初街と旅の二日目! 前
十二月三日、晴れ
はい、皆さんおはようございます。
今、多分夜中です。
なんでかって?
だって、なんか部屋の中真っ暗だし、ベッドから起きてカーテン開けて窓の外見てみたら、夜空だし、あんまり明かり灯ってる家もなかったし。
いやー、またすっげぇ寝たなぁ。
寝過ぎてちょっと頭痛ぇけど、熱は下がったっぽい。よかった。
腹減ってるけど、金持ってないし、この時間に宿の食堂?が開いてるかもわからんしな。我慢するべ。
とりあえず水いっぱい飲んどこ。
しばらくボーッとしてたら、ノックの音が。
「どうぞ」
グウェイルさんが入ってきた。
「よく寝ていたから起こさなかったが、体調はどうだ?」
「有難うございます。もう熱も下がったみたいです。一日潰しちゃってすみません」
「謝る必要はない。
腹が減っただろう? 何か持ってこよう」
そう言ってすぐに部屋を出て行こうとするグウェイルさん。
夜中に起こしたあげく、また食事を持ってきてもらうなんて申し訳なさすぎるっ!
「待ってください!
あの、今夜中ですよね? 食堂?も開いてないと思いますし、今はいいですよ。朝になったら連れていって下さい。
だから、グウェイルさんも寝てください。ね?」
慌てて止める俺。夜中でも食堂(確定)は開いてるから遠慮するなと言ってくれたが、遠慮するって。流石にさぁ。
なんとか説得して、隣の部屋に戻ってくれた。ふぅ。
俺は寝過ぎてもう横になる気もない。窓際に椅子を運んで、外でも眺めてるかな。
明かりが灯ってる家が少ないけど、月明かりはあるし、街灯もある。あんまり視力良くないからはっきりとは見えてないけど、あの街灯って魔法の明かりなんじゃねぇかなとか考えていたら、少しずつ空の色が紺から藍に変わってきていた。
俺は明け方の空が一番好きかもしれない。
濃い青から薄い青へのグラデーション。とても綺麗だ。
センチメンタルとかポエマーとか言わないでくれよ?青色が好きだからとか、綺麗なものが好きとか、誰にでもあるじゃん?なんか、そういうあれがさ。
だんだんと明るくなってきて、建物の屋根や壁の色も分かる様になってきた。
全部が木製の家もあれば、瓦みたいな屋根に木の柱に漆喰風な壁の家もある。漆喰風な壁は白色だけでなく、淡い桃色や淡い黄色の建物もある。
洋風(ヨーロッパ風?)で派手さは無く、落ち着いた感じだ。
結構好きだな。この景色。
泊まっている宿の内装や、外の建物、グウェイルさんの服装を見るに、この国は文化レベルはそんなに低くはない様に思う。
昨日持ってきてもらった食事や食器もそうだ。グウェイルさんが食べていたサラダが温野菜だった事は少し気になるが。
まぁこの世界に来てから起きている時間は、トータル十二時間にも満たないだろう。そんなんで分かる事なんて無いか。
王城でいろいろ教えてもらえるみたいだし、楽しみにしておくべさ。
景色を眺めるのにも飽きてきたから、ストレッチをする。あんまり物音立てない様にそーっとな。
ってか俺、でっかいシャツ一枚でこんなんしてるって、アホみたいだな。
パンツも履いてねぇし。捨てられてはいないと思うんだけどなぁ。毛布も。
俺のお気に入りで、この世界に持ってこられた唯一のものだ。なんで今まで忘れてたんだろう。
あぁ、涙が出そうだ・・・。
ヤンキー座りで項垂れていたら、またノックの音が。
慌ててシャツの袖で涙を拭う。
すると、まだ返事をしていないのに扉が開かれた。
「どうした!? 何かあったのか?」
おい、鼻もまだ啜ってねぇのに、何かあったのか?って、エスパーかよ。
「おはようございます、グウェイルさん。
ちょっと身体を伸ばしていたら、脚がつってしまって」
あははと笑って誤魔化す。
「そうだったのか。立ち上がれそうか?」
って、また心配そうな顔をして近寄ってくる。
ほんといい人だなぁ。
またお姫様抱っこされちゃ堪らんので、よいしょっと声を出しそうになるのを寸でで止めて、立ち上がる。
だってよいしょっととか、おっさんっぽくて恥ずかしいじゃん。おっさんだけど。
「夜中に起こしてしまいましたけれど、あれから眠れましたか?」
「ああ。よく眠れたよ。ありがとう」
そう答えるグウェイルさんの目元に隈は無さそうだし、顔色も良いみたいだ。
看病の為に昨日一昨日と、多分ちょくちょく様子を見に来てくれていたと思うし、気になっていたから安心した。
と、そこでキュルルルルル~なんて異音が。
はい、俺のお腹の音ですね。我慢してたからなぁ。
「ふっ。朝食を持って来る。此方で待っていてくれるか?」
微笑みながら言わないでくれ。腹鳴らして恥ずかしいんだよ。くそっ。
「あのっ! 俺も下に行きたいです。食堂で食べてもいいですか?
