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2.言葉を交わす

 全身鎧を装着した人間が一人でぽつんと歩いていれば、当然とても目立つ。

 ナタリアが鋼を鳴らして歩けば、王都の人々は自然と視線を寄せ、次いで慌てて距離を取った。

 いくら名工の手による逸品とはいえ、やはりフルメイルはフルメイル。視界を狭めるバイザーに、細かい動きができない手足だ。うっかり衝突してしまう可能性を考えれば人が避けてくれるのはいいことだと、ナタリアは自分に言い聞かせた。


「あれ、流れ星の君か? 初めて見た」

「ああ、ここの通りは初めてかい。他の道はあんまり行かれないからねえ。……きっと、わきまえていらっしゃるのさ」

「どれくらい離れてたら安全なんだ」

「バカ押すなよ。テメエのせいで怪我したらどうする!」

「ちょっと、止めなさいよ。聞こえちゃうわ」


 防御力が高い甲冑は、人の声までは遮ってくれない。

 好奇心と、恐れと、憐れみ。嘲りの色が薄いから、王都の平民は善良だと思う。これが貴族だったら、相手に見えないのをいいことに耳栓をつけなければいけなくなるところだ。

 俯くナタリアの耳に小さな悲鳴が届いた。遠くに何かが落ちる音がして、コロコロと転がってきたそれが、音を立てて足に当たる。

 流れ星だ、と誰かが言った。どうやらまた落ちて来たらしい。拾い上げて見た石は赤々と煌めいている。過去の経験からしてきっと希少な鉱石なのだろう。鎧の中に放り込んで、止めた足を再び動かした。


 全身を鎧に包んでいることで有名なナタリアは、リーン男爵家の一人娘だ。とはいえ、魔物被害に喘ぐ人々へと国に金銭を寄付したところ叙爵された、商人上がりの家であるから大したことはない。歴史ある貴族からは下に見られ、平民からは遠巻きにされる、不便な地位である。

 ナタリアは、商家らしからぬお人好しの両親に育てられた。その分の平穏さと釣り合うようにか、神はナタリアに刺激的な出来事をくださる。

 目的地の手前で、またもゴツンと地面がへこんだ。先程より少し大きな石が落ちている。


「おや、こんにちは。また流れ星かい?」

「こんにちは。ええ、当たらなくてよかった。この大きさはさすがに痛そうだもの」


 鍛冶屋に併設する武器屋の受付に迎え入れられて、ようやく一息つけた。鎧を脱いでカウンターに預けたところで親方が顔を出す。


「でっけえ流れ星だって? 鎧はへこんでねえようだが」

「かわりにお店の前が少しへこんじゃったわ」

「若えのが埋めてるだろ。無事で何よりだ」


 拳大の鉱石に匠の目が光った。ふむ、とにんまり笑った親方は、ナタリアに向き直る。


「こいつ買い取らせてくれや。嬢ちゃんの鎧に使えそうだ」


 頭の中ではすでに構想ができているのだろう。一刻も早く作業に取りかかりたいというように体を揺する様に、声を上げて笑ってしまった。


「それならあげるわ。ついでにこっちの小石も何かに使えるかしら。素材の代金の分、安くしてね」

「ふむ……砕いたらいい塗料になりそうだな。こっちも貰っとくが……加工代なんぞいらんのによぉ」

「駄目よ。お仕事なんだから」

「それならなおさら、ワシは一生分の対価を嬢ちゃんから貰っとるよ」

「……私じゃないわ、国と、女神様が」

「嬢ちゃんが呼んだ流れ星だ。嬢ちゃんのおかげに決まっとる。なあ、流れ星の君」


 ナタリア・リーンの周りには、流れ星が落ちる。

 流れ星とはいうものの、落下物は隕石ではない。鉱石だったり、植物だったり、ときには小さな生物だったり。共通するのは、そのほとんどが珍しかったり高価であったりすることだ。

 生まれたときからナタリアの周囲を飾ったそれらは、ただでさえ裕福なリーン家に、更なる財を運んでくれた。善良なリーン家はその大半を国へと収め、善良な国はそれらを国民のために使った。ときに武器や防具となって魔物を退け、ときに薬となって人を助けた。

 名工である親方は、その薬に助けられた一人だ。


「腕を負傷して、もう人生が終わったと絶望しとったところに薬が届けられた。嬢ちゃんのところに落ちた神木の葉からつくられた薬だ。いいか。あれがなければワシは生きとらん。鎚を持てなくなって、製作屋がどうしてやっていける? ワシにとっちゃ嬢ちゃんこそが女神様よ」


 あの日も彼は同じことを言った。落下物に怯える人々に敬遠され、自分の身も危険かもしれないと外出もできずにふさぐ小さなナタリアに。

 わざわざ家にまでやってきて礼を述べてくれた彼に、救われたのはナタリアの方だった。彼はナタリアの状況を聞いて胸を叩いた。ワシに任せろと言った一週間後には、子供でも着られる小さな鎧を持参して、これで落下物なんて怖くねえだろと笑ってくれたのだ。

