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6.通った道と拓かれる道

 それから数日。


「なんっなんだアイツらは!」


 到着早々鍛冶場から響いた怒声に、ナタリアは目を丸くした。獣の咆哮とはこんな感じだろうか。馴染みの店員が肩を竦める。


「何が入店はご遠慮願いたいだ。酔いどれ親父でも迎えるメシ屋が善良な女にメシ食わせねえって? 宝飾店が年頃の女に買い物のひとつも寄らせねえってか? 俺が入ってったときにはニッコニコで迎えやがったくせに。俺を誰だと思ってやがる、辺境領の野生児だぞ! 流星雨の方がマシだってくらいに大暴れして店ぶっこわ」

「ナタリアちゃんご来店でーす!」


 ピタリと獣の唸り声が止まった。

 鍛冶場を覗き込めば、不機嫌な様子ながらも片手を上げてくれた親方と、そっぽを向いてぶすくれているシュテルがいた。

 鈍くはないナタリアはピンときた。多分、先日の失敗をもとに、先に店の予約を押さえておこうとしたのだろう。そして断られたのだ。

 さもあらん。道を歩いていて流れ星が自分の近くに落ちるのとは話が違う。店の中なんて、どこに落ちても被害が出る可能性が高いのだ。ましてご飯どころと宝飾店。他の客がひしめく場所と、高級品ばかりが並ぶ店なのだから、普通に考えて断るはずだ。

 そして更にピンときた。

 先日の現場から、武器屋まで。途中で彼は一度足を止めた。そこは武器屋より近い、シュテルが贔屓にしていた落ち着ける場所の候補であったのかもしれない。となれば恐らく「酔いどれ親父でも迎えるメシ屋」である。

 この剣幕であるから、きっと今日で上客を失ったのだろう。悪いことをした。店で怒りを露わにしていないといいけれど。

 兜の下から現れた閃き顔に、ナタリアが察したことを悟ったらしい。シュテルは嫌な顔をしながら鎧を脱ぐのを手伝ってくれた。


「なんで気づいちまうのか……」

「昔通った道だからかな」


 ナタリアはずっと流れ星の落ちる人生を送っている。両親は流れ星を連れたナタリアを嫌がることなく、深く愛して育ててくれた。あれこれと手を打って、ナタリアが少しでも自由に生きられるようにしようとした。

 誠実な商いで人々の信頼を勝ち取り、幅広い物流を担うことで愛する娘が疎まれにくいようにした。商売で稼いだ金を寄付したり、流れ星を国に納めたのは、両親が善良であるのもひとつの理由だが、一応下心もある。特殊な事情を持つ娘が異端と罵られないよう、国に恩を売ったのだ。


「それでもやっぱり怖いものは怖いから、そうそう受け入れては貰えなくて。両親ってば、あまり外に出られない代わりに、私が駆け回れるよう広い庭をつくってくれてね。おかげで鎧を着こなす体力はバッチリ!」


 拳を握って腕を掲げると、大きな手に二の腕をむにりと摘ままれた。横で比較するように力こぶをつくらないで欲しい。筋肉はつかない体質だから、柔らかいのは仕方がないのである。


「確かに体力あるよな。軽量ったってフルメイル着て動き回るんだから」

「鎧を脱いだ私の身のこなしは中々よ」

「嬢ちゃんは下手な冒険者より素早ェぞ」

「そう。日々の努力、ひいては女神様の恩寵のおかげだわ」


 それには抗議するような視線が刺さった。並べてみると、不満を訴える眼光の鋭さも少し似ている。


「皆、女神様に厳しいんじゃない?」


 程度の差はあれ、二人ともいただいたものにはお世話になっているではないか。信仰を押しつける気はないものの、少しくらいは敬って然るべきだと思うのだが。


「ワシの女神様は嬢ちゃんだかんな」

「感謝するにはお前に負担がかかりすぎだ」


 二人の側にコンコンと、威嚇するみたいに小さな石の欠片が落ちた。跳ねた石が下衣を汚したようだが、とりあえず強く当たってはいないようで安心する。

 石は通りすがりのサラマンダーがぱくりと食べてしまった。鍛冶場には何匹かがうろついているのだが、見上げて挨拶するように鳴いたから、特別仲良くしてくれるいつもの子かもしれない。


「負担がないとは言わないし、女神様を恨んだことが一度もないとは言えないけど」


 腕を組んで考える。

 現在進行形で悩んでいるし、今だって色々揺れている。ナタリアの密かな夢は、まず間違いなく叶わないだろう。

 それでも泣いて嘆いて、山を越えると思うのだ。


「優しい両親に、裕福な暮らし。親方は特別目をかけてくれて、他にも親切にしてくれる人はいて、シュテルだってこうして思いやってくれるでしょう。流れ星がなかったら、出会えなかった優しさはたくさんあったと思うの。嬉しいことだって一杯あるのよ」


