よるのはなし
今後、再設定してシリーズにしようと思っているのものの、将来の彼らのお話です。
実際にLGBTのかたの話を聞いて作成してみました。
「キラキラ金曜日の今日が終わればキラキラとした休日待ってる……か。」
大学の文化部のサークルおわりの帰り道。
人気のない電車内で僕はSNSのフォロワーさんのそんなつぶやきにそっと(いいね)を押した。
「明日からは夏休みだ」
終電の一本前の電車内にはその走行音と僕の心から漏れ出た声だけが、はっきりと静かに響き渡ってた。
ふと何度かあたりを見回して見ても、この深夜だ、また田舎というのもあいまって車内には誰もいない。
少しつり革で懸垂でもしてみようかという好奇心の誘惑に襲われたが、僕は理性でそれを抑えた。
成人を過ぎてもまだこんな無邪気な好奇心が残っている僕はまだ少し子供なのかもしれない。
そんなことを思いもしたが、なんとなくそれは悪くない好奇心のようなものかつ、この夜のせいのような気がした。
夜の人気のなさ、静けさは良くも悪くも夜は人を大胆にする。
まぁ、おそらく、この感覚は、今までに経験した様々な経験則からだと僕は思う。
そんな夜に明るい思い出もあれば、暗い思い出もある。
ここのところは少しだが、とある寂しさもあってかなんとなくだが暗い思い出を思い出すことの方が多かった。
「光正、まだ起きてるかな」
僕はスマホを取り出し、帰宅の際に送った連絡の既読の有無を確認した
連絡主は日向光正、高校一年生のときから付き合い始めてもう五年目になる僕のパートナーだ。
別の大学に通ってからは少し遠距離での関係を保っている。
光正は月の第二週、第四週の週末は僕とテレビ通話での連絡を取り合うことになっていた。が、ここのところは彼のサークル活動が忙しく、時間が過ぎる のもつかの間こうして会う機会が訪れるのは約半年ぶり、最後に通話で顔を合わせてからは約二か月もたってしまっていた。
そんな今日は半年ぶりの再会の予定だった。
お互いの用事が済み次第、ニ人で少し都内の方へ出かけたあと家でこっそり買ってきた日本酒、今朝方仕込んでおいた料理でも飲み食いしながらお互いの夏休みの計画をたてる予定だったのだ。
しかし、いつも忙しい光正のサークルはお休みなのに、いつもはゆるりと活動している僕のサークルが突然忙しくなり、ほぼ丸々一日をつぶされてしまう悲劇が起こった。
原因は夏休み中にあるイベントの企画書の提出期限を勘違いしていた部長のせいで、急遽粗削りながらも企画書を作る羽目になったからである。
その際にしっかりと予定変更と自分のアパートの部屋とカギを渡すため一度学校に来てほしいと連絡を光正にした。
(大丈夫だよ~、了解! 今から向かうね!)と返信があり、学校に来た光正にカギを渡してサークルに僕は向かっていった。
が、まさか一ミリたりとも企画書が進んでいないとは梅雨も知らず。
光正にはその後も遅れの連絡を随時したものの随分と待たせて結局この時間になってしまった。
無事何とかはなったものの、その後お疲れ様のお祝いに飲み会を開こうという周りの提案だけは、勘弁してほしいといつも流されがちな僕でも、きっぱりと丁重にお断りさせていただいた。
光正を待たせている申し訳ない気持ち、僕自身も楽しみにしていただけに先延ばしを食らっているいらいらとした現状が背中を押したのは間違いなかったが、断る際に少し怒り気味になって周りを少し驚かせてしまったことは反省している。
「はぁ、まぁ仕方ないよね」
あいにくにも連絡に既読はついていなかった。
思わず少しうなだれてしまった。
つり革につかまって立っていたが、今はなんとなく座りたい気分になり、深くゆっくりとシートに身をゆだねた。
先ほどよりも電車の走行音がむなしく聞こえる、ぼおっと車外に流れる夜の景色も色をいつもよりうしなっているようだった。
人気のない車内の孤独を紛らわせるために僕は音楽機器をボディバックからとりだしお気に入りリストの曲をランダムにながしながら車内では目をつむって曲に集中した。
電車から降りてからは、いつもより長く、静かで孤独な通学路を僕は少し急ぎ足で帰っていった。
「ただいま」
