告白
急に呼び出してごめん。
君に伝えたいことがあるんだ。
……そんな怪訝な顔しないでよ。
君じゃないとだめなんだ。
聞いてくれるかい?
僕の話。
……ありがとう。
君は文句を言う割に、いつも最後まで僕に付き合ってくれるよね。
君のそういうとこ、好きだよ。
きっと僕と君は、似てるんだね。
……嫌そうな顔しないでよ。
傷つくなぁ。こう見えて、僕は繊細なんだよ?
……ああ、待って待って。
本題に入るからさ。
あのね、
『今日、人を殺したんだ』
驚いてるね。
……もちろん冗談なんかじゃないよ。
僕は今日、『あの人』を殺したんだ。
……そう、君も知ってる『あの人』だよ。
……どうして?
たしかに、僕はあの人のことを尊敬していた。何よりも、誰よりも、あの人のことを慕っていた。崇拝に近い、神格化してたって言ってもいい。
……そこまで思っていたのは知らなかった?
そう、でも僕はそれくらいあの人のことを想っていたんだ。だから『殺した』んだ。
……理解できない?
いや、君なら理解できるはずだ。だって君は僕によく似ている。否定しても無駄だ。君は同族嫌悪しているだけさ。
……でも、僕は後悔している。
喪失感で気が狂いそうだ。
そう、僕は『間違えた』んだ。
…違う。
人の道とか道徳とかそんな話はしていない。もっと、よく考えてくれ。僕の間違いを、チープな言葉で終わらせないでくれ。君は理解できるはずだから。
とにかく僕は間違えた。間違えたんだ。
……なぜ、殺したのか、か。崇拝するあの人を殺せば、何かが満たされると思ったんだ。でも逆に喪失感だけが残った。
僕はしてはいけない間違いを犯した。
……自首?そんなもの『どうでもいい』んだ。
とりあえず、最後まで僕の話を聞いてくれるだろう?だって君は、僕のことが理解できないと、証明したいはずだから。
……ふふ、ありがとう。
そう苦い顔をしないで。
さあ、考えて。
僕が満たされるためには、どうすべきだったのか。君ならわかるはずだ。
……ああ。
あの人を殺したのは、僕の『ミス』だ。
僕は、あの人を殺すべきじゃなかった。
今この瞬間も悔やんでる。
神にでも縋りついて、懺悔したい気分だ。
神が許そうと、僕は僕が許せないけどね。
……どうして殺そうと思ったのか?
さっきも言ったが、僕の何かが満たされると思ったんだ。でも、だめだった。
『殺すんじゃだめだった』んだ。
……どうしてあの人を崇拝していたのか?
あの人は『特別』なんだ。
すべてが完璧だと思った。
僕なんて大した人間じゃないって突きつけられたような存在だった。すごい人だ。僕はあれほど完璧な存在を知らない。
……僕が他人より恵まれてる?
ああ、きっとそうなんだろうね。父は有名大学の理事長だし、僕はその跡取り息子だ。
だけど僕は父の期待に応えられない不出来な息子だ。優秀と言われようが完璧じゃない僕は平凡で、期待以上になれない。
だが『あの人』はどうだ?あんな完璧な人がいるか?あんなに必要とされる人がいるか?厳しい父が認める唯一の人かもしれないな。
僕はあの人を殺した。殺したんだ。殺せたんだ。
あの人を殺すことができたんだ。
なのに、どうして僕の渇きは満たされない?心は満たされない?何も満たされず喪失感が増すんだ?
間違えたんだ。僕は『間違えた』。
本当は、本当に僕が望んだのは……
君ならわかるだろう?
さあ、答えてくれ。
……『正解』だ!すばらしい!
はは、ははは!やっぱり君は!僕の!『理解者』だった!君なら必ず、僕を理解できると信じていたよ!
そう!僕は、あの人を
『食べたかったんだ!』
どうしてそんな顔をする?
僕はとても嬉しいが?
『君』が!『僕』を!理解してくれた。
期待通りだ!嬉しい、嬉しいよ!
