30 みんなでキャンプ4
日が暮れて。
「おー! おー!」
仁が大量に用意して置いた花火に澪はテンションを天井知らずにあげて行く。
「みてみてとーやくん! 花火一杯!」
「お、おう。そうだな」
「これでみおも花火した!」
「良かったな?」
何で自分にだけ言って来るんだろうと首を傾げる守。
以前に自分が澪へキャンプに行って花火の話をしたことは忘れている。
そういう意味では澪の方が記憶力が良いのだろう。
或いは、執念深い。
「ベルワールてめえ! 花火を人に向けんじゃねえよ! あぶねえだろ!」
「ふっふふ。コウが成すすべなく逃げ惑う姿。アリですね」
「メイ。ちっちゃい子が真似するからやめよ? ね」
少々危ない使い方だが、訓練生組も楽しんでいる様だった。
「終わった花火はちゃんとバケツに入れろよ」
残り火の様な熱の残ったコンロの前で、仁とジェイク、シャーリーは改めて手にした缶ビールを合わせる。
「今日はお疲れ。二人とも助かった」
「いえいえ。楽しかったですよ」
「俺も久しぶりに嬢ちゃんと遊べてよかったぜ」
そういえば、と仁は思う。
「こうやって三人で飲むのは初めてか」
「あ~そうだったか?」
「言われてみれば……そうかもしれませんね」
酒が解禁される辺りで色々とあって、三人で集まること自体が少なくなっていた。
実際、こうやって三人で顔を合わせるようになったのはここ数か月の話。
もっと言うのなら。
「澪がいなければ俺達、こうやって集まる事も無かったんだな」
「そう考えると不思議な感じがしますね」
「まあ俺達も忙しかったからな」
訓練校を卒業したのが、18歳の時。
仁とシャーリーが道を違えたのが20歳の時。
ジェイクが再起不能となったのが21歳の時。
その辺りが三人の関係が致命的なまでに断絶した時期だ。
ジェイクとはメールでのやり取りが細々と続き。
シャーリーとは中尉と軍曹の関係に戻すまでに丸二年かかった。
その頃になると、仁は令と出会い。
僅か二年後に二度と会えなくなった。
こうして己の出来事を思い返すと、結構色々あったなと仁は思う。
二年。
令と出会ってから共に過ごした時間と、失ってからの時間は遂に追いついてしまった。
ここからは、令を喪ってからの時間が延々と伸びていくのだろう。
それは同時に、澪と共に過ごす時間が一歩一歩積み重なっていく日々。
今こうして、三人が再び集ったように。
澪の存在がまたきっと仁を新しい人間関係へと誘ってくれる。
楽しみであり。
やはりどうしてと思ってしまうのだ。
何度も何度も。
ふと気を緩めたら思ってしまう。
どうしてここに令がいないのだろうと。
「澪が繋いでくれたって言うと、あいつらもそうなんだよな」
花火に興じている子供たちを見る。
澪の友人たちは当然の事だが、訓練生達も皆。
「多分澪がいなければ、今日こうして遊びに来る事は無かった」
訓練生達はあくまで、澪が友好を結んでいたから今日参加しているのだ。
仁の教え子だからではない。
「アイツは何かこう。色々と新しい場所へ連れて行ってくれるな」
そういう意味では。やはり澪と令は似ていない。
令は新しい世界を見せる人間というよりも、仁が見ていなかった足元を照らしてくれるような存在だった。
好奇心旺盛で、まず動き出すところは似ているが、その根元は大分違うように思える。
「将来どうなるのか楽しみ……何て言ったら年寄り臭いですかね」
「まず自分たちの将来を心配しろって言われるだろうな」
そう言って二十代後半三人は笑う。
年下からは年寄り扱い。年長からは若造扱い。
何とも中途半端な年になってしまった彼ら。
「十年後とか何してんだろうな」
「未来の話とか止めろよ」
「ああ。十年後より私は明々後日の話です」
仕事が山積している訓練校勤めの二人が頭を抱える。
「遠征訓練か。懐かしいぜ」
「そうそう。私たちが話すようになったきっかけもあれでしたね」
「遭難した時はどうなる事かと思ったけどな」
この三人がつるむ事になった切っ掛け。
今の訓練生達のように遠征訓練に行って――三人だけで遭難したことが切っ掛けだ。