家にふさわしい静かに帰宅の挨拶をする。
家具たちはいつもより深く寝静まっているようで、暗く静かな存在感を漂わせていた。
手洗い等を済ませ、リビングの方に向かってみる、玄関でもなんとなく感じ取ってはいたが明かりの様子からして人気は感じられなかった。
明かりをつけてみても、テーブルの上はむなしいほどまっさらとしていた。
「寝室かな」
寝室の引き戸をとそこには寝巻に着替えた光正が静かに寝息をたててベッドで眠っていた。
「やっぱりもう寝ちゃってたか」
約半年ぶりの再会。
会えない間にテレビ通話などの連絡手段でお互いの近況報告は多少なりとも行ってはいたが、画面越しに会うのと触れ合える距離で会うのとでは明らかに異なる幸福感の違いを、僕は実感していた。
画面越しで感じることができるのは、結局機械越しに伝えられる現実に多少近い虚実。
同じ空間を共有しているわけでもなければ、あいての雰囲気を細かく察することもできないし、声だって、表情の動きだって、感情のぬくもりだって感じることができない。
でも今は、違っている。
笑顔の似合う童顔な顔立ちに、細身ながらもしっかりと筋肉のついた体。
幸せそうな寝顔に、安らかな寝息。布団を蹴飛ばしていたのでそっと掛けなおそうとすれば、かすかに体温のぬくもりまで感じることができる。
彼がいるだけで、この寝室だけは不思議と別の明るい静けさを放っていた。
久しぶりに会えた、単純な理由だが、この安堵感と幸福感は、さきほどまでの寂しさとちょっとした不安感をすっかり消していってくれていた。
(また、明日だな)
心でそっとつぶやいて、僕はようやく自分の空腹と体の不快感に気づかされた。
飲み会を断ったことによってお昼から何も食べてないこと、そして活動としていたのは室内とはいえ季節は夏、少しながら確実に搔いていた汗が皮膚をべたつかせていた。
「お風呂、先入ろうかな」
なんとなく、べたつく肌のいやらしい不快感が勝ってぼくは荷物を整理し、浴室に向かうことにした。
光正の洋服が洗濯機のなかにあるのを確認する当たり先に入浴は済ませているらしい。
光正に似合うセンスのある明るい雰囲気をまとった洋服が洗濯機の中を彩っていた。
比べ僕の服装といえばまぁ、客観視してもらわなくても分かるほど平凡で、最近の流行の言葉を使うならば陰キャっぽいというのが適切な気がする。
洗濯機内の陽ムードを僕の陰のムードで中和した後、ボタンを押すと洗濯機は元気に回り出した。
「ファッションにもう少し気を遣おうかな」
何度、そう考えたかわからない。
一度、光正に相談したこともある。
問題ないといわれて、甘えている部分もあるが、そろそろこういった服装からはしっかり脱さないといけない。
「一度、二人で洋服を選びに行くのもありかもしれないな」
洗濯機が少し大きく揺れた。
思えば、二人で洋服を買いに行くなんてことはなかったし、これは割と名案かもしれない。
明日への期待ともに、僕まだ少し温かみのある浴室に足を踏み入れた。
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「ふぅうううう」
湯船につかって、疲れが湯船に溶けだし始め、さらには声からも吐き出す。
一日の疲れを癒す湯船は、体への最高のご褒美だと思う。
相変わらず静かな空間でもかすかに聞こえる水の音や、湯船のぬくもりは優しく心まで癒して、一日、多少のつらいことがあってもこの湯船の中では忘れることができる。
湯気も立ち込め、心も少し素直になってきて、ここ2か月のことをぼんやりと思い出していた。
正直、この半年間、特に後半の2か月は、寂しさでいっぱいだったからだ。
僕の大学でのコミュニティは狭い、サークル以外でかかわる友人は片手で数えられるほどだ。
出だしが周りより遅れてしまったこともあるが、僕のこのコミュニケーション能力の低さが特に足を引っ張っているのも間違いない。
一年時の入学前からすでにSNS経由で仲良くなっている人達が多く、初授業の日からすでに教室のいたるところではコミュニティが形成されていたし、そんな中に入っていく勇気も持ち合わせてはいないし、加えて二年になってもその現状に変化は全くなかった。
