2-4 航宙クルーザー
嘉子が先に声を出した。
「支局長、・・。
今、坂崎さんは宇宙旅行って言いました?」
「あぁ、そう聞こえたな。
篠崎、カメラを三脚に据えろ。
俺はハンディカメラだ。
本当なら、ことだぞ。
絶対、失敗するな。」
「ええ、でも、でも、・・。
私、こんな夜に撮影なんかしたことありません。」
「馬鹿野郎。
研修中に必ず夜間撮影の実習が有っただろうが・・。」
「あるには、あったんですが・・・。
私、その時は生理休暇をもらって休んでいたんです。」
「なっ・・・。
とにかく、三脚にカメラを据えろ。
俺が撮影する。」
もたもたする篠崎を余所に、ついに古谷が手を出してカメラを据え付けた。
その上で坂崎が示した方向に照明をセットした。
照明に浮かび上がったのは金属光沢のある巨大な構造物だった。
これまで暗闇に隠れていて見えなかった代物である。
古谷は懸命にその照明を手掛かりに何とかピントを合わせた。
突然、テーブルの上のパソコン様の通信装置から声がした。
「ノリさん、準備はいいかな。
後、2分足らずで出発するが・・・。」
「坂さん、何か金属光沢のあるでかいものがあるが、ここから飛びだすのかい?」
「いや、ノリさんの見ているそのでかいものが船だ。
いまから、そいつが空を飛ぶ。」
「おいおい、冗談言いっこなしだぜ。
百メートル近く有りそうだぜ。」
「その通りだ。
全長は百メートルをちょっと超える。」
「格好は違うが、ひょっとして、飛行船?」
「いや、飛行船じゃない。
宇宙船だ。
強いて言えば航宙クルーザーと言うところかな。」
「で、ここにいて危険はないんだろうね?」
「多分、無いはずだ。
カウントダウンを始めるよ。
30秒前。」
古谷が怒鳴った。
「篠崎、ハンディカメラを回せ。
あのでかいやつにピントを合わせろ。」
古谷は、ハイビジョンカメラを回し始めた。
その背後で、通信装置からカウントダウンの声が続く。
そうして遂に0が告げられ、無音のまま巨大な建造物が徐々にせりあがってきた。
轟音も爆音も一切ない。
虫の声が聞こえるくらいに静かである。
ついにその全容が出現した時、古谷は内心ドキドキしながら、圧倒されていた。
本当にでかいのである。
おそらく支局の建物よりもでかいものが空中に無音で浮いているのである。
そうして徐々に上昇の速力が早まっているようである。
ほんの数秒間かもしれないが、確かに坂崎の言う宇宙船の全容がカメラに捉えられた。
だが、バッテリー駆動の照明はそう遠くまでは届かない。
やがて、暗闇の中に宇宙船が消えていった。
呆けたようになっていた二人に、通信装置ががなりたてた。
「ノリさん、うまくとれたかな?
この近くでアマチュアカメラマンがいない限り、君たちの独占だよ。」
「坂さん、ありがとう。
恩に着る。
うまくとれたかどうかはわからん。
ところで、この通信装置はずっと使えるのかい?」
「ああ、こいつは宇部広支局で使ってもらっていいよ。
で、駐車場に置いてある他の段ボールだが、ノリさんの方で配分を手配してくれないかな。
配分先は、段ボールの上に書いてある。
ノリさんが自腹を切って発送する必要はない。
連絡して、取りに来たら渡せばいい。
取りに来なければ、ノリさんが使ってもいい。
因みに、箱の中に放送用機材への接続方法も書いた取説が入っている。
それを見て、支局で接続すればいい。
取りあえず、今夜はここまでだな。
明日0800にまた連絡するよ。
そうして明日の午前9時には宇宙ステーションとご対面の予定だ。
通信終わり。」
唐突に画面が消えた。
古谷と嘉子は唐突に震えが来ていた。
今のが夢でなければ、歴史的な一瞬に二人が立ち合ったことになる。
そうして我に返った。
「篠崎、支局に戻るぞ。
今からなら10時の全国放送に間に合うかもしれん。
遅くても11時のニュースには間に合う。」
秦と阿部も呼びつけなければいかんなと古谷は考えていた。
二人で大急ぎで駐車場に降りて、車に機材を積み込んでいる最中、段ボールが目に入った。
二人で、手分けしてトランクと後部座席に何とか段ボールを積み込み、すぐに出発した。
トンネルを出た後、背後で金属製のシャッターが降り、そうして照明が消えたことに二人は全く気付いていなかった。
支局に着いたのは午後10時少し前だった。
今から東京に連絡してもおそらくは10時の放送には間に合わない。
だが、先ず、第一報を入れた。
その間に、携帯で呼び出しておいた秦と阿部がカメラ二台の映像編集を開始していた。
更には事務方の山岡も出てきて、新たな通信装置の取説を読み始めていた。
新東京のNFK本局との連絡もうまくいって11時のトップニュースで映像が流される手筈になった。
但し、現状で判っているだけの情報として流すのであって、真偽のほどは明確にしないとの条件付きであった。
古谷が、念のため知遠瀬の航空自衛隊に問い合わせたのだが、未確認飛行物体の情報は無かったのである。
あれだけでかい代物を航空自衛隊のレーダーが見逃すわけもなく、全くのステルスか、あるいはイリュージョンの可能性も捨てきれなかったのである。
だが、坂崎の話が真実であれば、翌朝0900頃には宇宙ステーションの方で坂崎の宇宙船を確認してくれるはずである。
古谷は坂崎を信じつつ祈ったのである。
◇◇ 続く ◇◇




