が入り込んでいる。
一目だけでもYAMATO-Ⅲを見ようと来たのだろうが、残念ながらこの位置からではYAMATO-Ⅲの姿は小さな丘に隠れて見えないのである。
警官が6人で警備をしているが、そのうちに一人が道路から外れて斜面から道路に入りトンネル方向に駆け出したのだが、すぐに取り押さえられた。
トンネルに入ったところに鉄格子のようなシャッターが降りていて侵入を拒んでいるのである。
アシスタントでついていた片山俊がそれを映像つきで報告してきて、9時のニュースの片隅に載ったのであった。
** YAMATO-Ⅲ船内 **
騒ぎの起きる10分前、篠塚嘉子は床から1mほどあいたシャッターをくぐり、トンネル奥へと進んでいだ。
背後では静かにシャッターが床まで降りていた。
100mも進まないうちに以前来た駐車場に到達した。
坂崎一家が乗ってきたバンが何事もなかったように駐車している。
トンネルも駐車場内も照明がついていた。
主が帰ってきて息を吹き返したと言うところであろう。
喜代美夫人と誠一が姿を消したドアに近づくと、ドアから小さなカチャと言う音が聞こえた。
遠隔で開錠されたのかもしれない。
ドアノブに手をかけ、まわし押すと簡単に開いた。
内部に入るとそこはかなり広い室内である。
篠塚が中に入ると自然にドアが閉まり、カチャと鳴った。
施錠されたのであろう。
部屋は20畳ほどもあるが、ドアが前に一つ、左右に二つずつもある。
無論照明もあるので内部は明るい。
天井から声が聞こえた。
「正面のドアを開けて進んでください。」
誠一の声である。
篠塚は微笑んだ。
正面のドアを開けるとそこも広い室内である。
間違いなく50畳ほどもあるだろう。
照明はやや暗い間接照明が壁についている。
再度、天井から誠一の声がした。
「ドアを閉めて、そのまま動かないで待っていてください。
今から、タラップを降ろします。」
正面の天井がゆっくりと降りてきていた。
フェリーへ自動車が乗り込む時に使う斜路のようなタラップである。
完全に降り切るまで1分ほどかかったが、機械音は全くしない。
放送室の無音状態に良く似ていると篠塚は思った。
完全に降り切るとタラップの上に人影が現れた。
坂崎誠一である。
「上がってきていいですよ。」
笑顔でそう言ってくれた。
篠塚がタラップを上がって誠一の前に到達し、挨拶をした。
「ご無理を申しあげて申し訳ございません。」
少し眉をひそめるように誠一が言う。
「困ったお人だ。」
それからすぐに微笑んだ。
「でも僕は貴方のような美人ならいつでも歓迎しますよ。
第二の我が家にようこそ。」
そうして、腰に手を当てて、篠塚が手をかけるように仕草で催促した。
ナイト気取りだが、篠塚にとっては好ましいポーズであり、そうしてくれることが嬉しかった。
篠塚は躊躇いもせずに誠一の腕に手をかけた。
すぐに誠一は広い廊下を歩きだす。
廊下はタラップと同じぐらいの幅があり、4m近くもあるだろう。
篠塚のアパートの近くの路地の方が余程狭いくらいである。
前方の扉が閉まっているのだが、誠一達が近づくと自動的に開く。
しかも動きが相当に早く、無音であることが凄い。
厚さ10センチほどもある扉がさっと開き、さっと閉まるのである。
そうしたドアが10mほどの間隔を置いて少なくとも3つあった。
驚いたことに通路脇の空所に駐車場が有り、セダンとバンが駐車していた。
4つ目のドアが開くと、そこには螺旋階段があった。
その奥にはエレベーターもある。
誠一はエレベーターへ篠塚を案内した。
エレベーターはオフィスなど業務用に使われているものとは違って、住宅用の小さなものである。
必然的に誠一と篠塚は身を寄せ合うようになる。
篠塚は女性としてはかなり身長が高い方で170センチに少し足りないぐらいであるが、誠一はそれよりも10センチは高いだろう。
篠塚がヒールの高いブーツを履いているのに、誠一の眼は篠塚のかなり上になる。
篠塚は衣服越しに誠一に接触することでやや上気していた。
だがその感慨もすぐに終わってしまった。
家庭用のエレベーターでありながら、昇降速度が凄く早いのである。
「1」と表示されているところから「4」と表示されている所まで、ドアが閉まって開くまで2秒ほどしかかかっていないのである。
◇◇ 続く ◇◇