かろうじて救いは、グループ分けをされている授業で数人とある程度仲良くなれたこと、入ると決めた部員数の少ないサークルのメンバーとは仲良くなれたこと、そして一番の支えだったのが光正と毎週連絡を取れることだった。
正直、友人が多少なりとはできたとは言え、高校に比べてなんとなく言葉にしがたい打ち解けづらさをいまだに感じている。
理由は本当に感覚としかいいようがないのだが、それに加えて僕自身の人見知りが一段と強いのが原因に拍車をかけているのも間違いないし、僕が人見知りになった理由っていうのもまた原因だと思う。
湯船につかった左手首をちらりとみやる。
うっすらとまだ、あの頃の傷跡が残っているのがみえた。
まぁ、今となっては思い出したくもないことだけれど。
そんな唯一の支えがなくなってしまったことは、やはり僕の中では何よりも大きなことだった。
大学に入る前から遠距離での関係に対する弊害は想像をしていたし、覚悟もしていた。
でも、結局想像は想像でしかなかった、覚悟も同程度しか持ち合わせていなかったのだ。
連絡がとれなくなってからは、今いる大学の友人と関係を深めることで、気持ちを紛らわせようと自分のきもちを押さえつけ紛らわせようとしてきたが、もともとコミュにケーション能力のかけらもない僕が荒工事でそんなことができるはずものなく、友人には申し訳ないが募るのは光正だったらなぁという。 光正への思いだけだった。
だが、もうそんな寂しさもこの湯船に溶かすことができる。
「明日、楽しみだな」
軽くなった体を湯船からゆっくりと出す、僕の心にはただ温かさだけが残っていた。
「おなかすいたぁ」
着替えをそっと済ませて、冷蔵庫に手をかけたときだった。
「おかえり! 新太!」
わざと驚かせるような大きめの声とともに光正が背にとびかかってきた。
「びっくりしたぁ、起きてたのか、ごめん起こしちゃったかな、疲れてない?」
「人の心配より、自分の心配しろよな、新太こそ大丈夫かよ。俺はすこし寝たから大丈夫だぜ」
高めの声に、この抱擁の安堵感、力が強くて不器用そうなのにどこか優しさがあって温かい。
本人には言えないけど、僕より背丈が低いからいつも胸元当たりを抱きしめてくるそれがなんとなくかわいい。
目隠しをされてもこの優しいぬくもりだけで僕にはきっと光正だってわかる。
懐かしい感覚にもう少し浸っていたくて、僕は胸元に回している光正の手に僕の手をそっと添えた。
「僕も大丈夫、久しぶり会いたかった」
「俺も、ごめん、連絡そんなできなくなって」
「大丈夫、今日会えた、それだけで充分だよ」
背中越しに、光正の拍動が伝わってくる。
久々で緊張をしているのか少し脈拍が早い気がする、でも少し恥ずかしいけれど僕だってそれは同じだった。
背中と手のひらから送る温かな愛情を僕らは少しの間交換し合った。
「おなかすいた」
「おいおい、ムーディな雰囲気のあとのセリフがそれかよ」
ハハッとお互い笑いながら、胸元から光正の手がほどかれる。
そっと僕も手を下して、いつもよりいっそう輝きを放って見える観音開きの冷蔵庫を開いた。
中には、今朝仕込んで空いた味付け煮卵、枝豆、ネギ塩の焼肉、そして光正の好きな日本酒が入っている。
「だって、お昼から何も食べてないし、光正はどう? 実は日本酒を仕入れてあるんだけど飲まない?」
「食うし、飲む! 俺も腹減った! ありがと! 日本酒最高!」
「オーケーじゃあこれレンジで温めてくれるかい? 僕ご飯とかよそるから」
「はいよー」
テーブルにはいつもより多くの料理がならんだ。
たった一人分だが、その存在はないよりも大きい。
いつもよりにぎやかに動く食器や家具が幸せな音色を奏でている。
「じゃあ、前期お疲れさまということで、乾杯!」
「乾杯!」
すっきりとした喉後越しに、日本酒のツンとしながらも気品のある風味が息と共に抜け心地のいい後味が舌にそして全身にめぐり始めた。
「おいしい。」
「おいしい。」
偶然のハモリに僕らは目を合わせて微笑した。
誰かと食べる食事、それも好きな相手となればその味は格別だ。
光正も料理をきにいってくれたようで、つまみも兼ねた味付けの卵も、焼肉も、枝豆もおいしそうに食べている。
