23 混ぜるな危険
「なるほど。よく分かりました」
リビングのテーブル。
四人座ることが出来るそれが、今日初めて定員に達していた。
仁、澪の住人二人。
シャーリー、智の客人二人。
何時もは広いと思うテーブルも、四人が掛けると少々狭さを覚える。
「仲直りさせるためにハグですか。ええ。澪ちゃんが言うのなら間違いありません」
「発言の信用度は澪の方が高いのか」
「当たり前だろう。何を言っているのだ貴様」
何で仁はシャーリーに弁明することになったのか。その発端に言われると腹立たしさは倍増する。
「それで、誰なんだ。貴様の女か」
「違う」
「違います」
智の不躾な質問に二人息を揃えて否定する。
シャーリーが来てから高まっていた不機嫌さが少し和らいだ。その反応。まるで智が仁に気が有るようだが実態は間違いなく違う。
大方、令の事を忘れてもう新しい女を作ったのか……という苛立ちだろうと仁は推測していた。
「ちょっと用事があって来ただけです」
「さっき昨日の今日でまた来たとか言ってたが」
「ちょっと用事があっただけです!」
言いながらシャーリーは仁に掴んだ荷物を押し付ける。
「これ、頼まれていたものです」
「……助かる」
昨日の今日で、また何か新しいものを掴んだらしい。
とはいえ、智の前で大っぴらに話すわけにも行かない。
「なんだそれは」
「繕い物だよ。俺は下手くそだからな」
という体裁だ。流石に他人の荷物を暴くほど不躾ではないだろう。
中身はおそらく記憶媒体。ここまでの調査結果がまとめられている。
「そうか」
自分から聞いておいて、興味なさげにしながらタブレット端末を操作する。何事か一区切りが付いたのか。自分のカバンにしまいこんで立ち上がる。
「さて、キッチンを借りるぞ。東郷仁」
「好きにしろよ」
「無論。ってなんだこれは。ホコリ被っているじゃないか。これだから第三船団は……」
「待ちなさい。何をするつもりですか貴女は」
堂々と人の家のキッチンを貶す智に、シャーリーが立ち上がった。
「何って。料理だが」
「料理!?」
「料理できるの!?」
女性陣の反応は劇的だった。
シャーリーは何か大きくショックを受けたように愕然とし。
澪は料理と聞いてわかりやすくテンションを上げて立ち上がる。上げてから、いや、私は興味無いですけどね、みたいな顔をして座った。バレバレである。
「っていうか何で貴女がここにいて中尉の家でさも当然の様に料理を始めているんですか」
「何故って。しばらくここに泊まるからな。料理は宿代みたいなものだ」
「だから宿代は別だって言ってんだろ」
「どういうことですか、中尉いいい!」
「やめろ。胸ぐらを掴むな。襟元がよれよれになんだろ」
今日だけで二人から掴まれた仁の服の襟元はもうぼろぼろだ。
これは明日から部屋着にしようと決める。
「泊まるって。泊まるって」
「いや、そんな大仰に捉えるな。お前だって泊まっただろ」
「それはそうなんですけどね!」
「何なんださっきから……ところで澪ちゃん。何か食べたいものはあるか?」
「……ハンバーグ」
若干警戒しながら。それでも好奇心を隠すことが出来ずに澪は要望を伝えていた。この時点で既に澪は智に負けている。
「よし来た」
「話を勝手に進めないでください!」
「いや、だから何なんださっきから。と言うか誰なんだ貴女は」
「私はシャーリー・ーー」
「しゃろんはね、しゃろんっていうの」
ワクワクを隠せない澪に、名乗りを潰されてシャーリーはちょっと凹む。後それは渾名である。残念ながらそれを修正するよりも先に智の中ではシャロンという名前がインプットされてしまったようだ。
「ふむ。シャロン殿。それで私の何が問題なのだろうか」
「むしろ問題じゃないところが沢山すぎて何も言えません! えっとお名前は!」
「楠木智だ。よろしく頼む。シャロン殿」
「あ、こちらこそ」
鷹揚に手まで差し出されて、シャーリーはそれを取って握手してしまう。
「それで楠木さんは何故ここに!」
「東郷仁のせいでIDを落としてしまってな。仕方ないのでここに泊まることにした」
「何やってるんですか中尉!」
「いや、俺のせいじゃないよ。大事なもの落とすこいつが悪いんだよ」
今日のシャーリーは叫びっぱなしだなと仁は思う。喉、大丈夫だろうか。
「それで、シャロン殿は東郷仁とどの様な関係だ?」
「それは……」
シャーリーが仁に視線を向ける。
関係。今の二人の関係は何なんだろうかと仁も思う。
元恋人。操縦士と機付き整備士。或いは、澪の保護者?
