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21 智と仁

「どういうつもりだお前」

「い、いきなりなんだ東郷仁。と言うかどうやって私の部屋を……」

「お前のところの隊長に聞いたんだよ!」


 先日の演習の際に連絡先を交換しておいたのだ。

 まさかこんなに早く役立つとは思わなかった。


 荷物爆撃の翌日。

 智の滞在しているホテルの部屋を突き止めた仁は勤務時間が終わると早速抗議に来ていた。


「個人情報の漏洩ではないか!」

「ストーキングで手に入れた個人情報でプレゼント爆撃するやつに言われたくない!」

「そうだ。どうだあの心の籠もったプレゼントの数々は。きっと澪ちゃんも気に入って……」

「全部返品したわ馬鹿もの!」


 あれだけの数の荷物を返品手続きするだけでも大変な手間だった。


「何! あ。本当に全部返品してる! 注文するの大変だったんだぞ!」

「返品するほうが大変だったわ! 限度を考えろ限度を!」


 おかげで仁は寝不足である。

 そのせいで今日の模擬戦では開始直後に一瞬でコウが二回撃墜された。完全な八つ当たりである。


「良いか。親として、あんな大量のプレゼントをほいほい娘にくれてやるわけには行かない! 初孫甘やかすお婆ちゃんかお前は!」

「そんな年じゃない!」

「知ってるよ17歳! もっと金は大事に使え!」


 無理に続柄を当てはめるのならば、祖母ではなく、叔母だろう。


「それでも強行するっていうのなら俺にも考えが有る」

「……何?」

「これだ」


 一つのアドレスを智の前に示すと顔色が変わった。


「貴様! マーー母さんに連絡するなんて卑怯だぞ!」

「俺だってこんな情けないことで連絡したくはないわ!」


 二年前の令の葬式。

 直接顔を合わせたのは初めてだった仁のことを、例え籍は入れてなかったとしても義理の息子だと言ってくれた人。

 何か困ったことがあったら連絡を頂戴ねと渡された連絡先。

 この二年間、仁からは一度も連絡をしないという不義理を重ねた相手だ。


 どうにか立ち直ったことを報告したいと、そう思っていたのに。


「お前のせいで順番狂ったらどうしてくれる!」

「知らないわ!」


 ホテルの廊下で大声の喧嘩。

 何事かと部屋から顔が出てくる。


「くそっ。下のラウンジで待ってろ。すぐに行く」


 そう言って智は顔を引っ込めて部屋に戻る。

 場所は既に割れている。絶対に逃さない。


 ホテル一階のラウンジで待つこと数分。

 私服に着替えてきた智が降りてきた。


「改めて話を聞こうじゃないか。あんな卑劣な手を使ってまで私に言うことを聞かせたいのだろう。貴様は」

「言い方に悪意を感じるがその通りだ。後お前未成年だから。問題起こしたら親に連絡行くのは当然だから」

「あれの何が問題だというのだ」

「お前本気でストーカーの裁判事例でも見てこいよ。十分問題だよ。問題だと思っていないことが大問題だよ」


 智と仁は似ている。誰だそんな事を言い出したのは、と仁は自分を棚に上げて憤る。

 いくら自分でもここまで非常識なことはしない。


「まず第一に、あんな大量のプレゼント単純に邪魔だ。受け取るのにも一苦労したぞ」


 ついでに言うと家に入るのにも。

 第三船団では監視システムが発達しているので荷物の置き引きは完全に追跡できる。そのため荷物は受取人が居なければ勝手に家の前に置いていってしまうのだ。


 尤もあの数だ。仮に仁が家の中に居ても何度も何度も受け取る羽目になって苦労したことには変わりがないのだが。


「あれは私の思いの現れだ。どれだけ深く澪ちゃんを思っているか。それを物で表すのは無粋だが……」

「二つ目。単純にチョイスがちょっとどうかと思う。あれお前が着てほしい服だろ」

