第2話 地下シェルターにて2
一旦腰かけた僕は、ふと覗き穴に関する話を断片的に思い出し、皆を引き止めた。
「覗き穴? もしあったとするなら今頃退屈してないって」
話を振ってみたが、めぼしい返事はない。
こういう時は正面からお願いするに限る。
「確かにそんなもんあったら今頃退屈してないだろうけど、探すの手伝ってほしいなあ。前に達彦が――」
「ねえ、それよりも一旦お開きにするって話はどこ行ったの!」
ミリィにとっては休憩時間を反故にされたことの方が、大きな問題らしい。
マジごめんなさい。約束破るような男になったつもりは全くないよ。
「まあまあミリィ、落ち着けって。んで公輝、その在り処について心当たりはあるのか?」
ミリィをたしなめつつ、英介は「貸し一つな」と言って、快く了承してくれた。
やはり英介はわかるやつだ。
誰かさんとは違ってね!
「じとーっ」と責めるような視線を感じるのは気のせいだと思って話を続ける。
「ええっと、確か『見たいときに見えず、見ないときに見える。答えはいつも明るい部屋にある』っていう話だった」
「え、何その曖昧な言い方」
訝し気な視線が増えた。
「達彦本人にそう言われたんだよ。多分。なぜかは分からないけどさっき思い出したんだ」
「多分、という言葉ほど不確かな言葉ないだろ…」
「「それなー」」
た、確かに緑の言う通りなので反論できない。
そこで英介が助け舟を出してくれた。
「まあ公輝のことだ、そこは信用してる。で、だ。結局の所それは何だ?」
「はーい、うちはなぞなぞだと思うなー」
呑気な奴らだ。まあ急ぎの用ではないから。
「その心は?」
「言ってることが意味不明ー」
「いや、ミリィの態度の変わり具合も結構理解できないから。自覚して?」
「うるさいなー。ねえ光はどう思う?」
突然話を振られた光――藤原光はこのシェルターの中でも最年少組に属し、ちょっとシャイな面がある――は目を白黒させた。
「どうって言われても…。え、えと、公輝に聞いてみて!」
「へっ」
僕の方へ舵を切って来るのは流石に予想外。
ならもう一回話を逸らしてしまえ!
「まあ、それはおいといて、だ。他に思い当たることある人いない?」
「おい、さらりと話を変えるなー!」
その返答は予想済み!
「今関係ないし、もうちょっと建設的な話をした方がいいかなって」
「覗き穴を探すのが建設的だとでも?」
「ミリィが珍しく正論言ってる」
…。
さて話を元に戻そう。
「当然僕も何言ってるかわかんなかったから詳しく聞いたんだけど、はぐらかされたよ。ただ、そこで一個だけヒントみたいなのはくれたよ。『文殊の知恵とはいうが、三人でやれることなんてたかが知れてるぞ』って」
「…ことわざにいちゃもん付けられても、どう反応しろと」
「そういうのを考えるのって自称“考察班”の仕事だよねー」
考察班とは、ざっくりいうと頭脳集団のことだ。専門家のような立ち位置。
一応考察班という代名詞である程度皆に浸透しているのだが、ミリィは彼らを認めたくないらしい。
その理由は不明である。
「あれ、でも考察班もう寝た? いないじゃん」
「おい、考察班、起きろー」
起こす気のない、気の抜けた声をあげるミリィ。
「起きてよー」
左右へ揺さぶって起こそうとするも虚しく、考察班の面々は一言も発することなく寝たままである。
その睡眠っぷりを見ていたら、覗き穴なんて割とどうでもよく思えてきた。
「まあいっか。ミリィ悪かったね。もうお開きにしよう――」
椅子から立ち上がろうとした、その瞬間。
ぴろりんぴろりん、ぴろりんぴろりん。
隣の部屋から緊急の旨を知らせるような不穏な音が鳴り響く。
「えっ」
