22 澪の仲直り方法
結局仁は押し切られた。
と言うよりも今後の生活と、数日泊めることで生まれるトラブル。その2つを天秤にかけてまだ後者のほうがマシであるという結論に達したのだ。
「荷物が多い」
「仕方ないだろう。長期滞在なのだからこれくらいは必要だ」
「うちには長期滞在させねえよ。ID再発行されたらすぐに出ていけ。いいか? フリじゃないからな! 本当にすぐ出てけよ!」
「言われずとも」
「だったらその荷物の一部でも預けてこいよ……! 金なら貸してやるから!」
「貴様からの施しなど受けん」
「今まさに受けているやつが何か寝言吐いてるぞ」
到底仲良くする気のない会話をしながら二人は家路につく。
争点と成るのは智の大量の荷物だ。
「良いから。そんな量の荷物持ち込まれてもこっちも困るんだよ。長期滞在向けのホテルじゃねえんだから」
「ちっ。仕方ない。貴様の懇願を聞いてやるとするか」
「お前やっぱ野宿しろよ」
「『お願いします。何でもしますから。私のこと好きにしていいですから、身体だけの関係でいいですから捨てないでください……』そう泣いてすがりつかれる準備は出来たか?」
「マジで自爆じゃねえか」
しかもここ大分仁の家に近くなってきたので本当にダメージがでかい。知り合いとか澪の学校関係者に見られたら最悪だ。
「あれ、東郷のお父さんだ。こんばんは」
と、意外な礼儀正しさを見せる守が仁を見つけて挨拶に来る。
最悪だ、と仁は思った。
「ああ、こんにちは。東谷くん」
だが流石に大人として無視するわけには行かない。
ちらりと、智を見上げて。不審そうな顔をする。
まあそうだろう。澪とよく似ているのだから。仁なんかよりも遥かに。
「東郷のお母さん?」
「違う。断じて違う。だからそんな不吉な事を言うな」
思わず守の肩を掴んで。その瞳を覗き込みながら仁は言う。
「良いかな?」
「は、はい……」
「おい、子供を怯えさせるな。行くぞ」
不審者として子供を怯えさせまくってたお前が何を言うかと思ったが、守の前で口には出せない。サイボーグの腕力で引きずられていく仁。
「おい、襟が伸びる。離せ。またな、東谷くん!」
「あ、はい! さようなら!」
その二人を見送って守は呟く。
「やっぱ東郷の親だから何か変だな」
色々と失礼であった。
そうして脅されながらも智は仁の家にたどり着く。
そこで仁はふと気付いた。
「しまったな。晩飯どうしよう」
言うまでもないが智を訓練校の食堂に連れて行くには差し障りが有る。
前回は演習の件で来ていたようだが、今回は改めて許可を取る必要が有るだろう。正直面倒くさいと共に、そんな短時間では取れない。
智を一人置いていくのは絶対にNGだ。部屋に何をされるかわからない。
では智一人、別の場所で食事をさせるか。これが一番安定な気がする。これにしようと仁が決めた直後。
「ふむ、だったら私が振る舞おう。宿賃の代わりだ」
「いや、宿分は別に払え。ってお前料理できるのかよ」
「まあ人並みにはな」
意外だった。
そう考えて仁は思い直す。智は第二船団出身。加えて令の妹だ。むしろ知らないほうが不自然かも知れない。
「まあ食えるものは保証する。任せておけ」
「サイボーグの強化消化器官じゃないと消化できない料理とかはやめてくれよ……」
「そんな物は存在しない」
そんな会話をしながら玄関をくぐる。
「あ、おとーさん。おかえりなさ……」
明るい声で迎えてくれた澪の声音が段々と萎れていく。
そうして最後には。
「ふかーっ!」
何か威嚇する猫の様になった。気持ちは分かる。
「おお、それは猫のマネか。可愛いな」
智。動じず。この鈍感力は見習いたい。
頭を撫でようとした智の手を掻い潜り、澪は仁の左脇あたりに抱き着く。
「おとーさん、この人いじめっ子だよ! 何でいるの!」
「あ、まあ。うん。ほんと何でだろうな……」
冷静に考えると本当に何でだろうと仁も思わずに居られない。やっぱり今からでも追い返そうか。でもそうしたらあの殺し(仁の社会的立場を)文句を言うんだろうなと思うと躊躇する。
「今この人と、俺は喧嘩中なんだが」
「喧嘩?」
「そう」
「喧嘩なら仕方ないね……」
「え、これで納得しちゃうの」
まだ前振りの段階だったのにと仁は驚く。
「だって喧嘩してる時はみおも嫌な気持ちになるもん」
「澪……」