それと、何か履くものを貸してもらえませんか? あと下着! 下着はどうなりましたか!?」
裸シャツな事も思い出して、さらに恥ずかしくなった。思わずシャツを握って股関を押さえる。
このシャツかなりデカイから見えてはいないだろうが、つい。
「脱がせてそのままだったな。すまない。
下着も布団も、昨日クリーンを掛けてから、外に干していたんだ」
そう言って、クローゼットから畳んだ下着と毛布を出してくれる。
おお!愛しの毛布たちよ!そしてお帰りパンツ!!
思わず抱き締めてしまった。
「有難うございます!
もしかしたら捨てられたかもしれないと思って、不安だったのです。
それなのに、天日干しまでして下さるなんて、本当に有難うございます!」
いやー、このご恩は一生忘れませんぜ!
ジェントルなナイト様!様々!
テンション爆上げだぜっ!
んんっ、ちょっと落ち着こう。
気付いたら、グウェイルさんがシャツとズボンと靴を持っていた。いつの間に!?
「昨日靴屋を呼んで、カナトの足に合うものを二足買っておいたんだ。このブーツは旅の間履くもので、もう一足は普段用にどうかと思って違う形のものを選んだ。後で見てくれ。
仕立て屋も呼ぼうかと考えたが、寝ている姿を見られるのはカナトが嫌がるかと思ってやめた。
このシャツとズボンは私の物だが、体調に問題が無ければ朝食後に仕立て屋を呼ぶつもりだ。それまでこれで我慢してくれるか?」
おおぅ。ちょっとどや顔でブーツ見せてくれましたけどねぇグウェイルさんよ。靴屋呼んで合うものを~って、寝てる間に履かせて確認したんですかねぇ?
そこまでするなら、服屋も一緒じゃね?とは思ったが、黙っておく。
全裸見られたくないのも、自分で選びたいのも確かだからだ。でも素直にお礼言いたくねぇ。
「・・・あー、すみません。ズボンとシャツお借りします。今着てるこのシャツもグウェイルさんのですよね? アリガトウゴザイマス。
着替えるので、隣の部屋で待っていてください」
なんとなく、このまま着替えを見られそうというか手伝われそうな気がしたので、軽く背中を押しながら追い出す。はぁ。
靴借りるってのもなんか嫌だしな、ブーツ買ってくれたのは有難ぇ。
しっかりパンツを履いて、その他も着ていく。
シャツの袖とズボンの裾を折り返すの、悲しくなってきた・・・。
確かに身長もガタイも違うけどさぁ。でもさぁでもさぁ。俺、短足じゃねぇし。日本人成人平均だし。長くもないけど短くもないし!ケッ。
はぁ。メシ食いに行くべや。
「お待たせしました。食堂行きましょう」
扉を一応ノックしてから開けて、グウェイルさんに声を掛ける。
立ったまま外の景色を眺めていた様だ。絵になるな。ケッ。まだちょっと心がやさぐれている。
頷いたグウェイルさんが先に廊下へ出る。
鍵もかけずに、十歩程進んだ所にある階段を降りようとするので慌てて呼び止める。
「グウェイルさん!
鍵をかけなくていいのですか?」
すぐに立ち止まって答えてくれた。
「この宿の全ての部屋には魔法錠が付いているから、出る時には鍵を使う必要がないんだ。
きちんと閉まっているから確認してごらん」
ドアノブを回して押してみる。おぉ!動かない。
魔法を使ったオートロックあるんだな。
掃除洗濯はクリーンの魔法でちょちょいとだったけど、明かりを灯すのはランプみたいな道具を使っていたし、掃除機とか洗濯機も魔法式のがあるのかなぁ?逆に魔法錠の代わりにロックの魔法とかあったりするのか?すげー気になる。
いろいろと想像を掻き立てられながらも階段を下りてゆく。
泊まっている部屋は三階で、二階にも客室があり、一階はロビーと食堂等がある。
食堂の両開きの扉は開かれていて、日が昇ったとはいえまだ早い時間だからか、俺達以外には客の姿が見えない。
食堂というより、お洒落なレストランって感じの部屋だ。高級感があって、朝からいい気分になれるな。
窓際一番奥の席に着くと、すぐにウェイターが来てくれる。
白いシャツに、光沢のあるライトグレーのアスコットタイのようなもの、黒のベストとスラックス。なんか異世界感が無い。格好いいけど。うーん・・・。
「おはようございます。
本日の朝食セットは、デュッセルパンにサラダ、黒嘴鳥のスープと黒嘴鳥又は赤牛のソテーでございます」
やはり朝から肉料理か。そしてデュッセルパンとやら。どんなパンじゃろ?
