29 みんなでキャンプ3
ノーゲームとなったバレー。
次は何をしようかと考え始めたタイミングで、ジェイクがバーベキューの準備が終わったことを告げる。
「それじゃあかんぱーい」
澪の雑な音頭に合わせて各々手にした缶を打ち合わせる。
炭酸が殆ど。三つだけアルコールが混ざっていた。
「ほら。ジャンジャン焼いてるからな。どんどん食え」
ジェイクが準備した串を次々とコンロの上に置いて行き、焼く。
食べ盛り三人の訓練生達は遠慮くなくそれらを消化していく。
年齢の近い――というかほぼ同年代の智も負けずに串を両手に持って貪っていく。
「へえ。第二船団はそうなってんのか」
「うむ。肉体的なトレーニングは控えめだな。何しろその辺は後からどうとでもなる」
「でもちょっと肉体改造には抵抗が……」
「むしろ私からすると、ナスティン殿達のようにナノマシンを入れる方が抵抗あるからな。その辺は文化の違いだろう」
「何か話を聞いていると、私、第二船団に行った方が活躍できそうですね」
「うむ。ベルワール殿は身体面が少し弱いからな。そのフォローという意味ではアリかもしれないな」
第二船団と第三船団の違い。同じ操縦士としての観点で色々と話しているらしい。
「ちなみにぶっちゃけどこまで改造何ですか? 改造美人が多いって聞きますけど」
「ふっふふ。顔と胴体は自前だ。ああ、でももう少し胸は盛りたいな」
「いや。そんなもんで良いんじゃないかな? あんまり多いと操縦の時不便ですよ」
「これだから持つ者は持たざる者の気持ちが分からない! 嫌味ったらしいですよユーリア!」
話題が危険な方向に走り出した事に気付いたコウが串を片手に逃げ出した。
アイツ、状況判断早くなったなと仁は感心する。
「しゃろん、しゃろん。みおもそれ飲みたい」
「ダメですよ。みおちゃん。これは大人になってからです」
「みおおとなだもん。おとーさんよりお掃除得意!」
「自分は大人だって思っている内は子供ですよ」
ビールに手を出そうとする澪をシャーリーが牽制する。
「澪より大人な私は飲んでも平気ね!」
「ダメだよエミッサちゃん。はい、ぶどうジュース」
相対評価で飲もうとしたエミッサを雅はさりげなく缶を入れ替えた。
串にかじりつくのは厳しいのか。紙皿に串から外して食べている。
「みおもぶどうジュース!」
「はい。どうぞ」
「雅。もっと食べなさいよ。はい、ピーマン」
「澪もあげる。ピーマン」
「二人とも嫌いな物私に押し付けるの止めてよお……好きだから食べるけど」
「なら私の分も上げましょう」
「……シャロンさんもピーマン嫌いなんですか?」
「何だエミッサ。肉食べないのか? 代わりに食ってやろうか」
「東谷。もしも私の肉に手を出したら、アンタのを食い千切るわよ」
「親切心だったのに!」
そんな光景を眺めながら、仁とジェイクは次の串をコンロに乗せる。
「シャロンの奴。結構子供慣れしてんな」
「あー。澪の面倒しばらく見て貰ってたからな」
「別に俺に頼んでも良かったんだぜ?」
「いや、流石に泊まりだとちょっとな」
そこそこ広さのあるシャーリーの家と違って、今のジェイクの部屋はワンルームだ。
そこに澪を投げ込むのは気が引けた。
「店が再建したらお願いするかもしれないが……」
「はっはは。その頃は澪の嬢ちゃんも大きくなっているから嫌がられるだろうな」
「だよな」
仁もジェイクのその見解には同意だった。
「なあ。お前再婚とか考えねえの?」
「ジェイク。俺は一応未婚だ」
「言葉の綾だよ。分かってんだろ。新しい嫁を探す気は無いのかって意味だよ」
「話逸らそうとしてんだから察しろよ」
ビールを呷って。仁は横目で隣のスキンヘッドを睨む。
「そんな事を考える余裕はない」
「つってもな。お前まだ若いだろ。このままずっと一人で過ごすつもりか?」
「澪がいる」
「だから分かってて話逸らすんじゃねえよ」
「話逸らしたいんだよ。そっちこそ分かれ」
この話題は仁にとって続けたいものではない。
理由は改めて語るまでもない事だ。
「女親いないときついだろ。今後」
「……その辺は軍曹に頼んである」
「それだよ。お前シャロンが結婚したらどうするつもりなんだよ。その後も頼むのか」
「っ」
それは仁が無意識に目を逸らしていた問題だ。
どれだけ澪がシャーリーに懐いていたとしても。他人だ。
いずれ、シャーリーはシャーリーで家庭を持つ。それは決して有り得ない可能性ではない。
その時になっても、まだ東郷家の子供の世話を頼むのか。
「頼めばあいつならやってくれそうだけどさ……無駄に波風立てるよな、きっと」
「分かってる」
「分かってんなら何とかしろよ」
「気軽に言ってくれる」
「他人事だからな。気楽に言えるんだよ」