誰が発した声かはどちらでもいい。あまりにも突発的な音だったものだから、皆度肝を抜かれた。
そして先程とは打って変わって真剣な雰囲気が辺りを占めた。それがあまりにも皆に似合っていなくて、つい失笑してしまう。
「いや、今笑う時じゃないだろ…」
「ごめん、つい。でももう大丈夫」
緑に呆れられたので、スイッチのオンオフを切り替えるように、脳のオンオフも瞬時に切り替える。
音が止んだのを見計らって、英介は普段よりも低い声で――、
「さっきの音は?」
と扉へ正対したまま尋ねた。
「僕にもわからない。でも今までこんな音がしたことはなかったはずだ」
思い当たる節は全くない。
「見に行こう。何か問題が発生していたら早く片付けないと面倒だ」
その言葉で金縛りが解けたように、皆動き出す。
なお、就寝組はそれでも起きずに寝たままである。
歩くこと20秒。リビングへの扉は目の前にある。
「開けるぞ、いいな?」
うん、と頷いておいた。
英介を先頭に、鍵を開けて中へ入ると――、
「あれは…?」
「な、なにあれ」
「…っ」
一筋の赤い光が部屋の中央を通って壁に反射している。
「スイッチはこれだな」
手探りでスイッチを押し、すると真っ暗闇だった視界がにわかに明るくなった。
六畳程度の小さな部屋。
隅にある、音の発生源だと思われるモニターに、地図らしきものが表示されている。
地図が浮かび上がっているだけならば、電源を落とせばいいだけなのでさして問題はない。
しかし、その地図上に、異常を知らせるような真っ赤な点が一つ輝いている。
そう、先程部屋を横断していた一筋の光の正体だ。
「なんだこれ。不気味」
「これは現在地じゃないよねー。このシェルターは3-4だったよね」
「そうだね。この赤い点が差している場所は…0-2?」
ひとまず、モニターに付属しているキーボードを弄って追加で情報を得られるかどうか試してみる。
「どうだ、何かわかるか」
「エラーじゃないね。えっと、音声出力にするか」
英介に、モニター付属のレバーを下ろすよう頼む。
「下ろしたぞ」
「ありがと。よし」
音声出力ボタンが出てきたので、躊躇なく押す。
すると、モニター画面全体に「警告!」という文字が浮かび上がった。
『偽造シェルター3号機が何者かによって攻撃を受け、破壊されました。繰り返します。偽造シェルター3号機が――」
「偽造シェルター3号機って何…?」
ミリィはその繰り返す音声に思わず身震いする。英介や緑も啞然としていた。
唯一まだ冷静さをいくらか持っていた僕は、続けてキーボードを叩く。
「偽造シェルター3号機は…0-2にあるみたいだ。それが破壊されたって…?」
破壊という言葉に違和感を持つ。そんな荒らし回るような野蛮人がいるなら、国の公的機関が黙っていないはずだ。
「おい、それより偽造3号機の『偽造』って何だ?」
「それなら本がごまんとある図書館へ行こう。確か地下3階にあるから。そこに行けば何かわかるかもしれない」
ふむ、図書館があるのは初耳だ。この施設の事は入居当時に知り尽くしたはずなのに。
まさか、まだ隠された部屋があるとでもいうのだろうか。
「図書館へ行ったことがあるのは、恐らく僕だけだって前に達彦さんに言われたよ」
緑はそう言って肩をすくめた。
「達彦は図書館なんて教えてくれなかったぞ」
「そりゃ言ってないからね。それに破壊だなんて、物騒な世の中だ。どれくらいの規模なんだろ」
緑の一言に「本当にそうだ」と思いながら、瞼に焼き付いた真紅の点から逃れたい一心で部屋を後にした。
“隊長へ連絡。1番街通り0-2、異分子の存在補足不可。直ちに帰還します”
“異分子を検出したにも関わらず任務失敗。すなわち先の座標は偽物と推測。もう一度探索プログラムを実行する”