 ね、と笑えば、二人から無言で頭を撫でられた。

 弟妹で慣れたのだろう手つきと、ナタリアの頭で慣れた手つき。どちらも髪をボサボサにするので、もう少し丁寧に扱っていただきたい。


「しかし、そんだけ根回ししてても現状となると……ナタリア、どっか行きたいとこないのか。こうなりゃ貸し切りしてやるぞ」


 またいきなり極端な手に走るものだ。呆れて見返すと、偉そうに胸を張る。


「手っ取り早いし確実だろ」

「小僧にンな財力があったか?」

「竜倒した褒美に、好きなオネガイ叶えてくれるってよ」

「そんなものをお出かけ権なんかに使わないで!」

「特に王様に強請るような欲しいモンねえし」

「店の貸し切りだって、陛下に強請るようなものじゃないわよ……」


 もし能天気に「あの店に行きたい!」なんて言っていたら、王の目の前で店の貸し切りを願うシュテルの姿があり得たのか。想像だけでゾッとする。


「……考えておくわ」


 貴重な願いを消費することなく行けそうな場所を。何も思い浮かばなかったら、また郊外の森に行きたいと言えばいいだろうか。


「使えるモンは使えばいいのになぁ。そんな気にするなら普通に貸し切るぞ。竜の素材で儲かったから割と金もあるし」

「あんま嬢ちゃん困らせんじゃねえぞ、謙虚さに欠ける野生児」


 親方はナタリアの頭をひと撫でして作業に戻って行った。仕事の邪魔をしてはいけないので、鍛冶場の隅に移動する。

 うんうんと唸るナタリアの頭にできた鳥の巣を、手持ち無沙汰になったシュテルが手櫛で直してくれた。

 大体見苦しくなくなったところで、そういえば、と声を上げる。


「ナタリアの家、雑貨屋やってんだってな」

「うん。雑貨屋というか、なんでも屋というか」


 ナタリアも人前に出ずにいられる書類仕事だけ手伝っているから、品揃えはよくわかっている。なんでもある。本当に。元々手広くやっていたそうだが、ナタリアが生まれてから、更に販路を拡大したとか。

 日常の雑貨から、食料品、薬、服飾。店頭にないものも、一次素材から加工品まで、大体の品物は取り寄せることが可能だ。ただし専門店よりは少し劣るようにバランスを取っている。

 同業者から恨まれては本末転倒だから、という理由らしい。改めて考えなくても偉大な親だと思う。


「弟妹どもに土産買いたいんだ。上が16、一番下が10で5人いるんだが、好みがバラバラでな……それぞれ店回るのも面倒くさい」

「アクセサリーとか、ゲームとかお菓子とかなら店頭にあるはずだから、すぐ買えるわよ。魔法が好きな子はいる? 魔道具の類も揃えてるわ。とっても素敵な内装らしいから、ぜひご来店くださいな」

 すかさず宣伝をすれば、彼は変な顔をして見返した。

「らしいって、自分の家の商店だろ」


 なるほど、確かにそれはおかしく思われるかもしれない。


「実は行ったことないの。流れ星が降ってきたとして、棚を壊しても両親は多分許してくれるけど、お客様に何かあったら大変でしょう?」

「じゃあ、開店前とか、閉店後とか」

「店が閉まってたって、朝早くから夜遅くまで店員さんはいるし」

「休日は?」

「従業員でローテーションしてて、およそ年中無休なの」

「両親に貸し切りでも強請ったらどうだ? ナタリアのために販路拡大するくらいだから、二つ返事で敵えてくれるだろ」

「お仕事の邪魔は駄目。……そんな我儘言えないわ」


 ただでさえ両親は様々なところでナタリアのために動いてくれているのに、これ以上を望むなど。

 困ってしまって曖昧に微笑むと、シュテルは苛立ちを紛らわすようにガリガリと頭を掻いた。


「変なとこだけ鋭いくせに、わかってねえなぁ……」


 あのな、と顔を寄せて半眼ですごむから、首を竦めて彼を見上げる。


「お前の両親がお前の言う通りなら、お前がオネダリしたら絶対に喜ぶんだぞ」

「そうかしら」

「そうだよ、甘え下手め。とりあえず今回は見てろ」

「見るって?」


 鋼色の目がきらめいた。赤い髪は炎に照らされてなお赤い。


「あいつらの買い物となると、中々でかい買い物だからな!」


 小さな火花が散る鍛冶場の中、ニッと少年めいた顔で笑う彼は、まるで一際大きな流れ星のようだった。

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