2ー23 ワープ実験 その二
「あ、これが前方映像ですが・・・。
やはり少し違っているような気がします。」
「左の中央付近に有る二つの明るい星、一方は赤み掛かっており、もう一つは白っぽい光ですが、この距離が少し開いたように思われます。
そうして画面の縁部分の星々が少し違っているように思われます。」
古谷の指示で、更に後方カメラに切り替えられた。
「これは多分YAMATO-Ⅲの後方カメラですが、一番近いはずの太陽が、現在の画像ではほとんど見分けがつかなくなっています。
少なくとも私にはどれが私たちの太陽なのか見分けがつきません。
尤も、YAMATO-Ⅲ自体が方向転換をした可能性も否定できませんので確証はありません。
ただ、前部カメラは以前と良く似た映像を映していますから、多分、後方に太陽が有るのではないかと思います。」
未だにそういう篠塚の顔色は蒼白である。
それやこれやで8時20分過ぎになったところで、画面が切り替わり、誠一が姿を現した。
「篠塚さん。
遅れましたが、実験は一応成功しました。
ただ、ちょっと予想よりも移動しすぎたので、その調整確認に時間がかかりました。」
篠塚が本当に嬉しそうな表情を見せた。
坂崎誠一の顔を見た途端血の気も戻っていた。
古谷はそれを見て苦笑いをした。
篠塚の奴はどうやら誠一に惚れてしまったようだ。
あれはアナウンサーと言うよりは、惚れた男を気遣う女の顔だ。
「そうですか。
おめでとうございます。
ところで、YAMATO-Ⅲは今どの辺にいるのでしょうか。」
「現在は、太陽から14.2光年離れた宙域にいます。
地球からの方向としては概ねベガの方向と思っていただいて結構です。」
驚愕の故に局内にもざわざわとした気配が起きている。
YAMATO-Ⅲが1カ月もかけて踏破した150億キロは驚くほど遠距離である。
だがその距離も光の速さでは14時間とかからない。
だが、1光年というとその光が1年掛かって漸く到達できる距離である。
あくまでも大凡だが、1光年は150億キロの600倍を超える距離であり。
14光年は更に8700倍ほどの距離になる。
地球に最も近い恒星は4.3光年ほどの距離に有るが、YAMATO-Ⅲはその3倍の距離を一瞬でこなしてしまったのである。
自分の知り合いがそれを成し遂げたと言うことだけで、古谷は身震いをするほどの感慨に浸っていた。
全くの予定にないサプライズだと言うのに、その間も篠塚はけなげに質問をしている。
「あの、一瞬で14光年も移動したと言うことですか?」
「ええ、予測では2光年ぐらいのつもりだったのですけれど、必ずしも予測通りにはなりませんでした。
8時30分から3回ほど連続して実験を行い、精度確認を行います。
終了は、9時を過ぎると思われますので、予定の放送時間は過ぎてしまいます。
悪しからず了承ください。」
「皆さんにもYAMATO-Ⅲにも異常は無いと考えてよろしいでしょうか?」
「はい、特段の異常は有りません。
空間転移に要した時間は千分の一秒程度ですが、そのために高次空間通信装置内に若干の空間構造震が発生し、一時的に画像が乱れたと思いますが、その時間はおよそ0.5秒です。
今後も、転移の度に画像が乱れることになりますが、今のところ補正の手段が有りませんので、そのままにしておきます。」
「時間が有れば、今後の予定をお聞かせ願いたいのですが、如何でしょう。」
「手短に申し上げますね。
先程言った補正のための実験を三回行います。
転移は瞬時に行われますが、船の位置を測定するのに時間がかかりますので、一回当たり少なくとも12分ほどかかります。
三回の実験が済めば、船を運航させるのに必要な基礎データが取れますので短距離遷移で、最寄り恒星系に向かいます。
そこで新型推進装置の駆動実験で恒星系に対する影響を調査します。
これもおよそ三回を予定しています。
これが済んで、恒星系内での安全確保が確認されれば地球に戻る予定です。」
「それらの実験に要する時間はどのぐらいでしょう。」
「そうですねぇ。
具体的な実験時間はまだわかりませんが、日本時間で日没前には終わる予定です。」
「では、場合によっては今日中に帰還される?」
「ええ、場合によっては、そうなるかもしれません。
すみません、時間なのでこれで交信を終わりたいのですが。」
「わかりました。
では、またお会いできるのを楽しみにしております。」
時間は8時25分少し前であった。
古谷はホワイトボードで指示を与え、篠塚を映像から離すために、御別れを告げさせ、いつものようにYAMATO-Ⅲ関係の画像に切り替えて8時からの放送を一応終えた。
「ご苦労さん。
突然の実験開始だったのによく立ちまわった。
良かったよ。」
古谷が特別放送室に入って立ちあがった篠塚に声をかけた。
篠塚がにこやかに笑って言った。
「ええ、でも、どきどきものでした。」
「あぁ、だが、そいつはちょっと違う意味でドキドキしたのじゃないか。
嘉子、お前、誠一君に惚れたな。」
篠塚は顔を真っ赤にしたが、何も言わなかった。
図星だったのである。
◇◇ 続く ◇◇




