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32 ハロルド・バイロン

 シャーリーの推測。

 

「人型ASIDの置き土産って可能性は考えた。だけどそうすると今度は順序が合わない」

「順序ですか?」

「人型と初遭遇してから第二船団が援軍を派遣して繭を入手するまで半年もかかってない。直接交戦した俺達でさえあいつらは正体不明のままだ」

「なるほど。後から来ただけの第二船団が人型ASIDについて詳しく知っているのは解せないと」

「そうなるな」


 或いは。もう一つ別の可能性がある。

 

「第二船団が、人型について第三船団の報告で初めて知ったのならな」

「……中尉は、第二船団が情報を隠蔽していると考えてますか?」

「その軽重は兎も角、今の段階でも繭に対して隠蔽している。その前からあったとしても驚きは少ないな」

「確かにそうですね……」


 可能性としてはあり得る話。

 だが同時にそれは有り得ない話だった。

 

「しかしそれは船団憲章違反です。第二船団にとってその情報はそれほどまでに重要だと?」


 船団憲章。

 言ってしまえば移民船団同士でいや、人類同士で最低限守るべき取り決めだ。

 

 一つには対人戦闘装備の禁止。

 一つには利敵行為の禁止。

 

 その他にも知的生命体を見つけたら船団で情報を共有し、友好的なコミュニケーションを図るべしなどという変わり種もある。

 

 もしもあの繭がASID由来だとしたらそれは利敵行為に含まれるだろう。

 

「分からん……いくら第二船団でも他の船団を敵に回して平気とは思えないけどな」


 何十、何百光年と離れた移民船団を人類と一つに括る為の最後の綱がこの船団憲章とも言える。

 それが形骸化したらそれはきっと遠く離れた移民船団は各々で勝手に行動するだろう。

 

 或いは、その果てに船団間戦争が勃発し、今度こそ人類滅亡という笑えない可能性も考えられる。

 それを避けるためにも一致団結しなければいけない。

 そんな拠り所だ。

 

「彼らが得られる成果がそれを覆せるほどの物なんですかね」

「ダメだ。やっぱり相手の狙いなんてこれだけじゃ想像できない」


 結局話がそこに戻ってくる。

 

「楠木さんからは情報得られなかったんですか?」

「あの日の会話以外、はぐらかされているばかりでな」


 むしろこっちがどこまで気付いているのか探りを入れようとしていた。


「となると後はハロルド兄さんの線ですか。関係はまだ不明ですが」

「ハロルドさんって何研究している人なんだ? 俺は軍の頃の話しか知らないからな」


 ハロルド・バイロン。

 中々仁から見ても異色の経歴の持ち主だ。

 

 元第一船団防衛軍所属。

 軍に籍を置いていたのは約五年。その五年間でエースと呼ばれるだけの腕を持った。

 そしてあっさりと除隊したかと思えば、今度はBW社……つまりは己の実家へと入社。

 縁故か否かは定かではないが、あっと言う間に研究チームの主任となるまで上り詰めた男。

 

「元々は、アサルトフレーム畑の人だったんですね。それで優れた機体を開発するためには己も操縦士を知らなければいけないと言って」

「それで入隊したのか。何というかそれは」


 頭おかしいなという言葉を仁は飲み込んだ。いくら何でも失礼だ。

 

「ちょっと頭おかしいですよね」


 だが妹は容赦なかった。

 一言で切って捨てる。

 

「その後BW社に入社。第二船団支部に配属された辺りでグリフォンを開発します」

「お前の兄貴の作品かよあれ」

「当時のレオパード、開発中だったレイヴンでもサイボーグ戦隊には不評でしたからね」


 常人以上の能力を持つサイボーグからすれば、一般人を想定した機体など生温かったのだろう。

 仁も機体に対しては結構不満を持っていたから分かる。


「そうした不満をヒアリングして、サイボーグ以外の搭乗を想定していない専用機が完成したわけです」

「なるほどな」


 実は仁も一度乗ってみたい。

 乗り心地、気になるのだ。

 

「ただ最近は制御系に拘っているみたいですね」

「っていうとFBE?」

「です。より正確にはエーテル通信の性質について」

「性質?」

「ほら。中尉とか未来情報を受け取ってるじゃないですか」

「ああ」

「あの辺の理屈ってハロルド兄さんがまとめたんですよ。自分も見えたから気になったらしくて」

「本物のエースだったのかよ」


 ASIDを多く倒したらエース。

 言葉の定義ではそうだが、操縦士たちの間では違う。

 

 明確に、未来が見える。

 一般兵がどれだけ努力しても決して追いつけない領域にいる者。

 そうならないとエースとは呼べない。

 