(よかった)
と心で安堵しながら僕はもう一口、日本酒を口にした。
酒のつまみの話題は以前と変わらず、ここ最近の近況報告とこの半年間の大学生活の思い出話だった。
テストがどうだとか、講義がどうだとか、僕らのそんな他愛のない会話は幸せな音色をリビングに響かせていた。
普段から笑い上戸の光正の笑顔は酔っているせいか、いつもよりかわいらしく見える。
「研究レポートなんてもう見たかぁねえな、実験だってこりごりだよ」
「僕もだよ。もうパソコンのワード画面を見るのすらごめんだ」
お互いに、酔いも回り酔いも夜も深くなってきた。
「光正はさ、初めて夜更かししたときのこととか覚えてる?」
「なんだ、その話題」
光正はくしゃっと笑顔になりながら答える。
「いや、今日帰りの電車の中あまりにも人がいないもんだから、つり革とかで懸垂でもしてみようかなとか考えちゃってさぁ、やりはしなかったけど夜って人を大胆にするよなってなんとなく昔夜更かししたときのことを思い出してさ、光正はどうだったのかなと思って。」
「ああ、なるほど。ていうか、新太って意外と大胆だよな、つり革で懸垂してみようとか、そのほかもイロイロと大胆だし積極的よな」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、イロイロの部分をわざと強調して光正が茶化す。
「変なとこ強調しないでいい」
「わるいわるい、初めての夜更かしの経験かぁ、中学校ぐらいの時だったかな」
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まだ、俺が中学生2年生の時、それが初めて夜更かしだった。
その日は、当時入部していたサッカー部の夏期合宿帰りで、解散も遅く場所も家から遠かったため帰宅時間が夜の23:30ごろだったはずだ。
歩くのも少々億劫なぐらい疲れていて、足を一歩前に出すことすら嫌気がさしていた。
また、家族旅行とちょうど重なるタイミングでの合宿だったため置いてきぼりを食らったオレは、誰にもいない家に帰宅することになっていた。
「ただいまぁ」
力なく帰宅を知らせてもいつものように「お帰り」と返事があること当然もなく、帰って来たのは沈黙だった。
部活のリュックを玄関に投げ置く、あまり音のしないようにしたつもりだが、随分と大きく反響し、暗闇に飲み込まれていった。
玄関の明かりをつけ、ぱっと暗闇から解放された玄関の風景に目が慣れるのに少々時間がかかった。
いつもは家族が動き周り賑やかな風景をみせる家だが今はまるで何者かに時間を止められているようだった。
玄関以外の暗闇に包まれた部屋たちは誰かを待ち構えて、飲み込むのを待っている怪物のようにも思えた。
人気がない夜の景色がこんなにも表情を変えるなんて、考えたこともなかったな。
汚れものの処理と手洗いや入浴のために暗闇の中を突き進んで、洗面所に向かう道の明かりをともしていく。
暗闇に光をもたらす、止まっていた時間を動かす、当時の自分にとっては深めの夜疲れていたせいもあるかもしれないが、なんだかその一連の流れが暗闇を探検する冒険者のようでワクワクしたのを覚えている。
いつもは怒られるけど、家には誰もいない鬼のいぬ間のお洗濯、高揚感そのままに用事を終わらせたあと、部屋中の明かりをつけて回ってまた消してという、今振り返ってみても俺は何であんなことをしたのだろうと思うが、なぜか成人を超えた今でも楽しかった記憶として残っている。
新太の言う通り、人気のなさと深夜の独特の雰囲気は人を大胆にするこれがまさに当時の奇妙な行動に対しての解かもしれない。
あの頃よりは、少し大人になって深夜行動することも多くはなって物珍しさは当時より薄れているが、真夜中の謎の高揚感や大胆になる感覚はっぶっちゃけ今も感じてなくはないのだ。
ひとしきり、家の明かりで遊び、いつも怒られることをしても怒られない、この家の支配者にでもなった気分になった俺は謎の高揚感で眠気も疲れもすっかりとどこかへ行ってしまった。
冒険心をつつかれた俺の心はただ好奇心のままに動いていた。