「おとーさんとしゃろんはね、一緒にお風呂入って一緒に寝るの」
「やはり愛人ではないか。子供の前で……」
智の視線に一気に軽蔑の色が混ざった。
「操縦士と機付き整備士です!」
「その時は全部澪も一緒だったからな!」
「二人は仲良しなの」
「ほーう?」
智が仁に向ける視線が厳しい。
「まあいい。シャロン殿。夕食はどうする? 二人分も三人分も大して変わらん。食べていくなら作るぞ」
「いただきます」
「なあ、もしかしなくてもそれ俺の分入ってないよな?」
「仲間はずれはダメです」
澪にダメ出しされて、智は舌打ちしながら仁の分も材料を注文する。十五分ほどで届いた食材を前に、智はテキパキと調理を始めた。
「すごーい。じぇいくみたい!」
「ほう。そのジェイクとやらも料理をするのか」
「うん、とってもおいしい」
「それはそれは。第三船団人としては珍しいな」
その手際に澪はすっかり魅了されている。やはり掴むのは胃袋からか……と仁は考える。
「ちょっと。中尉……! 本当にどういうつもりですか! 彼女第二船団の派遣部隊ですよ!」
小声で怒鳴るという器用なことをしながらシャーリーは仁を詰問する。
そのシャーリーに、仁は無言で耳を指さして、智を指差す。
そして智には見えないように口元を隠しながら、唇だけを動かす。
『きこえてる』
その一言でシャーリーも、相手がサイボーグ戦隊の一人だとわかったのだろう。
会話内容を当たり障りのないものに変えた。
「大体泊めるって言ってもこの家、ベッド一つしか無いじゃないですか。どうするんですか」
「ソファーにでも叩き込む」
「おい、聞こえてるぞ東郷仁。それが東郷家での客人のもてなし方か?」
「生憎だが、押しかけ客人のもてなしはそんなもんだ。別にサイボーグなんだから疲れないだろ」
「まあな」
結構小声で話していたのだが、智には筒抜けだったらしい。聴覚強化も施されている。
シャーリーの言いたいことは分かる。
これでは当初予定していた密会ーー艶っぽい話ではなく、今しがた第三船団を取り巻く不明な状況についての話し合いは無理だろう。
となると、仁の家がダメならばシャーリーの家しか無い。
指先だけでシャーリーの家の方角を指して仁が頷けば、シャーリーも委細承知とばかりに頷いた。これでひとまずは安心だ。
「よし、出来たぞ」
後は当たり障りのない会話をしたり、智の料理の腕前にケチをつけたりしながらして過ごす。
その間、シャーリーが妙に小姑めいた言動を繰り返していた。料理をすれば火柱を立てて天井を焦がす腕の持ち主がである。
そうして出来上がったのは、澪のリクエスト通り、ハンバーグだった。付け合せとスープ。炊いたライス。その並びに、仁は郷愁めいた物を呼び起こされる。
ああ。覚えている。
これと全く同じ物を。以前にも見た。
『はい。ハンバーグ出来たよ。結構うちだとよく作るんだ。妹が大好きでね』
令の言葉が鮮やかに思い出される。
震える手で一口食べたら、それは涙が出るほどに懐かしい。
二年以上前に食べた令の手料理と全く同じ味だった。
「おいしーね」
「うう……私より全然上手です……」
澪も嬉しそうに。シャーリーは己との格差に嘆きながら食事をする。
一口食べただけで固まっている仁に気付いて、智は何か言おうと口を開きかけ、閉ざした。
「……どうして」
唇を噛む。
智は元はといえば仁の事を嫌いではない。
二年前。既に全船団でも有数の操縦者だった仁。その名に憧れていた訓練生の一人であった智。
接点など無いはずだった。
姉の結婚相手が仁でなければ。
大好きな姉と、憧れのエースが結婚する。それは智にとっても驚きに満ちたニュース。
その日を心待ちにして。
あの日すべてが狂った。
姉の葬儀で仁は涙を流さなかった。
ただ自分の力不足だと言って言い訳もしなかった。
どうして泣いてくれないのか。
姉のことを愛していたのではないのか。
どうして何も言い訳をしてくれないのか。
宇宙で一番強い人でもどうしようもなかったのなら、きっとそれは誰にもどうしようもなかった。
それは智の中の理想を仁に押し付けているだけだと分かっている。
それでも。
泣いて欲しかった。
諦めさせて欲しかった。
だってそうじゃなければ。
姉の死は。
その責任は仁に有るということになってしまうのだから。
そして見捨てて逃げ出したのだという話を聞いた今となってはもう、そうとしか考えられない。
「どうして、今更……」
今にも泣きそうな表情をしている仁を見て、智は下唇を噛み切った。