「だから喧嘩してる時は仕方ないの。早く仲直りしてもらえるようにみおも頑張ります」
多分本人に取ってはキメ顔をしながら澪はそういった。
優しい子に育っているようで仁も嬉しい。知らぬ間にどんどん育っていっている気がするが。
「だからおとーさん、だっこ」
「? はいはい」
「ちっ」
後ろで舌打ちしないでほしい。親子仲が悪くて申し訳ないなと笑みを浮かべながら振り返る。
自慢するように澪を抱きかかえる。
「違う」
「え、何か違ったか」
澪のダメ出しに情けないやつと智が笑みを浮かべる。なんて嫌な性格だと仁は心の中で舌打ちする。
「みおじゃなくてあっちのおば……おねーさん」
「今おばさんって言いかけなかったかい!? 私まだ17なんだけどな!」
「そこかよ。いや、澪? 何で俺が智を?」
「仲直りにはだっこするといいの」
それ、澪調べですよね。とは突っ込めない。
「だっこされるとほわーって成るから嫌な気持ちもどこかに行くの。だから喧嘩しなく成るの」
「良い子良い子」
可愛いことを言う娘の頭を撫で回す。
「もーみおじゃなくて、あっちのおねーさん!」
「智な。楠木智」
「ともさんの方を抱っこしてナデナデしてあげて」
さらっと項目が一つ追加された。
その智は手鏡を取り出して自分の顔を見つめていた。
「老けて見える……? 最近出撃続きだったから……? やはり私も人工皮膚によるアンチエイジングを行うべきか。まだ早いと思っていたのだが……」
「やめとけやめとけ。見た目だけ若くしても不自然だ」
別に他意は無いが。仁としては令とよく似た顔を改造してほしくはなかった。
「澪。今すぐ仲直りしないとダメか」
「喧嘩している人はおうちに入っちゃダメです」
この家の真の支配者がそういうのだから仕方ない。そういうルールだ。
話に追いついた智も死ぬほど嫌そうな顔をしている。
「変なところ触ったら捩じ切る」
「何をだよ」
「身体から飛び出ている箇所全てに決まっているだろう」
「容赦も躊躇いもない……」
即答する辺り、普段からも考えていることではないだろうかこれ。
「はやくはやく」
澪さん。何だかちょっとワクワクしてませんかと思いながら仁は智を軽くハグする。
顔が近づく瞬間、ちょっと緊張したのは否定できない。
年齢が近い分、やはり智のほうが令に似ているから。
「ナデナデも」
ディレクターの指示に従って仁は智の頭を撫でる。ポニーテールの結び目が慣れない手触りを返してくる。
「こんな事をされて、私が許すとでも思うなよ」
「思うわけがないだろ」
そんなに楽天的にはなれない。
仁が令を守れなかったことは事実なのだから。
純粋に、仲直りを考えてくれた澪には悪いが、この状況を仁は見逃すわけには行かない。
「第二船団は、何を考えている」
「何?」
「この前の繭状の物回収と良い、第三船団で妙に動き回っているみたいじゃないか」
そういえばあの時のグリフォンは大した腕だった。声から推定すれば、乗り手は智ということになる。まるでこちらの動きを読んだかのように正確な照準。
あれが智の実力だとしたら相当高い。
「こちらの救援要請に合わせて来たとは思えない動き方だな。何を企んでいる」
「さあな。何か企てがあったとしても末端の私が知るわけがないだろう」
その返答に、仁は嘘を感じ取った。ああ、本当によく似た姉妹だと思う。
こうして嘘を吐いた時の身体の反応が全く同じだ。
嘘を追求する時は仁も令もこうして相手の反応を確かめていた。もっぱら仁は追求される側だったが……。
「ただ何か企てがあったとしてもこれだけは言える。我らの目的は人類皆の為になるものだと」
その言葉に嘘は感じられない。己の信念に基づいての発言。
だが、鵜呑みは出来ない。
更に追求しようと仁は口を開きかけ。
尋問に集中していて、澪がインターホンに対応しているのを見落とした。
玄関のドアロックが解除されると同時。ここ最近聞き慣れた声がする。
「お邪魔します中尉。昨日の今日ですけど来ちゃいました……」
ドサッと荷物が落ちる音が背後から聞こえてくる。
嫌な汗が仁の背中を伝い始めた。
「しゃろんいらっしゃい」
「ん? 誰だ」
仁の腕の隙間から智が顔を出したことで、背後の人物ーーシャーリーの許容値はオーバーしたらしい。
「な、何をやっているんですか。中尉!」
別に何も悪いことはしていないのに。仁は土下座したくなった。