少し大きな声を出してみても、うるさいと怒られることもなく廊下で大の字で寝転がっても邪険にされない。
「このまま起きていたらどうなるんだ、朝日がさす瞬間をみてぇな」
俺の家は時間や特に体調管理に厳しい家庭だった。
それもそうだ、兄弟4人、男5人家族で誰かに風邪なんて引かれれば家族の全体のルーティーンが乱れる。
それを考えてのことだろう、当時からそれは分かっていたし、そのおかげで風邪をひいた経験は今でもない感謝が尽きない事である。
が、好奇心に完全に心を掌握されていたこの時の俺は、その健康的なルールを度外視するつもりで、朝日を見る決意を完全に固めていた。
普段なら絶対に許されないが、ゲーム機器をいつもは使えない大画面のテレビにつないで朝までの耐久準備を整えた。
深夜の新鮮な感覚は、俺が何でもできるような錯覚すら与えてくれたような気がする。
「まぁ結局、合宿疲れには抗えないで途中で寝落ちしちゃったんだけどな、起きたときには皮肉なことに朝日どころかゲームオーバー画面が目の前にあったよ。」
先ほどよりも顔を赤らめた光正が、懐かしそうに笑った。
「やっぱり、光正にも夜更かしの思い出あったんだ」
「おうよ、今でも変わらないけど、深夜には何か魔力があるような気がするわ。」
「新太はなんか、印象的な夜の思い出はあるか?」
酔いがまわり今の僕はすこし大胆なのかもしれない、いつもなら恥ずかしくて言えないが、今なら言えるような気がした。
「そりゃ、もちろんあの日かなぁ」
それは人生で一番幸せな夜だった、そう言える。
自分は周りとは違う、そう認識をしたのは高校で光正に出会う前、中学時代だった。
周りが徐々に女性への興味を持ち始める中、自分にはそれが全くなかった。
徐々に膨らみをつける同級生の胸元にも興味はわかなかったし、よく恋愛漫画にあるような女性の近くにいて感じる胸の高鳴りを感じることもなかった。
背伸びした同級生がもってきた、雑誌を見てもなにか特別な感情や昂りを感じることもなかった。
女性をかわいいとはおもった。
女性をキレイだともおもった。
女性をステキだともおもった。
でもそれ以上の感情はわかなかった。
思春期の訪れが、人よりも遅いのかと思ったこともあった。
そのうち興味が出るものだと、思っていた。
でも、それは違った、僕は人と違ったのだ。
僕は当時入部していたテニス部の同級生の友人を好きになっていた。
女性じゃない、男性だった。
彼をかっこいいとおもった。
彼をキレイだともおもった。
彼をステキだともおもった。
彼と友人以上の関係になりたいと思った。
彼の笑顔を尊いと感じたし、ハイタッチ、いつものじゃれ合いやスキンシップや距離感に胸の高鳴りを感じた。
僕は普通じゃない、ゲイだ、日を追うごとに強くなる彼への感情がその証拠だ。
「はぁ」
ため息をつく日も日に日に多くなっていた。
適当なクラスメイトの友人に相談したら明日には噂になってしまうだろうし、両親に相談をしてショックな思いをさせてしまう、もししなかったとしても想像にたやすいリアクションをみたとき、自分の精神が果たして持つかといわれれば否だった。
信頼できる友人といえば、彼しかいない。
でも、告白をしたとしてどうなるのだろう、成功をすればもちろんそれに越したことない、だが失敗したとして元の友人としていられるか分からない。
彼の答えが後者だったとしたら僕はどうなるだろう、そのさきを考えるのもまた怖かった。
最も平和でいられる音沙汰がないのは、この気持ち僕のこの事実ひた隠しにすること。
でも、いまこの気持ちをひた隠しにしている今もいっぱいいっぱいだった。
部活で会えば自然と目につく彼の行動の一つ一つや表情好きという感情が嫌いになりそうなほど毎日感情を泣かせていた。
「どうしようかな」
天井に毎日疑問を投げかける、自室に溶けていくだけで帰ってこない答えは自分で探すしかなったのだ。
図書室で自分のクラスメイトの担当出ない日を見計らってLGBTQ+に関する本をこっそりと借りて読み漁ってみるも。
「答えは、乗ってないよね」
