2ー21 時間の遅延
斗夕峠を離陸してから17日目、YAMATO-Ⅲは、太陽系の外縁である海王星軌道に達していた。
海王星自体は、現在位置から太陽までの距離と同じくらいの45億キロほど離れている。
YAMATO-Ⅲは更に出力をアップし、12Gの加速度で、概ね公転軌道に対して20度の傾きで虚無に向かって突き進んでいる。
概ね8日後に光速の20%前後になる筈であり、そこで減速を開始し、更に虚空を減速しながら進むことになる。
ほぼ停止状態となる位置が太陽から160億キロほど離れた位置であり、ここが第二の実験宙域となる。
地球にはその旨をまだ知らせてはいない。
時間の遅延はますます顕著になっていた。
木星までの間で船内時計は地球の時間と1時間近くもずれている。
地球に残した地上通信施設経由でNFKの地上デジタル放送が受信できるのだが、その毎正時で自動的にチェックされたデータである。
未だ通信自体に目立った遅れはない。
木星軌道までの間も若干のタイムバッファが作動しただけであるが、8日後の最高速ではどうなるかは予測がつかない状態である。
そうして120Gで加速し始めた5日後、地上との通信が明確にわかるほどの影響が出始めた。
NFKの専属アナウンサーである篠塚の声が少し高い音声となり、同時に早口になっている。
少なくとも月軌道上、木星軌道上のほぼ静止状態で録画した放送を見比べてもかなり早いのである。
坂崎はそのデータを地上に送ってあげた。
篠塚からも逆に同時期の録画データを送ってきたが、こちらの方は坂崎も誠一も音程が低く、ややゆっくりとした話し方になっている。
篠塚もYAMATO-Ⅲもごく普通に話しているのだが目に見えて変化が現れたことになる。
8日後にはよりその兆候がはっきりとなった。
YAMATO-Ⅲが受信できる地上からの通信は全てが高速化されていた。
少なくとも1.3倍から1.4倍と観測されていた。
一方で、毎正時の時報誤差は1時間当たり20分弱であり概ね30%程度の時間の遅延が観測されたのである。
YAMATO-Ⅲはその計測を終えると、減速を開始した。
更に8日間減速しながら地球から遠ざかることになる。
ここまでの到達距離はおよそ80億キロ、最高速度は光速の22%およそ毎秒6万7千キロである。
地球の周回が1秒以内で出来てしまう速度である。
勿論人が乗った乗りものでは史上最大の速度であり、ボイジャー2号が達成した進出距離も呆気なく更新してしまうだろう。
ボイジャーは、太陽から150億キロ未満の場所を毎秒16キロ程度で進んでいるはずである。
地球を出発してから33日目、YAMATO-Ⅲはついに第二実験宙域に達し、太陽との相対速度をほぼ0とした。
既に第二段階の実験準備は整っていた。
日本時間20X2年12年11月5日午前8時、NFKとのいつもの交信が始まった。
相対的に停止状態では時間の遅れはない。
船内時計と地上時間とでは随分と開きがある。
実に東京とロンドン以上の時間差が蓄積しているのだ。
だが、一応、可能な限り日本時間で船内は生活を続けている。
困ったのは食事の時間帯である。
体内時計は完全に狂っていた。
何しろ日本時間の午前8時は夜の11時頃に等しい。
朝食は日本時間で朝の四時過ぎには済ませているのだが、夕食なのか朝食なのかほとんどわからない状態である。
いつの間にか昼と夜の時間が逆転してしまったような感じである。
篠塚の爽やかな笑顔が画面に映った。
「おはようございます。
誠一さん。
前にお伺いしていた予定は一応終了したはずですが、ご家族の皆さんのご機嫌は如何でしょうか?」
篠塚はここ2、3週間の間でとみに綺麗になっている。
化粧方法も変えているようだし、洗練された衣装が似合うようになった。
篠塚の相手は専ら誠一が担当するようになっていた。
「やぁ、おはようございます。
篠塚さん。
一応、第一段階の予定は全て終了しました。
探査機も各惑星及び主だった太陽系の天体の衛星軌道でデータを送っているようですので問題は無いですし、私も両親も、それに、五郎と花子も元気ですよ。」
五郎はゴールデンレトリバーの1歳の雄であり、船内で少し成長したようにも見える。
花子はヒマラヤンの4歳の雌である。
どちらも喧嘩をせずに仲良く暮らしている。
「あの、第一段階と言うと、・・。
まだ御帰りにならない?」
「ええ、第二段階がありますので、もう少し時間がかかりますね。」
篠塚の顔が少し曇った。
すぐにその気配を隠して篠塚が尋ねる。
「失礼ですが、今度は何を?」
「ええ、これからそれを説明します。
実は、このYAMATO-Ⅲには、重力推進装置の外にもう一つ別の推進機関が搭載してあります。
で、その推進機関の駆動実験をこれから予定しています。」
「新しい駆動装置の実験と言うことですが、一体どのような方式でしょうか?」
「一口で言えば、空間転移をしてしまう装置です。
SFでおなじみのワープ航法と思っていただければ結構です。」
「あの、宇宙船エンタープライズや宇宙戦艦ヤマトのようなワープと同じと考えていいのですか?」
「アニメや映画のワープが正直どんな理論で成り立っているか、その装置はどんなものなのか判りませんので、一緒くたに考えてしまうのは無理ですけれど、或る空間から或る空間までを瞬時に移動してしまうと言う意味では同じです。」
「じゃぁ、それを使って地球に戻っていらっしゃる?」
「可能ならばそうしますが、太陽系の中で果たして使えるものなのか、周囲に影響を及ぼさないのかそれを見極めなければ、とても使えません。
ですから太陽系の外で実験を行います。
安全のために太陽系の外縁である海王星軌道の2倍の距離を取ってここまで来たわけです。」
◇◇ 続く ◇◇