笑いながらジェイクもビールを一缶空けて、新しい缶に手を伸ばす。
「お前ら訓練校時代付き合ってたじゃねえか。別れた後も普通に付き合いは続けてるし嫌いになった訳でもないんだろ」
「ジェイクさ……人の事より自分の事心配しろよ」
「おっと、こいつは一本取られた」
苦し紛れの仁の反撃に、ジェイクは己の額を打つ。
「俺はその内食い物屋の看板娘やってくれそうな人と結婚するから良いんだよ」
「割と具体的だな」
「看板娘は冗談だが、飯屋を一緒にやってくれないと困るな」
「このまま訓練校の食堂勤務でも良いんじゃないか? 結構お前人気だぞ」
「悪くないけどな。あそこだと作れるものが決まってるんだよな。一度自由を知っちまってると窮屈だ」
食い物の世界にも色々とあるものだと仁は思う。
「で。お前はどうすんだ。こう将来の展望的に」
「……何も考えられねえよ」
しつこいジェイクに根負けして仁は己の心情を吐露する。
回ってきたアルコールが少し、舌の滑りを滑らかにしてくれた。
「今だって令の事を忘れられないし、夢にも見る。澪と一緒に暮らしている今でも、あの部屋に令がいない事に違和感を覚える」
そして何より。
「シャーリーだとか、智だとかがあの部屋に居ると特に酷い。どうしてここにいるのが令じゃないのかって。理不尽な怒りさえ抱く」
「重症だな」
「ああ。重症だ。俺の中の一部として深々と食い込んだものが無くなったんだ。簡単には忘れられない」
「もう二年だぞ」
「まだ二年だ」
その年月を長いと見るか、短いと見るか。
焼き上がった一本を仁は荒々しく食い千切る。
「シャーリーには感謝しているし、正直今の状況が良くないなんてことは分かってんだよ」
「だったらケジメ付けろよ」
「六年前何て言われて別れたか教えてやる」
溜息を一つ。
「恋人にはなれるが、奥さんにはなれないって言われた」
「マジ?」
「マジ」
炭の爆ぜる音と、肉が焼ける音だけが響き。
「すまん」
「気にすんな」
そのやり取りでこの会話は終わりとなった。
「おーい。東郷仁。こっちにも串をくれ」
「おう。今持っていく」
「この辺とこの辺もだな。頼むわ」
「ああ……ありがとうな、ジェイク」
自分を気遣っての事だと分かっていたので仁は小さくジェイクへ礼を言う。
「気にすんな」
山盛りになった串を載せた皿を、欠食児童の様になった四人の前に置く。
「お前ら本当に良く食うな」
「本物の肉なんて久しぶりですからね!」
「何だ。第三船団は貧しいな。第二船団は安定的に供給されているぞ」
「というか、キューブフードの生産比率が高いのよね。あれ、効率だけは良いから」
「味はまあ普通だけどな」
「残念だが、他船団では餓死するよりはマシという評価だぞ。笹森殿」
今日は本当に山ほど用意してある。
だから大丈夫。大丈夫のハズとその速度を見た仁は己に言い聞かせる。
「ええい。ビールがあれば最高なのだが」
「いや楠木さんも未成年では?」
「第二船団は16から飲酒オッケーなのだよ」
「堂々と嘘を吐くな。食べ過ぎて後で体調崩すなよ……?」
その食べっぷりに別の危機感も抱く。
お腹壊したなどと言ったら笑い話にもならない。
「そう言えば教官。結局、この前楠木さんにビンタされていたのは何だったんですか?」
「ベルワール訓練生。お前ぶっこんで来たな」
「いや、気になるじゃないですか。普通に一緒にいるし。後澪ちゃんとの関係とか」
「遠慮しねえなコイツ……」
コウも若干呆れ気味の視線だが、止める気は無いらしい。
「ユーリアの予想では澪ちゃんの母親です」
「ちょ、何で言うのよ!」
「あっははは! それだと私は11の時に産んだことになるな! なるほど、確かに! ビンタの一つもする!」
何が受けたのか。智は大笑いした。
「ああ。うん。よし。今度からそれにしよう」
「よしじゃねえよ。俺の評判が最悪な事になるわ」
トップエースが二十歳の頃に十一歳に手を出して子供を産ませたなんて大スキャンダルだ。
スポーツ紙が大喜びである。
「私の姉が死んだときにこいつが現場にいた。それを守り切れなかったことを逆恨みしていただけだ」
少ししんみりと、智がそう言うとこのテーブルだけ静かになった。
それを討ち崩したのもまた智だったが。
「まあ一発ビンタしたら気が晴れたけどな!」
「ああ、良いですねビンタ。私も一発やりましょうか」
「何で素振りしながら俺の方を見る」
「いえ別に? 特に理由はないですが、何か思うところでもありますか。コウ」
その智の言葉を聞いて、メイとコウが鞘当てを始める。
「あーお肉美味しい」
そのやり取りは飽きたとばかりに、粛々と肉を食べているユーリアが妙に大物に見えた。