いろいろな経験談、体験談が書いてあって参考にならなかったわけではないが、いまの自分の葛藤の答えは自分で見つけるほかない、むしろ今後自分が背負っていくこの性癖に対する覚悟をきめさせられているようだった。
何時間悩んだろうか、何日悩んだんだろうかわからない。
気付けば、中学3年の夏だった。
僕は告白をすることを僕は結論に選んだ、友人である彼への信頼を信じた。
「なんとなく気づいてた。でも、ごめん、新太。僕は女の子が好きだ。勇気を出してくれてありがとう。」
「そう..だよね…答えてくれてありがとう。」
「大丈夫、新太のことは誰にも話さないから。」
答えは分かりやすくて残酷だった。
涙をこらえることができなったこと、泣き止むまで彼が背中をさすって待っていてくれたことその日一のことはいまだに鮮明に思い出せる、加えその後のことも。
僕と彼の話は誰が広げたのかはしらない、たとえ広げたのが彼だとしても当時の僕はそれを信じなかっただろう。
受験期というのもあって、退屈な日常のみんなのストレスのはけ口や話題になるには十分すぎる内容だった。
クラスでそもそも友達が少なかった僕の周りから潮が引くように友人がいなくなるのも、「気持ちが悪い」「汚らしい」といった陰口や嫌がらせを受けるのも。
孤立、その言葉が似あうまでひと月とかからなかった、部活でも例外ではない、彼と前のように会話することも周りの視線が許さなかった。
家族に相談して自分の秘密を知らない唯一の居場所を失うのも怖かった。
周りと違う、それがいかに罪のない罪なのか僕がそれを思い知った瞬間であった。
八方ふさがりでたまった僕の日常生活と受験期のストレスの矛先はいつしか自分自身に向いていた。
「高校では誰も好きにならないようにしよう。音沙汰なくいこう。あの時はそう思ったんだ」
新太は、スキンシートの下にある傷ついた左手をながめて、しっとりと笑った。
その一心で高校はクラスメイトの誰もいない高校を選んだ。
偏差値もそこそこで、都内にある学校だった。
部活も入らず、クラスでもクラスメイトと話すことはほとんどなかった。
もともと自分から話すような性格ではなかったし、なにより中学の頃の経験からもう人を信じられなくなって人見知りを加速させていたのが最大の理由だった。
また、人を好きになるのが怖かったから男の友人は作らなかったし、女性のクラスメイトも同様だ。
あのころから、行き過ぎた被害妄想だと自覚してはいるが、クラスメイトたちの話し声による不協和音が自分を責め立てるような音色に聞こえて仕方なく、自席で本を読んで集中することによって周りのクラスメイトの不協和音もシャットアウトしていた。
全くしゃべらず、いつも一人でいる不気味なクラスメイト。
そのうち周りにそんなレッテルが貼られれば、むしろそれがいいと思った。
それが幸せだし、人とかかわって傷つくのであれば、もうそれは望まない。
誰を好きにならなければ、
そんな、僕に興味がある人間もいないと思っていた。
「でも、違った」
新太は、静かにゆっくりと笑みを浮かべた。
いつも通りの日常、昼休みになって弁当を抱えて僕はいつも通り食堂に向かっていた。
食堂内は様々な生徒でにぎわっていた。
カウンター席とテーブル席に分かれているそこそこ豪華な食堂。
テーブルに特大定食がもられている運動部の団体、人目を忍ばずカップルで来ているもの、一人で来る生徒ももちろんいるが、多くの生徒は友人ときているのが目につく。
食堂の多少ましな不協和音に心で耳をふさぎ、視線をすこし下げていつもの席に歩き出す。
カウンター席の一番端、静かで、配膳口からも受け取り口からも一番遠く、日陰っていて、広い校庭を見渡すことができるお気に入りの席。
咳にゆっくりと腰かけ、ぼんやりと校庭の方を眺めてみる。
日中の温かな日光の下でドッチボールやバスケなど思い思いの娯楽を楽しんでる生徒が数十人見受けられた。
やはり、運動部の男子生徒が多い、彼らの筋肉質な体が描く軌跡は美しくきれいだ。
足の動きに無駄がないあの生徒はサッカー部だろうか..かっこいいな。
気付けば、同性の動きばかり目にしてしまう、いまだそんなも淡く純粋な自分の感情に嫌悪感がわいてきた。
「はぁ」
