第零話
それは突然に起こったことでも、待ち構えていたから起こったものでもない。
偶然と言うには確率的には天文学的なものだし、誰かの思索があって
あったのなら説明が誰にもつかないような、そんなことだった。
それは冬に近くなるある秋の日。
近くに集落がないとある山の麓にある一軒に突然起きた。
おじいさんは冬を越すために薪と食料を狩りに山に入り、おばあさんは
川に水汲みと洗濯に向かっていた。
先日仕掛けた罠が上手く作動しており、大きなイノシシを捕まえたおじいさん。
洗濯物が終わり、水を汲んでいたおばあさん。
二人とも、冬を越すための支度に勤しんでいる。
彼らが事態に遭遇するのはこの少し後の話である。
昼も過ぎたころ、二人が家に帰りおじいさんは解体作業を、おばあさんは水で瓶を一杯に
するために再び川に行こうとしたその時だった。
裏の竹林の中からなにやら音がする。
「おじいさん、何か聞こえませんかねぇ?」
「ん、獣達がいなないておるのかのぅ」
「それにしては何か赤子のようにも聞こえますけど」
「そうかのぅ」
話しながらも解体作業は続いている。
小気味良く、ガコンガコンと鉈を振るうおじいさんの腕は止まらない。
おばあさんは少し心配そうな顔で炊事場から外を見つめている。
「ちょっと見てきてくれませんか?」
「まぁ、何にもないとは思うがそんなに心配なら見てくるがのぅ」
鉈を置き、おじいさんが引き戸から外に出る。
おばあさんは一度言い出すと引かなく、また心配性なのでおじいさんも後々の事を思えば面倒が減った方がよいと行ってみることにした。
その後姿をおばあさんは不安そうに見つめていた。
暗くなった竹林の中に声が響いている。
やはりおばあさんが危惧したとおり人の声だ。
オギャァオギャァ。
声のほうに進んでみると竹の籠に入った赤子が元気良く泣いていた。
辺りには誰もいない。
枯葉が敷き詰まったその空間にただ置かれている、そんな印象をおじいさんは受けた。
「一体誰がこんな事を」
その問いに答えるものは誰もいない。
赤子のみが泣いて答えている。
「とりあえず、連れて帰らにゃ」
その赤子が入っている竹篭を手に持った時、後ろに気配を感じた。
振り向くが誰もいない。
気のせいかと思い、早く戻ろうとした時それは目に飛び込んできた。
いつの間にか一本の刀が鞘に納まったまま地面に突き刺さっている。
拵えはなく、白木鞘のそれはどうしてそこにあるかの説明もつかなかった。
昨日まではここにいなかった赤子と一振りの長刀。
この赤子と何か関係があるのかもしれないとそれも手に取った。
「というわけなんだ」
「まるで嘘のような話ですねぇ」
「そうよのぅ」
戻ったおじいさんはおばあさんに事の顛末を話す。
突然現れた赤子とその傍らに刺さっていた一振りの刀。
「これはお上に訴えた方が良くないだろうか?」
「そうでしょうか。ただ、私にはこれが偶然とは思えないですよ、おじいさん」
「ほぅ、思えないとは?」
「何かの縁を感じます」
「縁?」
「はい、誰かが私達を頼ってこのような事をしたような気がしてならないんですよ。
だって、この子を捨てるなら山に入れば獣の餌になるし、生きさせたいのなら
役所や裕福なお公家様の家の前に置けば良いのでしょう。
何故このような人里離れた山の一軒家に捨てるのですか」
「そう言われて見ると作為的な感じもするのぅ」
「そうですよ、だからこの子はここで育てましょうよ。
きっと、この子が大きくなる頃には理由も見出せるかもしれませんよ」
「そうよのぅ、昔病でなくなったあの子もこのくらいの赤子じゃったの」
「これも何かの運命なのかもしれませんねぇ……」
こうしておじいさんおばあさんと後にカグヤと呼ばれるようになる少女は出会うべくして出会った。