31 講演
派手な髪の色、と澪は自分を棚に上げて思った。
ピンク色の髪。初めて見たと澪は思って、どこかで見覚えがあると首を傾げた。
(しゃろんの髪が、時々あんな色に見える)
光の当て方次第だが、うっすらとピンクが入り混じっていた……様な気がする。
「第二船団よりお越しくださいました、ハロルド・バイロンさんです」
澪の通う初等学校の体育館。
他船団の偉い人の講演という非常に退屈な時間。
真面目な澪はしっかりと聞く姿勢を取っていたが、周囲はもう眠りの世界へと誘われていた。
「ご紹介に預かりました。ハロルドです」
つらつらと語られる難しい言葉に澪も眠りへと誘われそうになる。
「――エーテル通信には過去に伝播する性質が有ります。ただし、過去でそれらを受け取る事は出来ません」
うつらうつら。
「――性が重なっているため、未来からのエーテル通信は混線し――」
むにゃむにゃ。
「――スはそれらの中から直感的に正しい物を選択している。それこそが――」
はっ。
「理論上では可能であると我々は考えています。そのためにはASIDの研究をより進める必要があり、様々な種類のASIDを捕獲することが一番の近道であると言えましょう」
すっかり寝てしまったと澪は垂れた涎を拭って誤魔化す。
「それでは皆さん何か質問は有りますか?」
正直、話なんてほとんど聞いていなかったので分からない。
ただ、一個だけ。気になった事があったので澪は手を挙げる。
「ではそちらの銀の髪のお嬢さん。お名前を」
「はい! 一年生のとうごうみおです。質問が有ります――」
◆ ◆ ◆
夏休みの澪は基本的に家で留守番している。
昼近辺は依頼して置いたシッターが昼食を用意しに来てくれるが、後は一人だ。
偶に、友達の家に遊びに行く以外はたいそう暇にしていたが、今日は登校日。
何か偉い学者の講演を聞くらしい。
そんな話を聞いた仁は、自然と昼寝の時間かと考えた。彼の学生時代が想像できる。
智がIDを再発行して早一週間。
その平穏に心の底から安堵している仁がいる。
そして第二船団の所属である智がいなくなったことで、仁とシャーリーの密会も再開した。
今一進展が無かったのでシャーリーの家で密会することが無かったのは良かったのか悪かったのか。
ここしばらくは、夕食を仁、澪、シャーリーで取る事が多くなっている。
「それでどんな話を聞いてきたんだ澪」
「んとね。難しくて寝ちゃった!」
「そうか……仕方ないな」
「いやいや……ちゃんと聞いてあげましょうよ。初等学校での講演って結構向こうも準備頑張ってるはずですよ。飽きてしまわない様にとか」
シャーリーが少し哀れな扱いを受けた講師に同情的な意見を寄せる。
実際、誰も聞いてくれなかったらそれは悲しい事だろうと仁は思う。
想像する。
訓練生の三人が全員居眠りして講義を聞いてくれなかったら……。
片っ端から机を蹴って叩き起こす。
仁自身それが容易に想像できてしまった。
もっと、人数を増やして考えないとと再度想像。
ダメだ、何人になっても叩き起こす光景以外想像できないと仁は己の想像力の欠如を嘆く。
「それでその可哀そうな講師はなんて人だったんですか?」
「はろるどって言ってた。ピンクの髪!」
それを聞いた瞬間、シャーリーが咳き込んだ。口の中に含んでいた水を零さぬように必死の形相である。
「大丈夫か?」
苦しそうに咳き込むシャーリーの背中を擦ってやりながら労わる。
まあ仁も少し驚いた。意外な名前だったとも言える。
「は、ハロルド兄さんが第三船団に!?」
「しゃろん知り合い?」
「知り合いも何も……」
「こいつの兄貴だな」
「おーお兄さん! あれ、しゃろんって妹?」
「そうですけど……何か?」
「ん……妹は敵だったけど今は敵じゃないし……何でもない」
どうやら澪の中で智の敵対認定はどうにか解除されたらしい。
それだけでも智はこの家に泊まり込んだ甲斐があっただろう。
少しばかり、食生活の向上に寄与していった相手を思い出して仁は心の中で敬礼する。
結局ID紛失はバレて散々にからかわれていた様だったが。
「にしてもハロルドって確か次男だよな」
「ええ。上から二番目の兄さんですね。ついでに言うと第二船団支社の研究チームのリーダーでもあります」
バイロン家。
移民船団創設期から活動している研究者一家だ。