「私は赤牛のソテーで。食後にはカフェを。
カナトはどうする?」
「デュッセルパンとは、どの様なパンですか?」
「表面がパリパリとしていて、中は白く柔らかいパンだ。昨日私が食べていた物とは少し違うな」
バゲットみたいなのかね?おけおけ。
「では、デュッセルパンとスープ、それと何か果物を下さい。食前にお水とおすすめのジュースをお願いします」
朝食セット以外も頼めるかな?と思って言ってみた。問題無いようで、ウェイターは一礼して厨房の方へ下がってゆく。
昨日食べたミルクスープは美味しかったし、見た目や食感にも気になる事は無かったけど、やっぱちょっと不安だな。
変な色の野菜とか、独特な香りの果物があるかもしれねぇじゃん?
腹減ってるけど、朝からがっつり肉を食べたく無いってのと不安から、冒険出来なかった。写真が載ってるメニューが欲しいぜ。
「カナト」
「はい?」
「あれだけでは足りないだろう?
パン以外の物についても説明するから、他にも注文しないか?」
ありゃー。不安に思ってること、勘付かれたか。
顔に出さない様には気を付けたんだが。
「お気遣いありがとうございます。
でも、朝からそんなに食べられないと思うので」
「ならいいが。遠慮はしなくていいからな」
悩ましげな顔してんなぁ。ここは素直に頷いておこう。無理に沢山食べさせようとするタイプじゃなくて良かったぜ。
そうこうしてる内に、ウェイターが飲み物を持って来た。俺の前には水と、リンゴジュースの様な色の透き通った液体が入ったグラスが置かれる。
グウェイルさんの前にも水が入ったグラスが。
ウェイターが居なくなってから聞いてみる。
「あの、お水って無料なのですか?」
「もちろん。
カナトの居た世界では、有料だったのか?」
とても不思議そうな顔で聞き返された。
「俺が住んでいた国は水が豊富にあったので、ほとんどの店では無料でした。席に案内されたら、注文を聞く前に水と手を拭く用の濡れタオルが用意されるぐらいです。
でも、他の国では有料だったり、お酒の方が安いぐらいの所もありましたね」
「水が有料で、しかも酒のほうが安いとは・・・。良いのか悪いのかわからんな」
「ははは。確かに。酒好きにしか喜ばれませんよね」
「ふっ。そうだな。
しかし、手を拭く用のタオルを用意するというのは良いな。食事前にクリーンを掛けないものが多過ぎる」
本気で嫌そうな顔をしてる。
「クリーンの魔法を使えないのではなく?」
「いや、この世界で使えない者は居ないだろう。それぐらい簡単な魔法だ。
だが面倒でやらない」
トイレで手を洗わないヤツとかな。どこの世界にも居るもんだなぁ。肩を竦める。
「夏は冷やした手拭きだったり、冬は温めた手拭きだったり、結構気持ち良いものなのですがね。
ついつい顔まで拭いてしまう方もいるので、結局使う人次第ですよ。手拭きも魔法も」
二人して苦笑いをしてしまう。
「お待たせ致しました」
もう注文した料理が届いた。お肉を焼いたり果物の皮を剥くぐらいだから、早かったのかね?
グウェイルさんの赤牛のソテーが良い香りだ。スパイス使ってるっぽい。
黒嘴鳥とやらのスープもいいな。解した身が入っていて、澄んだ綺麗な色だ。シンプルだけど、それがいい。
パンも予想していた通りもろバゲット。中の柔らかいとこが好きなんだよな。
果物は、皮を剥いて切られた薄黄色なやつと、さくらんぼみたいな赤色の丸っこいやつ。ジュースと同じ香りだし、薄黄色のは林檎っぽい食感。味はほんのり甘味があるぐらいだ。
さくらんぼみたいなやつは、柔らかくて種が無い。これはもっとしっかり甘くて、桃に近い味だな。
うん。どれも美味しかった。甘味あり、スパイス良し、スープは手間もかかってるっぽい。
食文化が安定しているなら、平和な証拠だ。
なんて、それっぽいこと考えてみたりして。
グウェイルさんが食後のカフェとか言うコーヒーみたいなのを飲み終わったら、部屋に戻って時間潰して、仕立て屋に出発だ。
一日をみっちり書こうとしたら、すげー時間かかりますな。前中後編になってしまった。
でも知らない場所に行ったら、景色も食べ物も衣服なんかも気になるし、観察するタイプだからしゃーない。
好奇心旺盛という名の怖がり。