僕は周りとは違う自分と過去の思い出を押し殺して目の前の食事に集中することにした。
弁当を食べてたあとは、ここでゆっくり本を読むのがいつものルーティーンだった。
それをこなせばきっと落ち着く、かきこむように僕は弁当をむさぼる。
「ここ、あいてるか?」
味わって食べることなんて忘れていた。
「おーい、そこのお兄さん」
だから自分に話しかけられていることにも気が付かなかった。
「日景新太君、ここは空いているかね?」
背中に手をトントンと置かれてハッと我に返る。
「ふああい?」
自分でもどこから声を出したのかわからないくらい間の抜けた声が出た。
「なんだよその声、ははは」
声の主は、トレーに乗った汁物がこぼれるのではないかと思うくらい無邪気に笑っていた。
「あいてますよ、どうぞ」
あえて少しばつの悪そうな顔をしてやったが
「おっ、すまないな」
そんなことはお構いなしといった様子で、笑顔のまま隣の席に腰かけた。
随分と能天気な奴だなと思った。
よく見ると、声の主はクラスメイトだった。
名前は、確か日向光正、自己紹介の時笑い上戸でニッコリとした笑顔が特徴的だったから覚えている。
クラスでは、いい意味で目立つムードメーカーのポジションだ、彼の近くに人がいないところを僕は見たことがない。
だが、少し不思議だ、食堂の席なんて正直いくつもある、わざわざ、僕の隣に来るなんて不自然だ。
来た理由はいったい何なのだろう、彼と僕の間に共通点なんてあるはずがないし、話したのなんてさっきのいとこと二言ぐらいだ。
「あの、なんで僕の隣に来たのかな?」
「ん?なんとなく?読書の迷惑だったらどくぜ?」
先ほどの表情とは売って変わってキョトンとした、なぜそのような質問をされているか全くわからないといった様子であまりにも純粋な答え方だった。
このまま突き放して、冷たい変な悪評が回っても困るので
「あっ、大丈夫、ここにいてだいじょうぶです。」
「そうか、じゃあ、お構いなくしてるぜ。」
とりあえずここにいてもらうことにした。
多分、今日この日、これ以降彼と話すことはないし、多少会話を振られても適当に答えればいい。
三年間、音沙汰なく過ごす。それが僕の高校生活の目標なのだ。
「日景はさ、中学校はどこだった?」
にやりと笑みを浮かべながら、彼は訪ねた。
「高田中学校っていう、学校。」
「ここからどれくらい?」
「二時間ぐらいかな。」
「近いかもしれないな、多田中って知ってるかな?」
「知らない。」
「ああ、そうかぁ、部活は何してたの?」
「テニス部をしてたよ」
「おお!俺今テニス部やってんだよ!中学の頃はサッカーだったんだけどさ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕が、読書に浸れる時間は、結局、訪れなかった。
彼が人気なのはこのコミュニケーションの力高さと相手を不快にさせない明るい雰囲気を作り出す力なのだろう。
あまり答える気もなかった質問すら、雰囲気にのまれて答えてしまった。
中学のあの時以来、久々に、楽しく充実な学校生活を過ごせた気がした。
不思議なことに彼は次もまた次もそのまた次の日も食堂に来たり、休み時間中にも僕にかかわったりしてきた。
また下校ルートが同じでもあったため下校をともにすることもたびたびあった。
なぜ、何を起点に彼がかかわってきているのかは全くわからない。
音沙汰のない、誰ともかかわらない生活をと思っていたが、彼と過ごす時間は楽しくそんな決意すら忘れてしまうほどだった。
彼の友人の輪にも参加することも増えた。
僕の周囲の環境はいつの間にか、中学時代よりも友人関係は充実したものとなっていた。
関われば、かかわるほど、彼、光正のやさしさや少し変わった点も垣間見え、いつしか僕は光正のことをもっと知りたい、もっと仲良くなりたいと思っていた。
自分でも、バカだとわかっていたし、正直恐れてもいたことだった。
僕は、光正を好きになっていたのだ。
でも今回は、告白なんてしないと心に決めていた、秘すれば花なりの意味通り、心に留めて置けば問題はない。
光正に広げてもらった、いや違う、その輪に入れてもらった分際で壊すわけにもいかない。
