28 みんなでキャンプ2
守が頑張って膨らませたビーチボールで、バレーをし始めたのをシャーリーと並んで眺める。
「中尉、明々後日からオービットパッケージの点検作業何ですよね」
「大変だな」
「まだ計画書作ってないんですよね……」
「大変だな!」
一泊二日のキャンプを除けば猶予時間が一日しかない事になるのだが本気で大丈夫なのか。
むしろこんなタイミングで誘って申し訳なさを仁が覚えるレベルだ。
「大丈夫です大丈夫。本気を出せば一日でちょちょいのちょいっと……」
「滅茶苦茶自分に言い聞かせている様に思えるんだが気のせいか?」
「それは気付いても言わないのが大人ってモノですよ」
しょっぱなから嫌な話を聞いてしまった。
「お前、私生活はルーズで自分の管轄外は何もしない奴だったけど。自分の仕事は前倒しでやってたじゃないか。どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも……中尉が私の周りにトラブルを持ち込んでくるから……」
「ごめんなさい」
確かに。ここの所仁はシャーリーに借りをどんどんと積み上げている。その内崩れそうだ。
「この前のは見ました?」
「いや」
少なくとも智がIDを再取得してホテルに戻るまでは無理だろう。
うっかり見られたなんて言ったら馬鹿らしい。
「まあ急ぎじゃないです。うちの実家の事。ちょっと上の姉に聞いてみただけです。第二船団支部、大分利益が上がってるみたいで」
「それはおめでとう、でいいのか」
「ええ。ちょっと疑念を持つくらいの成長率ですけど」
つまりそこに裏があるとシャーリーは踏んだらしい。
本来一番苦労するであろう企業の内情調べが、一番捗っているのはちょっとした皮肉だ。
「色々と忙しい時に悪かったな」
「いえいえ。気分転換にもなりますし」
ちらりと、シャーリーは智の方に視線を向けた。
「色仕掛けを仕掛けてくるような輩がいますしね」
「ハニートラップは仕掛けられてないけどな……」
「甘いですよ中尉! そう油断しているとぱくりと行かれるんです」
「お前ハニトラ詳しいの?」
「本で読みました」
「あ、そう……」
詳しいですとか言われたらどうしようかと思ったが杞憂だった。
そして同時にその信憑性が限りなく低いことも明らかになってしまった。
「まあバスタオル一枚で風呂場から出てきたりはしてるけど」
「それですよ! 滅茶苦茶仕掛けられてるじゃないですか!」
「微塵もドキリとしないしなあ」
令と似ていると言っても顔だけだ。
至近距離で顔だけ見ていればまあちょっとは意識するが。
全体として見た時に、所作が違う。
それだけで仁としてはダメな妹を見ている気分にしかならない。
実際義妹(未遂)だが。
「……私の時は、どうでしたか?」
その問いに。
仁は口を閉ざす。即答を避ける。
答え次第では、また二人の関係が変わる。
辛うじて保たれている中尉という軍曹という関係が崩れる。
その後にどうなるのか。どうしたいのか。仁にも分からない。
お互いに納得して今の関係になったのだが、それでも仁はあの時。
確かに。
「お前の時は――」
仁がその切っ掛けを作り出そうと口を開きかけた時。
その顔面にビーチボールが激突した。
空気で膨らませた物だ。ダメージなど皆無に等しい。
「おとーさんとってー」
見れば男女で別れてゲームをしているらしい。
……人数差が酷い。2対5だ。
「あ。東郷のお父さんも入ってくれよ! 兄貴とだけじゃ厳しい!」
「おい守。俺じゃあ不足かよ」
「だって負けてんじゃん今!」
「なるほど男子チームが劣勢か」
ビーチボールを取って仁はそちらに歩み寄る。
今言いかけた言葉の続きは言う事無く。
「おとーさん入るならみおもそっち入る!」
「待ちなさい澪ちゃん。これは男と女の戦いです」
「そうよ澪! ギタンギタンにしてやるんだから!」
「エミッサちゃん。ギタンギタンって中々言わないよ」
「じゃあ教官参加と……えっと、シャロンさんはどうですか?」
「それ渾名なんだけどなあ……ま、いっか。私も参加しますよ」
これで3対6。
シャーリーもバレーに参戦したことで先ほどの問いはうやむやに流れる。
それがある意味二人の答え。
現状維持を選択した。
「よし、やるぞ男子チーム。俺が三人分、笹森訓練生が二人分動けば互角だ」
「すげえ、六歳の俺でも無茶だって分かる作戦だぜ!」
「おい、うちの教官を甘く見るなよ守。マジで三人分位動くぞ」