 誤算だったのは、それまでナタリアに当たりそうで当たらなかった落下物が、中身を傷つけない程度に当たるようになったことだが、そこはそれ。その気遣いはナタリアの打ち身だらけの心を癒して、今までずっと守ってくれている。


「とにかく、私だって親方にはたくさん助けて貰ってるんだから、製作費くらいは貰ってくれないと困るのよ。ちゃんと請求してよね」

「頑固娘め」

「何よ、頑固おじいさん!」


 ツンと顎を逸らすと、彼は豪快に笑いながら作業場へと戻って行った。

 今日は鎧のパーツを変えるという話なので、修繕よりは早く終わるだろう。いつものポジションで鎚の踊る様を見物しようか、それとも武器屋の中を見学させて貰おうか。流れ星被害を怖がられ、あらゆる店から入店を拒否されるナタリアだが、ここの従業員は皆、親方を慕っているためナタリアに優しくしてくれる。

 少し悩んで、今日は店を見ることにした。武器屋と銘打っているが、防具もあるし、薬等も置いている。買わなくても見ごたえがあって楽しいのだ。

 一応親方に一声かけていこうと作業場を覗き込み。


「お前、あの親方に言い返せるって凄いな」

「わぁ!?」


 立ちふさがった大きな体に思わず声を上げた。


「悪い、驚かせたか」


 幸い鋼を打つ音で職人たちの耳には届かなかったらしい。親方の怒鳴り声が響かないことに息を吐き、改めて目の前の壁を仰ぎ見る。


「えいゆ――ギベオール卿? も、申し訳ございませ」

「待て待て、堅い! 普通にしてくれ。シュテルでいい」

「ですが……」


 急いで礼を取ろうとしたナタリアを、先日ぶりの英雄は本当に嫌そうな顔をして止めた。そうなると固辞するのも逆に失礼だ。

 適度に崩して、でも程々に丁寧に。言葉を探りながら、無視してしまった言葉を拾い上げる。


「あの方には長いことお世話になっていて、言い返しても怒ったりしないとわかっていますから」

「ええ、俺はめちゃくちゃ怒られるけどな。おま……きみが女だから甘いのか……?」


 言い辛そうに訂正された「きみ」が驚くほど似合わない。

 恐らく、こちらが貴族であると気づいて気遣ってくれているのだろう。貴族令嬢が粗い口調でお前などと言われたら、怖がるか怒るか泣くものだ。

 とはいえナタリアは末端も末端。おまけに鍛冶場に出入りしているおてんばなので気にならない。


「お前で結構ですよ。ここで慣れてますから」

「あー、悪い。粗野な育ちなもんでな。そうだ、お前も、ええと」

「ナタリア……といいます」

「ナタリアも敬語止めてくれよ。最初は普通に話してただろ。名前も呼び捨てな」


 ホッとしたように息を吐いたシュテルは、ついでとばかりに畳みかけた。

 相手は辺境伯家。さすがに言葉に詰まったナタリアに身を乗り出して。


「堅苦しいの苦手なんだ! なあ、一目でわかるだろ、苦手そうだなって。俺を助けると思って適当に頼む」


 手を合わせて頭を下げられては無下にできなかった。

 少し考えて了承する。親方が昔からあの態度を貫き、拳まで飛んでいるというのだ。今更敬語の有無ごときで不敬を問われることはあるまい。


「それなら、大丈夫そうな場所ではそうするわね」


 満足げに笑った彼とは、その日以降も何度も顔を合わせた。

 まだ親方に予約を捻じ込むことを諦めていないらしい。あの人は試行錯誤し出すと他のことに手がつかなくなるので、まだまだ先は長そうだと肩を落としていた。

 ナタリアのための足甲をつくりたいと言っていたから、ナタリアからある程度希望を出した方が早く進むかもしれない。でも、希望といってもな。正直に全てを垂れ流したら困らせるだけで終わるだろうし。


「王都にはどれくらい滞在する予定なの?」

「全然わからん。半月後の受勲式はともかく、祝賀会はいつになるやら」

「あら。何があったのかしら」

「俺が竜を倒しただろ。そのときに、当たり前なんだがめちゃくちゃ暴れてな、他の魔物が辺境から逃げたんだ。そいつらが王都近くまで来たことでちょっと荒れてるらしい。俺たちの責任と言えなくもないし、討伐に出たいんだが……副団長に止められてて」

「止められて……?」


 ナタリアの目には全くわからなかったのだが、シュテルは火竜との壮絶な戦いで結構な負傷しているという。驚いて、素早く彼の全身に目を走らせた。


「激しい運動しなけりゃ平気だって。ちょっと折れたり焦げたりしただけだ」


 何がどうちょっとなのか。少しでも折れたりしたら、それはもう大怪我である。

 治療はしているのかと聞けば目を逸らされたから、今度よく効く薬を持ってこようと思う。流れ星を材料とした貴重なものだ。きっと日に焼けた肌に残る細かな傷も綺麗になるだろう。

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