代々受け継がれてきた知性とあくなき探求心、そして機械への愛で多くの発明を成し遂げて来た一族。
今ある移民船団の主要装備の大半にバイロンの名が関わっている。
特に中興の祖とも呼ばれる優美香・バイロンは宇宙時代の聖女として名を残している。
その一家の一人でもあるシャーリーは今、口の端から垂らした水を拭っていた。
「何でハロルド兄さんがこんなところに……」
「珍しいのか?」
「逆に聞きますけど仁。特に用もなく研究チームの主任がフラフラ船団間を移動すると思いますか? 危険を犯してまで」
「……しないな」
連絡船での移動は可能な限りリスクを下げているとはいえ、船団にいるよりも危険だ。
現に、令の時の様な出来事はあった。
「まさか初等学校の講演の為に来たなんて有り得ないですし。何か理由があっての事だと思うんですが……」
ちらりと澪へと視線が移る。
その意図を正確に察した仁は小さく頷いた。
「さて、澪。そろそろ身体洗って寝ようか」
「えー?」
「良い子は早く寝ないとダメだぞ?」
「もう、おとーさん最近しゃろんがくるといっつもそう言う! みおもしゃろんと遊びたいのに!」
くっ。と仁は歯噛みした。
流石に連日同じ手を使い過ぎたかと。
だがそう息込んでいた澪だったが、逆に連日早寝早起きをしていたため20時頃には限界が来て自分からベッドに入っていった。
ソファーに並んで座りながら、すっかり寝付いた澪を見てシャーリーが何とも言えない表情で呟く。
「何か、今の私達って」
「言うな」
「早くいちゃいちゃしたいから子供を早く寝かしつける親みたいですよね」
「言うなって……!」
シャーリーの泊まり自体は澪の我儘で押し通せるかもしれないが、早く寝かしつけているのは中々言い訳が厳しい。
実体は完全に作戦会議なのだが。
「それで、さっきの話だが」
「この時期に第二船団から来たっていうのを無関係とするのは危険でしょうね。むしろがっつり関わっているんじゃないかと」
「智が言った人類の為になる計画か……そもそも人類の為になるって何だ?」
「中々漠然としていますよね。例えば極論、私が中尉の機体をチューンすることも広い目で見れば人類の為になる事ですし」
「確かにな」
そんなレベルの話ならば公表しても問題は無いだろう。
だが公表をためらっているという事は。
「その実行には何らかのリスクがある」
「それは有り得ますね。例えば成功率1割とか」
「逆に成功率は高いけど失敗したらそれこそ致命的な結果になるとか」
そんな風に条件を絞り込んで相手の狙いを探ろうとするが、それすら遅々として進まない。
「くそ! まずこっちが得ている情報を整理するぞ」
・第二船団が回収した繭状の物。
・第二船団のBW社が製造したと思われる光学迷彩搭載ドローン。
・回収された漂流した仁が帰還した時のブラックボックス。
・智が口にした人類の為になる行動。
「……たったこれだけで違和感覚えたってのも我ながら呆れるな」
「というか最後の一つ以外なら偶然で済ませられたんですよ。問題は楠木さんの証言で何かある事が確定してしまった」
逆を言えば決定的なのはその証言のみという事になる。
「……無理じゃないか?」
「無理でしょうね……それだけで相手の狙いを絞り込むのも、それを元に通報するのも」
四つ並んだ項目の内。一番最初を仁は指す。
この中で更に謎が強いのがこれだ。
「そもそもこの繭自体が何なんだ。俺はあんな物初めて見た」
「うーん。私も直接見たわけじゃないので何とも言えませんが、休眠中のクイーンに似ている……気がしないでもないですね」
確かに形状だけならば似ている。
ただ、シャーリーの最後の言葉が示すように、気のせいレベルの話だ。
「後は第二船団の行動の速さだな。こっちがあの繭を見つけた途端、あいつらは直ぐに横やりを入れて来た」
「……つまり、第二船団はその繭の正体を知っている。少なくとも価値を認めているって事ですね」
うーんと額を突き合わせて、シャーリーがふと思いついたように言う。
「でも中尉。良く考えますと、移民船団が作った物に正体不明何て有り得ません。必然それは移民船団の外から来たものになります」
「そうだな」
「そしてそれは基本的にASID由来です」
「確かにな」
「その中で貴重な物となるとそれはやはりクイーン絡み、或いは人型絡みでは?」