男子チームのガバガバ計算に対して女子チームは。
「まず狙いどころは守君ですね。というより後二人はちょっとゴリラなので」
「とーやくん狙うの? 可哀そう……」
「甘いわよ澪。戦いに情けは禁物なの……」
「あなた。分かっていますね。エミッサ、でしたか」
「そっちこそ。メイ」
赤毛コンビはその好戦的な性格からすぐに仲良くなったようだった。
「でもさ、守君にレシーブさせると、その後笹森か教官のアタック来るわよ」
「あのお二人に打たれたら私達誰も取れないんじゃないかと……」
「ああ、中尉についてなら大丈夫ですよ」
子供たちの作戦を黙って聞いていたシャーリーが口を挟む。
「あの人何だかんだで子供には甘いんで、多分ギリギリ取れる位に手加減はしてくれます」
「コウは……まあ私達には全力でしょうね」
「そこは頑張るしかないわね……」
コウは同期には全力だろうと諦めの境地で二人は頑張ろうと励ましあう。
ビーチボールなので痛くはないのが救いだ。
「よし、男子たちに勝って美味しくご飯を食べましょう!」
「おー!」
女子チームは結構頭を使っていた。男子が脳筋なだけともいう。
そうして始まるミニゲーム。
事前の予測通り、仁とコウはそれなりに手加減してゲームが成り立つようにしていた。
「何で東郷は俺ばっか狙うんだよ!」
「当てたらアウト何でしょ?」
「それはドッヂボールだ!」
一人、ルールを理解していない奴がいたが。
ルールの説明を受けて目から鱗という顔をする澪。
「道理で外野がいないと思った……」
「澪ちゃんにとって球技と言えばドッヂボールだったかあ」
「今度バレーの試合のチケットが余る予定だから連れて行ってあげても良いわよ!」
「余る予定っておかしいよ、エミッサちゃん」
「雅の分もあるわよ」
「あ、うん。ありがとね」
「余ったチケットを押し付けるだけよ!」
そんな会話を経て試合再開。
水辺ではしゃぐ子供たち。これだけで仁としては連れて来た甲斐があったと思う。
猛獣がそこに投げ込まれるまでは。
「おうい。シャロン殿。ジェイク殿が呼んでいる。何でも機械の調子が悪いらしくてな」
「おや。そうでしたか。すみません、私抜けますね」
機械と言えばシャーリー。
そんな図式で一人抜けて。
「ふむ。では私がシャロン殿の代わりに入ろう。何足は引っ張らぬよ」
「おい馬鹿止せ。死人が出る」
サイボーグである事を知っているのは仁だけなのでその危機感を誰も共有できない。
何を慌てているのだろうと不審の視線で見つめられるだけだ。
「はっはは。バレー程度で死人が出る訳がなかろう」
そう言いながら軽く、智はサーブを打つ。
良かった。手加減するだけの理性はあったのかと仁も安堵しながらゲームを続ける。
だが段々と熱が入ってくると。
「死ねい!」
「今あのお姉さん死ねって言った!」
結構な勢い――ビーチボールとは思えない速度で水面を割るそれを見て守が怯えた声を出す。
「気のせいだ少年よ。おっと、つい力が入りすぎたな」
「ええ……」
男子チームから困惑の声が漏れる。
どう考えても今のスパイクは、割と全力のコウの物よりも強烈だった。
「ふ、勝ちましたわね」
「勝利とは手にすると虚しい物ね」
「良く分かんないけど勝った!」
まだポイントには決着が着いていないが、勝利を確信する赤毛×2と銀髪。
「おい、教官。何なんだあの人」
「第二船団のサイボーグ戦隊」
「身体能力なら俺たち以上じゃねえか!」
「サイボーグ!? かっけえええ!」
何かが守の琴線に触れたらしいがそれはさておき。
「本職じゃねえからあんなスパイク取れねえぞ」
「大丈夫だ。限界は来る」
「来るのかよ……体力も無尽蔵だろ」
仁の言葉にコウは疑わしい目を向ける。
だが彼は忘れている。これはアサルトフレームの模擬戦ではない。バレーなのだ。
「さあ次行くぞ。確かボールをぶつけたらアウトだったな?」
「あ、こいつバレー理解してないぞ!」
澪並みという衝撃の事実が明かされて次のスパイク。
「まずは貴様からだ! 東郷仁! くたばれ!」
「今絶対くたばれって言った!」
守の突っ込み。
それが過ぎてもまだボールは来ない。
あれ、と参加者の視線がボールを探して彷徨う。
「言っただろ。笹森訓練生」
ひらひらと、宙を舞う何か。それは日差しに透けて俄かに幻想的な光景を作り出す。
「限界は来ると」
サイボーグの腕力に耐えられなかったビーチボールは細かな破片に姿を変えていた。




