26 遠征訓練に向けて
口の悪い訓練生は、キャンプだという。
なるほど一理あるなと、ユーリアは己の金の三つ編みを弄りながら思った。
自然の真ん中に降り立って、一週間寝泊まりする。そこだけ見れば間違いなくキャンプだ。
少々その自然というのが未開かつ、未解明なものであるというのを除けば。
「おい、ナスティン。ぼんやりしてんな」
「ああ。ごめん笹森」
ブリーフィングで聞いた遠征訓練の計画。
二週間近い工程に少々圧倒されていたユーリアはコウの声に意識を引き戻される。
銀髪を短く刈り込んだ彼は聞いた計画に対して逆の感想を抱いたようだった。
「二週間も戦闘訓練なしとなると腕が鈍りそうだぜ」
「知ってますか。この期間、食材も現地調達らしいですよ」
赤い髪のお下げを揺らしてメイがそういう。一時期、揉めていた二人だがこうしてまともに会話するようになってくれてユーリアとしては嬉しい。
「マジかよ。食えんのか」
「大丈夫よ。今回行く惑星は、既に発見済み調査済み。危険らしい危険なんてほとんど無い場所なんだから。勿論、食べられるものも分かってる」
「あくまで調査手順を実地で行うだけってことですね」
「そういう事」
「んだよ。そうなると逆に緩すぎねえか?」
コウは割と気楽に考えているが、やることは他にも山ほどある。
そこまで簡単では無いだろう。
ただこの脳まで筋肉で出来た男は、戦闘が無いと満足できないだけで。
「全員資料は受け取ったな?」
ちょうど会話が一段落したタイミングで仁が講義室に入ってくる。
早速とばかりに、今後の予定を発表し始めた。
「さて、遠征訓練だが。今回軌道上からの降下、キャンプ設営を行う。それに伴って軌道上用装備……オービットパッケージを使用した訓練を開始するぞ」
「惑星軌道での戦闘ですか?」
「たまに有る。小惑星上での戦闘でも役立つから覚えておいて損はない」
軌道上戦闘資格は結構使うので取っておくと給金が上がるという、割と生臭い事情も有る。
「さて、復習だ。オービットパッケージ装着時に注意すべき点は? ナスティン訓練生」
「重力に引き込まれないようにするために、脚部周りが増設されたスラスターで固められることです。運動モーメントに大きな変化が生じます」
「笹森訓練生」
「脚部がほぼ固定されるので、格闘戦に制限が生じマス」
「ベルワール訓練生」
「加速力が高いので、急旋回しようとするとバラバラになります」
意外と言っては失礼だが、三人ともまともな回答だった。
それぞれが操縦する時に着目している点で答えてくれた。
4ヶ月めにしてようやく居眠りとかでいちいち怒らなくていい普通の講義になった気がする。
「ではそれを念頭に置いてシミュレーター訓練をするように。慣熟訓練12時間の後で降下訓練。降下ポイント誤差500メートル以内にまで磨くぞ。その後は模擬戦だ」
新装備での訓練には結構時間がかかる。慣らしは大事だ。そこが半端な状態で後の訓練に行っても結局は無駄な時間と成る。
仮想空間上に再現されたオービットパッケージ装備のレオパード。
通常の宇宙戦闘装備、アストラルパッケージ装備時には全長20メートル程度だったのが、今は30メートル近くにまで延長されている。
その要因は脚部に接続された大型のスラスターと、推進用のエーテルを溜め込んだタンクだ。レオパードのエーテルリアクターでは大型スラスター分のエーテルを供給しきれない。
故にアサルトフレームの軌道上戦闘には時間制限が有るのだ。
更には胸部周りにも冷却装置が増設され、大気圏突入時にコックピットを保護するようになっている。
武装も通常のエーテルライフルでは重力の影響で射線が大きく曲がるため、狙撃用のスナイパーライフルをベースにした大型ライフルに換装されている。
言ってしまえば重力に抗いながら戦うための装備なので、そこに更に慣性と戦わせるような事は想定されていない。本来は。
慣熟訓練からの降下訓練。
誤差500メートルというのはかなりの精度だ。通常訓練生に求めるレベルではないそれを、三人はヒーヒー言いながら成し遂げた。
仁との模擬戦で鍛えられた機体制御技術は、重力が相手でも有効に働いた。
そうして、模擬戦が始まる。
オービットパッケージ装備での戦いとなって三人の共通認識であったのは以下のようなものである。
「つまり、教官も格闘戦が封じられてますね」
