1ー1 建築確認 その一
この物語はあくまでフィクションであり、似たような記述があっても、実在する人物もしくは組織とは何の関わりも無いことをご承知おきください。
概ね、一話二千字を目途に、毎週月曜日の午後8時に投稿する予定ですが、第七話までは毎日一話投稿いたします。
北海道の片田舎、斗割地方の北西端に仁十久と言う町が有る。
産業らしい産業は無く、強いて言えば酪農と畑作農業が主体の町である。
かつては国鉄の機関区があったために職員が多数いて町を支えていたが、国鉄からJRに切り替わった際に人口の3割以上を占めていた国鉄職員とその家族の8割が町を去って行った。
今では過疎の町であり、老人ばかりが目立つ町になってしまっている。
仁十久の南隣りには、志御津町があり、そこから比多可地方に抜ける斗比峠を境として比多可支庁になるし、北隣りは斗夕峠を境に神河支庁になる。
その斗夕峠に近い国道沿いの斜面に奇妙な建造物があった。
一級建築士免状を保有している的場誠二は、志御津町役場に籍を置いて建築主事をしている。
但し、志御津町だけではなく、西部斗割地区(仁十久町、獅鹿尾居町、志御津町、米牟呂町)の建築主事を兼務しているのだ。
今日は、申請に基づいて、公用車であるランクルを駆って、斗夕峠の7合目までやってきたのである。
既に何度か来ているので地の利は十分承知している。
ちょうど南側の下勾配の急斜面と北側の上勾配の急斜面が、山岳部の凹凸の影響で逆に入れ替わる辺りで、僅かに緩斜面になる地形があって、その場所に建設敷地がある。
本来ならば造成地には難しい場所であったはずであるが、重機を入れ、斜面を削り、窪地を埋めて造り上げた土地である。
真新しい取りつけ道路が国道❆8号線から北側に伸びており、やや上り勾配となっている。
その道路に入ってすぐの中央分離帯に大きな文字で「私道、立ち入りを制限する。」と記載された看板が良く目立つ。
確かに国道の方は路肩分だけ道幅が広いので、通常ならば間違えたりしないだろうが、春先から夏場に掛けてはよく濃霧がかかる場所であるし、冬場は降雪のために道路を見誤る事故もないわけではない。
しかも私道自体は路肩幅を除けば、立派な舗装が為されているし、綺麗なカラーデザインのガードレール越しにタイル張りの歩道や並木まで整備されている。
また、国道❆8号線には無いのだが、この私道には都市部の繁華街でしか見られないような路面暖房が施されていることも的場は知っていた。
相応の機能が働きだせば、歩道を含めてこの道路に、積雪が覆うことは先ずないはずである。
だから、この侵入禁止の看板が無ければ、或いは通行車両が迷いこんでしまうかもしれない。
国道から40mほど入った場所には遮断機までついている。
尤も、まだ作動はしていないらしく、左右双方の遮断機は上方に揚がったままである。
的場が新たに気付いたのは遮断機の真下の路面に丸い直径20センチほどの円盤が40センチほどの間隔で二列に並んでいることであった。
通行が無い場合、若しくは、無断で敷地内に侵入する者がいてそれを防止する場合等、必要な場合には、この金属面がせりあがって、地面から1メートル程度の高さの金属棒の車止めとなり、完全に車両の通行を止めてしまうのかもしれないと思った。
以前、役場の用事で新東京市庁舎へ見学に行った際、市庁舎の地下車庫入り口に同様の設備があるのを実際に見ているからである。
この辺りにはほとんど人家もない。
国道❆8号線沿いにもう5キロほど登れば斗夕峠の観光客相手のドライブインがあるが、夜間には、店は閉まって無人である。
これ以外には10キロほど下った丹伊名井か斗夕峠を越えて更に15キロほど先の尾知相まで店すらないのである。
そうした過疎の場所に住むならば、相応のセキュリティも必要なのかもしれない。
最近は、土曜日の夜に暴走族まがいの若者が単車に乗って峠を走り回ることもあるやに聞いている。
従って、防犯対策も必要なのだろうと思っている。
さすがに敷地内の防犯機器類までは建築主事の確認・監督範囲にはない。
揚がりっぱなしの遮断機を通り抜けて緩やかに左へカーブする道路を進むとこんどはトンネルである。
国道❆8号線ではほとんど見かけないが、国道2❆4号線の斗比峠を抜けて比多可側に入ると、断崖寄りの国道に土砂崩れや風雪・雪崩防柵代わりの隧道が幾つかある。
それに似たようなものではあるものの、隧道の上を岩や土砂が覆っているわけではない。
むしろ、単なる目隠しの覆いかもしれないなと的場は思っている。
❆8号線から見ると住宅は見えないがこのトンネルの一部だけは見える。
❆8号線の先に有る展望台や斗夕峠の頂上からもこの住宅は山陰になって見えないはずである。
少なくともこの天蓋は積雪に対しては役立つだろうし、雪崩の被害防止にも役立つかもしれない。
真新しいトンネルを50mも進むと広いエリアに出る。
今は路面にきちんと区割りの白線が引いてあるのだが、区画割がなされる以前から的場はこのスペースは駐車場であろうと判断していた。
少なくとも乗用車ならば20台以上は駐車できる余裕があるし、大型トラックも余裕で駐車できる。
但し、この駐車場は立派な屋根つきであり、れっきとした屋内なのだ。
従って、ここからは的場の仕事の対象になる。
トンネルと駐車場の境目からは、母屋と目される構造物と一体の建造物とみなされているのである。
◇◇ 続く ◇◇