2ー25 地球への帰還
篠塚も携帯テレビで確認していたらしい。
すぐに同行スタッフが中継準備を始める。
どんなに急いでも実況中継の画像が送られるまでは調整に20分はかかる。
そうして、YAMATO-Ⅲの現在位置はどうやら米大陸東岸の上空の模様である。
高度がどの程度かは分からないが、日本の上空に達したならすぐに降下を始めるだろうと思っていた。
そうして、古谷の読み通り、地球上空に出現してから17分後、YAMATO-Ⅲは横移動を停止、降下を始めたようである。
「間もなく降下を始めるぞ、篠塚、そっちの準備は?」
「後2分かかります。
準備ができたらテスト映像を送ります。
カメラさんには既に真上を狙ってもらっています。」
もう一台は、地上を狙っています。
随分暗いし、寒いですね。
雪がチラついています。
中継には最悪ですが、何とか送りたいと思います。」
そうしてYAMATO-Ⅲが明らかに降下を始めた。
地上を狙う映像がかなり早い速力で拡大されてゆくのである。
やがてカメラが金色の炎のようなものを映しだした。
下部、前部、後部、左右いずれも金色に彩られている。
上部のカメラだけが、映像の周囲に僅かにイオン化した光を捉えている。
YAMATO-Ⅲは大気圏を高速で突き進んでいる所だろう。
晴れているなら或いはその情景が見えるかもしれない。
やがて、下界の町の明るい光がうっすらと見えるようになったが、真下は雪雲で覆われているのか真っ暗で判らない。
だが、篠塚の読み通り斗夕峠に間違いないだろう。
映像は間違いなく北❆道の有る当たりを映している。
そうして唐突にカメラ映像から金色の光が消えた。
その直後、映像が真っ暗になり、中継画像が仁十久から送られ始めていた。
古谷はテスト画面であることを承知の上で、切り替えさせた。
画面は暗い夜空を狙っている。
切り替えて数秒後、点滅する光がほのかに高感度カメラに映りだした。
古谷は怒鳴った。
「篠塚、中継を始めろ。
8時まではこちらの映像が第二放送に流せる。
すぐに流すぞ。
行け。」
篠塚は防寒着に身を包んで、遮断機の前に立っていた。
スタッフの合図ですぐに話し始めた。
「ここは北❆道の中央部にある仁十久町、斗夕峠の8合目付近です。
YAMATO-Ⅲが宇宙での実験を終えて無事に地球に帰ってまいりました。
現在降下中であり、まもなくその着陸の様子をあるいは御目に掛けられるかもしれません。」
そう言って、篠塚が上空を振り返って見上げ、再度カメラに向かった。
「見えました。
かろうじてですが明滅するいくつかの小さな光が降下して来ています。」
古谷はYAMATO-Ⅲを狙っているカメラに映像を切り変えた。
「10月初めにここを離陸したYAMATO-Ⅲですが、無事に33日の航海を終え、元の場所に戻ってきました。
間もなく着陸します。
私の声がよく聞こえるかと存じますが、御聞きのように、何の騒音も有りませんし逆噴射もありません。
ここを出発した時と同様に、静かに、静かに降りて参ります。」
高感度カメラは、確かにYAMATO-Ⅲの映像を捉えている。
そうして山岳特有の引きつける北風の音だけが、マイクから聞こえているのである。
他の報道局は来ていない。
朝の時点では、少なくとも1カ月以上をかけて進出した宙域にいた船であり、少なくとも160億キロの彼方にいたはずである。
そうして実験と称してワープ航法を行い、NFKを通じて少なくとも三つの恒星系の映像を送りつけていた。
それが僅かに1時間もしないうちに仁十久に戻ってくるなど誰も考えてはいなかったのである。
確かにうまく行けば今日中に戻れるかもしれないと言ってはいたが、戻る前に予告があるだろうと思っていたのである。
篠塚の機転のお陰で今回もNFK宇部広支局の大スクープである。
カメラが捉えていたのは僅かに2分間余り、既にYAMATO-Ⅲの巨大な船体が山陰に隠れていた。
篠塚に画面が切り替わった。
「YAMATO-Ⅲは、無事に古巣に戻ったようです。
可能ならば、これから単独取材を申し込みたいと思います。」
篠塚はそう言うと少し離れた遮断機に歩いて行き、インターホンらしきものを押した。
やがて、声がした。
「篠塚さんね。
わざわざここまで来たのね。
御用かしら?」
喜代美夫人の声である。
「はい、出来れば取材をお願いしたいと思いまして、如何でしょうか?」
「あらまぁ、どうしましょう。
自主検疫のために出入りは出来ないんですのよ。
少なくとも5日間は船に閉じ籠っていなければならないんです。」
「あの、もし差し支えなければ、私も皆さんとご一緒に中で過ごしたいのですが、許可をいただけないでしょうか?」
「あらあら、・・・。
じゃあ、ちょっと待って、主人と相談しますから。」
2、3分ほど待たされ、そうして、返事が来た。
「主人の許可をもらいました。
でも本当に、いいのですか?
5日間は出られませんよ。」
「はい、構いません。」
「わかりました。
では、篠塚さんだけね。
そのまま歩いて遮断機をくぐりぬけてください。
トンネルの中ほどにシャッターが下りていますけれど篠塚さんが到達したらそこを1mほど開けます。
そこをくぐって中に入ってください。
後は、先日駐車場で私達が入って行ったドアを覚えているかしらね。
その前に来てください。
貴方お一人だということを確認してドアを開けます。」
◇◇ 続く ◇◇