……わかりたくなかった、か。
わかってしまったのだから、君は僕の理解者だ。僕と君は似た者同士だと証明できてしまったね。君にとっては不本意なことだろうけど。
あの人を食べる、それが僕にとっての『正解』だった。生きたまま、あの人を食べてあの人と『一体』になる。それが僕の望む『結末』だった。
なのに!どうして!僕は!あの人を、殺してしまったんだ!やり直したい!知らなかった!それが『最善』だと思ったんだ!あの人を殺せば!あの人を超えられる気がしたんだ!でも!違う!あの人を超えたって、『あの人にはなれない』!あの人が死んだって、あの人は超えられない!そんなことにも気づけなかった僕は愚かだ!僕は愚かだ!あの人を殺したのは『愚行』だ!間違えたんだ!最善の手だと思ったんだ!思ってしまったんだ!殺してしまった!殺せてしまったんだ!やり直したい!神が本当にいるのなら!どうかやり直させてくれ!もう一度!あの人を殺す前に戻って、あの人を食べたいんだ!あの人を食べたい!食べたい!『食べたい』!!
……ああ、すまない。
少し、感情が高ぶった。
大丈夫、怯えなくていい。君に何かするつもりはない。君を殺しても、君を食べても、『何も得られない』だろうから。君は僕の唯一の理解者だしね。
それに、今はもう何もかもどうでもよくて。
あの人が死んだ世界で、あの人が食べられない世界で、僕はもう生きているのも『面倒』になった。
……ははは。
そうだね、死のうかな。
もし、僕が自殺するって言ったら、君はどうする?
止めてくれる?それとも、君も、随分とあの人に懐いていたから、むしろ、僕をその手で『殺す』かい?
……僕が生きようが、死のうがどうでもいいって、酷いな。僕は結構君を気に入ってるんだけど。君になら『殺されてもいい』。君に迷惑がかからないよう僕も協力しよう。唯一の理解者が、僕の『人生』を終わらせてくれるのなら、悪くない『結末』だ。
……勝手に死ねと?
なんだ、君は僕を殺してはくれないのか。
少し、『残念』だ。
……え?
僕を、友人と、呼んでくれるんだね。
死んだら『寂しい』と、言ってくれるんだ。
あんなに『嫌悪』していたのに?
……理解してしまったからって?
そんな嫌そうに言わなくても。
でも、予想外だな。君なら僕を『殺す』か、『拒絶』するかと思ったよ。だから、『ありがとう』。
僕とまっすぐ向き合ってくれて。
……『許すつもりはない』、か。
君は僕を許さず、君は僕の理解者で、君は僕を友人と呼び、君は僕の人生を終わらせてはくれないのか。
君さ、本当に変わってると思う。それで、『性格が悪い』ね。
……僕に言われたくない?
僕は変わってなんかいないさ。『多数派』ではないけれど。性格の悪さはどうかな。君には負けるかもしれない。
……まあ、落ち着いて。
それで、『友人殿』。
君はこの狂いそうな喪失感を埋めてくれるのかい?あの人の穴は大きいよ?……きっと、君では埋まらない。
ねぇ、友人殿。
だから、俺が死ぬのを『見届けてくれないか』。
それか、一緒に死ぬのはどうだい?あの世であの人と再会できるかもしれないよ?僕はそれに掛けようかな。そしたらあの世であの人を『食べられる』かも。
……僕が地獄に落ちる?
たしかにあの人は天国行きだろうから会えないかもね。これは『困った』な。まあそのときは、なんとか神様を煙に巻いて天国に行くとするよ。
……怖い顔をしないでくれ。あの世であの人を食べられるかなんて、わからないんだからさ。
ただ、僕はもう、生きていく気力がないんだ。何より、あの人への『想い』が色褪せていくのが嫌なんだ。あの人がいない世界に慣れていくだろう『自分』も許せないんだ。
だから、君に終わらせてほしかった。
それができないなら、どうか僕が死ぬのを見守ってほしい。それか、一緒に『死のう』。大丈夫、苦しめないと『約束』する。
……睨むことないだろう。
まあ無理強いをするつもりはないよ。君が断るならそれまでだ。死ぬときは、君が言ったとおり、『勝手に死ぬ』よ。自分の人生は自分の手で『結末』に導くとしよう。
……話して少し落ち着いた。
君に伝えたかったことは伝えられた。
今日はもう帰ろう。
君がいてよかったよ。
『さよなら』、友人殿。
……君だけは、僕を
『覚えていてくれるだろうか』
なんて、ね。