調査済み惑星とは言え、その全域を隈なく調査したわけではない。
軌道降下に失敗して、未調査エリアに不時着した三人は結構な苦労をしながら一週間を生き抜いて、本隊へ帰還したのだ。
「でその後からお前が変な物作っては試すようになって」
「んでそれに巻き込まれた俺らとセットで問題児トリオとか言われるようになったな。ったく不本意だぜ」
「異議あり! その前から講義サボったり、女子に声かけたりして二人ともマークされていたでしょう。私だけのせいにするのは卑怯です」
こうして恩師が卒業まで頭を抱える問題児トリオが爆誕したのである。
「今となってはいい思い出だけどな」
「だな」
「あの時は死ぬかと思いましたけどね」
だが今生きているからこうして思い出話になる。
「あいつらにとっても、いい経験になると良いんだが……」
「教官らしいこと言ってますね。中尉」
「そういえばよ。その間嬢ちゃんはどうすんだ。二週間だろ確か」
「シッターを雇う。今回は軍曹も来るからな」
「整備士志望の子達と一緒に行きますよ」
つまりその間、澪は留守番だ。
少しだけ心配になるが、プロのシッターがいれば何となるだろうとも思っている。
「おとーさん見て見て! 八本持ち!」
指の間に花火を挟んで、一気に八本火を付けた澪がはしゃいだ声でくるくる回る。
「髪、焦がすなよ!」
「わかってるー」
澪に触発されてか。
他の面々も花火を一度に抱えて火を付けようとしていた。
色とりどりの光が、夜の宙を彩る。
その輝きが、澪の頬を照らす。
「あ……」
その表情を見て、仁は小さく声をあげた。
また一つ、仁の中で令の思い出が上書きされていく。
二年前に見た笑顔がもう思い出せない。
代わりに、今。
「笑ってる」
「ん?」
「本当、ですね」
「ああ嬢ちゃんか。確かに楽しそうだな」
ジェイクは澪の言葉を聞いていない。
笑顔が分からないと言ったその苦し気な顔を見ていない。
だから、二人とはどうしても温度の差が出る。
「良かったですね澪ちゃん。良かったですね。中尉」
「ああ……安心した」
澪の笑顔。
自然に零れたそれは、仁がこれまでに見た澪の表情の中でも最も愛らしい。
そしてきっと、それは澪だけの笑顔で令の物とは違う。
自分だけの表情を、現し始めた澪を見て仁は涙が溢れてくる。
「おとーさん見てた? 見てた?」
花火を終えて仁の元へ駆け寄ってきた澪。
興奮気味の頬はもういつも通りに戻っていたけど。
先ほどの表情は見間違えなんかじゃない。
「ああ。しっかり見てたぞ。凄く、楽しそうに笑ってた」
「笑ってた? 誰が?」
「澪が」
「みお?」
当人には自覚が無かったのか。頬をグネグネ弄り回している。
「笑ってたの?」
「ああ。ばっちり」
「むむ。見れなかった」
そりゃ自分の顔は自分じゃ見れないだろと仁は笑う。
「おとーさん、今度は写真撮っておいてね!」
「え? ああ」
そういえばと仁は思う。澪の写真を撮ったことが無い。
これは良いカメラを用意しなくてはと決意。
「次は十六本持ってくるね!」
そう言って澪は駆けだす。
友達に駆け寄って。
花火を手にして身振り手振りで次にやろうと事を説明していた。
ああ、また自然に笑顔を見せている。
それに気づいて、エミッサも雅も守も。
一瞬驚いて彼らも笑顔を見せた。
その笑顔を、智も見ていた。
「何だ。やっぱり似ていないじゃないか」
夢から醒めた様な感覚。
あんな風に姉は屈託なく笑わなかったなと智は思う。
或いはもしかしたら。智は思う。義兄になるはずだった男の前だけでは見せていたのかもしれないが――。
その答えは未来永劫得られない。
「やはりこの宇宙に姉さんはいない」
だからこそ。
「ライテラ計画は実行しなければいけない」
新たに一つの決意をしていた。
一つの問いを胸の内に抱いて。その答えも得るために。
それが決して後戻りのできない道だと理解した上で。明るい場所へ背を向ける様にして暗がりに智は潜る。
これ以上あの綺麗な場所に居たら。
自分もそこに居られると勘違いしてしまいそうだったから。