「あの厄介な機動も封じられているってことだな」
「単純な射撃戦なら砲門数が多いこっちが有利ね」
蓋を開けてみたら。
「普通に切りかかってきたんですけどこの人!」
「何時もどおりくるくる回ってんじゃねえか!」
「二人共近距離以外の射撃下手すぎ!」
という感想が出てきた。
「それじゃあデブリーフィング始めるぞ」
久方ぶりにぐったりとしている三人を置いて仁は淡々と模擬戦を振り返る。
「オービットパッケージの戦闘は初めてだったからか、全員動きが硬かったな。何時もと比べると腰が引けてたぞ」
「いえ、その。教官? 良いですか? オービットパッケージでは近接戦はしないのでは?」
「誰がそんな事を言ったんだ?」
「言っただろうがよ。オービットパッケージ装着時の注意点ってよ」
「そうですよ。格闘戦急旋回禁止って言いましたよ」
教え子たちからのブーイング。それに仁は鼻で笑って答えた。
「笹森訓練生が言ったとおり、注意点だ。禁止事項じゃない」
まとめてしまえばそういうことなのである。
いずれも危険が伴う。アストラルパッケージとの特性の変化を熟知していなければ、機体を自壊させる様なとびっきりの危険が。
だがそのギリギリのラインを見極めて、乗りこなすことが出来れば。
それは軌道上戦闘で大きな武器となる。
「軌道上で戦闘に成る場合、ASIDもその領域に適応していることが多い。奴らはこちらのことなど気にせずガンガン格闘戦を仕掛けてくるからな。こちらから挑めないにしても、いなし方は身につけておけ」
と、言われると割と単調な前衛二人はアッサリ燃え上がるのである。
「こっちからは挑めない、だと?」
「むかっときましたね! やってやろうじゃないですか!」
その日の講義がすべて終わった後の講義室で二人が気炎を上げる。
「それじゃあ、今日も居残りシミュレーター訓練していく?」
「お願いします。ユーリア」
「頼むぜ小隊長」
「はいはい。頼み事の時と私を弄るときだけは息ぴったりなんだから」
ぼやきながら、ユーリアは空きシミュレーターを三台確保する。ここしばらくは、毎日の様に居残って訓練している。
ちょっと前まではベッドから起き上がれなかったのになと、昔を懐かしむ。
ちょっと身体から丸みが失われてきたのが、ここしばらくのユーリアの悩み。あんまりムキムキに成るのもちょっとなあ、という感じである。
「そういえばこの前教官をビンタした人居るじゃないですか」
「ああ。あのチビ助そっくりの」
「誰がチビ……いえ、今は言ってなかったですね」
「あんた条件反射になってるじゃないの……それでその人がどうかしたの」
「何でも、今は教官の家に住んでいるみたいで」
そう言った途端にユーリアの足が止まった。
歩き続けていた二人との距離が開く。
「んじゃやっぱあれか。チビ助の母親だったってことか?」
「そうなんですかね。もしかして教官の浮気がバレたとかでは……ユーリア?」
「そんな……なんてこと。ってことはあの金髪の整備士とは浮気……? 三角関係……?」
無責任な噂話に興じていた二人は、ワナワナと震えだしたユーリアを見て思った。
また病気が始まったと。
「愛人の方に懐く娘……本来自分のポジションを奪っていく焦りが、実力行使に……!」
「おい、小隊長。噂話程度ならともかく妄想はよせって」
「正直、ナマモノどうかと思いますよユーリア。しかも凄い身近な人で」
「だって気になるじゃない!」
気にはなるが、そこまで没頭するほど気にはならないというのが二人の本音である。
「ねえメイ。その話どこの情報。やっぱり情報って鮮度が大事だと思うの」
「落ち着いてくださいって。うわさ話なんですから情報源なんて分かりませんよ」
「ソースも張らないなんて!?」
「興奮すんな小隊長。ほら、訓練行こうぜ。明日は教官に殴りかかれるようにしておきてえ」
「私も旋回をもうちょっとスムーズに出来るようにしたいですね」
「待ってよ、置いていかないでよ!」
ワイワイと楽しげに喋りながら追加の自主練に向かう三人。
共通の試練を乗り越えてきた彼らは小隊結成時よりも遥かに仲良くなっている。その事に当事者たちは気付いていない。
特にコウは他の男子訓練生から羨望の眼差しを浴びていることを。
控える遠征訓練。
その前に待ち構えるのはーー夏季休暇である。