このまま、この気持ちを卒業まで、いや墓場まで持っていくつもりだった。
でも、それがかなうことはなかった。
今でも日付まで思い出せる。
10月10日の文化祭の二日目が終わった後の出来事だった。
余韻をまだ楽しみたいクラスメイト達があつまり打ち上げなどを計画する中
「なぁ、ちょっとこのあと付き合ってくれないか?」
いつも通りの笑顔の光正が僕の肩を軽くたたいてそう尋ねたきた。
少し早鐘を打ち始めた心臓を押さえつける。
「打ち上げかい? ほかにもだれか」
「いや、二人で行きたいんだ、はやくいこうぜ」
光正の笑顔はそこにはなく、目が珍しく一瞬泳いだ。
「う、うん」
あんな、光正は初めて見た。その衝撃でこれ以上言葉を付け加えることはできないような気がした。
いつもの学生通り、尽きない話題を提供する光正が今日は物静かなせいもあってか、いつもより長く感じた。
道中、何か話題を提供しようとは思ったが、どれもいまいちな話題しか浮かばずただ時間と無表情に過ぎる風景が僕の視界を通り過ぎていった。
徐々に人気が消え始め、日中近隣の子供たちでにぎわう公園に立ち寄った光正は、静かにたたずむ電灯に照らされたベンチの一つに腰かけた。
いつもより少し元気のない、笑顔の光正が隣の席を手でたたいて手招きする。
僕はそこにそっと腰を掛けた。
地面を見つめ何か考え事をしている光正の横顔は何かに悩んでいるようで、その横顔にはどこか見覚えがあるような気がした。
それは、何かまずいことのような気がして僕は沈黙を破った。
「光正、どうかしたのかい?」
あぁ、いやとかぶりを振ったものの、光正は何か覚悟を決めたような顔をして
「なぁ新太、お前は同性愛ってどう思う?」
と言い放った。
「え?」
唐突に飛び出した同性愛という言葉。
何故そんなことを光正が言ったのか、僕の秘密に気付いたのか、光正が単純に興味を持っただけなのか様々な疑問符が飛び交い、その答えを探しに奔走する僕の思考回路が同キャパシティを超え思考が一瞬止まった。
でも、この光景には既視感をなんとなく感じていた。
「俺、実はそのゲイでさ、お前のことが好きなんだよね」
震えた声で、ゆっくりとはっきりと光正は僕にそう告白した。
既視感の正体は、かつて中学時代に告白したときの僕そのものだった。
どれほどの勇気がいるものなのか、どれほどの恐怖心があるものなのか、かつての感情がフラッシュバックした僕の目頭は熱く、視界はゆがみ始めていた。
「気持ち悪いよな。こういうの、ごめんわすれてくれ」
うつむきながらそう言い残し立ち上がった、光正を背後から僕は抱きしめた。
「そんなことない、うれしいよ。僕も、そうだから、ありがとう光正」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「まぁ光正に告白をされたときの夜かな」
「そうか」
光正は恥ずかしそうにした後、小さく笑った。
深くなった夜と酔いに任せた、少しずるい僕なりの告白だったが、光正の珍しい照れ顔をみれたのは幸せだ。
枝豆の殻がすべて空き皿に移り、一升瓶もからになっていた。
でも、酔いの回った体はまだ心地よくほてっていて、冷めきらない興奮はボルテージを上げつつあった。
「なぁ、新太。久々だし、このあといいかな」
それは光正も同じだったらしい。
軽く目線をそらしながら、そう誘う。
「このあと、なにかあるの?」
「お前、ほんと時々大胆よな、意地悪しないでくれよ。」
先ほどよりも赤く染まった光正の照れ顔を見れたので、わざととぼけた甲斐はあった。
ごめん、ごめんと僕はそっと優しく光正の頭をなでる。
「たぶん、夜のせいだよ」
「うまいこと言えてるようで言えてないからなそれ」
照れ隠しで机に視線を落としている光正のほほにそっと手を添え、僕はそっとキスをした。
夜はやはり、人を大胆にするのかもしれない。
お互いの幸せを確かめ合ったあと僕らは、今年の夏の幸せを願って静かに眠りについた。
明日の洋服選びが楽しみだ。
もし、お楽しみいただけたのなら幸いです。
前書きのとおり再設定してシリーズ化をしていく予定なので、その際はよろしくお願いいたします。