 ハロルドはそんな一線を画した側だったらしい。

 加えて研究者としても一流。

 何故だか腹が立ってくる仁だった。

 

「過去へと伝播するエーテル通信。しかしその情報は加速度的に崩壊していくので、通常読み取る事なんて出来ない。だったか」

「そうですね。よく覚えているじゃないですか中尉」


 そりゃ一時期お前から散々聞かされたからだという突っ込みは飲み込む。

 

「そしてエースと呼ばれる人種は、その崩壊した情報を己の中で最適化して受け取っている。というのがハロルド兄さんの仮説です」

「やめろよ。その仮説を実証するために電極刺すのは絶対にやめろよ!」

「やりませんってば。今電極有りませんし」


 その返事が怖いのだと仁は突っ込みたい。

 あればやるみたいな言葉は言わないで欲しい。前科があるのだから余計に怖い。

 

「エーテル通信……前から思ってたんだけどさ。これって一種のタイムマシンだよな」

「まあそうですね。正確にはタイムリープマシン。意識だけが1秒過去に戻っていると言えなくもないです」

「あー笑わないで聞いて欲しいんだが、それをもっと凄くすれば、一日とか、一年とか戻れるんじゃないかなって」


 本当にタダの思い付き。

 考えた当人でさえ笑ってしまいそうな発想だったので、笑うなよと前置きして。

 

 予想に反してシャーリーは真剣に考えていた。


「理論上は、可能かもしれません」

「マジで」

「エーテル通信の精度は、エーテルその物の純度と量に準じます。エースが未来を見れる、未来から過去へ送られた情報を読み取れるのはアサルトフレームでの戦闘時のみです」

「そうだな。降りてる時は何も見えないし」

「それだけじゃないんです。過去に実験されたのですが」

「やめろよ。実験とか怖いこと言うの」

「中尉が想像しているような電極ぶすーじゃないですから安心してください。その時は、船団間の通信だったらしいですね」


 実験としてはシンプルだ。

 アサルトフレームに搭乗時に未来が見えるエースを無作為に選出して、船団間で通信をさせた。その時に未来の通信が読み取れたかどうか。

 

 結果は誰も読み取れなかった。

 

「中尉はエーテルリアクターの原理について知っていますか?」

「教本に乗っているレベルなら」


 エーテルリアクターの燃料は人の魂から発せられるエーテル……人の魂であると言われている。

 エーテル反応学理論。人の魂さえも計測可能にした理論が産み出した悪魔の装置。

 果たして人一人から貰った欠片の魂が産み出すエネルギーとして割に合っているのかどうか。

 その辺りは学者の間では議論の的らしい。

 

 そんな物に乗っているからか、はたまた激務だからか。軍人の平均寿命は一般人よりも少し短い。

 

「所謂船団とか、軍艦で使われているような大型リアクターってその上にいる人たち全員からちょっとずつ貰ってエーテルを精製してるんですね」

「へえ」

「だから、言ってしまえば燃料自体が色々と混ざっているんです。その状態で出来たエーテルって何かこう。濁ってるんですよね」

「濁ってる……」


 みんなの力を合わせると濁るのか―と仁はちょっとショックを受ける。


「逆に、アサルトフレームは操縦者一人の生エーテル使ってるので透き通ってます。その辺りの純度の違いがエーテル通信にも影響するみたいで」

「話が見えて来たぞ。つまり、過去を見るには濁ってないエーテルが必要だと」

「そうなります。そして過去へと飛ばす時間を伸ばすためには、とにかく量を注ぎ込まないといけないみたいで」

「なるほど。質と量か」


 仁は頷いて納得した。

 

「つまり無理って事だな?」

「そうなりますね。今の移民船団の技術では人間一人でエーテルリアクターから生み出せる量は限られてます。それをどうにかしないと過去への通信時間を延ばすなんてのは夢のまた夢ですね」

「最初にそれを言え。ちょっと期待したじゃないか」

「それはすみません。ただ、クイーンタイプとかは単独で膨大なエーテルを生み出していますから、何かロジックはあると思うんですけどね……」

「そりゃいいな。クイーンにお願いするのか。ちょっとエーテル分けてくださいって」

「あっははは。名案ですね中尉。ついでだからそのまま友好条約の締結と行きましょう」


 と二人でくだらない冗談で笑いあって、全然進まない議論にお互い溜息を吐いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良い線行ってるね、仁とシャーリー 核心ツイテタライイナァ(°▽°)←棒読み
[良い点] みおかわいい [気になる点] クイーンは未来を見ているのか。 気になる点の使い方が違うかも笑笑
[一言] 更新ありがとうございます。良いお年を。
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