「可愛いだろう!」

「多分似合ったと思うが、手加減しろバカが! 正直気持ち悪いぞ」


 四季に応じた様々な衣類。

 正直あんなに合っても困る。あとサイズを教えても居ないのに把握してるのが怖い。


「三つ目! そもそもろくに面識のない相手からのプレゼントを澪が喜ぶか!」

「なっ……」

「言っておくが。澪の中でお前の好感度は最低だからな」


 誰にでもすぐに懐いて仲良くなる澪の中で、智は例外的に嫌われている。

 ビンタしたのは誰かと聞かれた時に妹と答えてしまったせいで、妹全般を嫌いになるほどには嫌っている。


 大好きなおとーさんをいじめた人。

 それだけで既に極大のマイナススタートだ。ゼロに戻す道は遠い。

 加えて不審者の格好でうろついていたのもマイナスだ。

 澪の中でこの2つはイコールでつながっていないが、繋がった時は大変だろう。


「馬鹿な……」

「バカはお前だよ」


 項垂れている義理の妹に成るはずだった相手を見て、仁は頭痛を覚える。

 この傍から見ているとすぐに分かるような問題で空回っている感じ。本当に見覚えが有るのが腹立たしい。


「……まずは手紙で謝罪をするところから入るべきだろうな。プレゼントはそこからだ」

「東郷仁……貴様」

「誠心誠意謝ればアイツは優しい子だからきっと許してくれる」


 このまま落ち込んでいてくれたほうがトラブルは少ないだろう。

 だが、ここでも仁は思ってしまったのだ。もしも逆の立場だとして自分が澪に嫌われてしまったら。例えそれが令とは関係ない相手だと言われてもそれはショックだろうと。


「感謝する……」

「気にするな。しっかりと謝罪の文章を書くんだぞ?」

「謝罪文か……待て、謝罪文だと?」


 ようやく気がついたか間抜けと仁は笑う。


「そうだよ謝罪文だ! 澪ちゃんのお父さんの打ってごめんなさいとな! きっと澪は聞いてくるだろうな。おとーさん、許してあげる? と! つまり、澪が許してくれるかどうかは俺次第と言うことだ!」

「東郷仁! 貴様あ!」

「ハッハハハハ! さあ。分かったらさっさと手紙を書くんだな。俺が思わず許したくなるような、感動的な手紙をな!」


 ちょっと寝不足で仁のテンションがおかしかった。それに合わせて智のテンションも際限なく高まり。


 他のお客様の迷惑ですと追い出された。


「くそっ。お前のせいで私まで追い出されたじゃないか。あのホテル気に入っていたのに」

「あれで一発アウトってことはお前今までにも問題起こしてたんじゃないのか?」

「そんなわけ有るか! 貴様のせいだ東郷仁!」

「いちいちフルネームで呼ぶなよ鬱陶しい……」


 仁のせいだとグチグチ言う智。

 彼女を置いてさっさと家路につこうとする仁。


「おい。貴様どこに行くつもりだ」

「どこって帰るんだよ」

「おま、ふざけるな! 誰のせいでホテルを追い出されたと思っている!」

「少なくとも俺だけのせいじゃないな」


 一緒に騒がしくしていた智にも責任の一端は間違いなくある。

 それと同じくらい仁にも有るのは間違いないが。


「貴様にも責任の一端はあるのだから新しいホテルまで荷物を持つくらい……あれ」


 そこで何かに気付いたように智が荷物を漁り出す。


「……遊んでるなら帰るぞ?」

「待て」


 短くそう言われて。別に聞く理由もないのだが、無視する理由もなくて。

 数秒後にやっぱ無視して帰ればよかったと思う決断をした。


「……ID落とした」

「お前たち姉妹はさあ……!」


 何でそんな大事なものをホイホイ落とすんだよと。


「ど、どうしよう」

「まずは再発行手続きだな。役所は……しまってるから明日の朝行け。後は大使館で泊めてもらえ」

「バカを言うな! 私達は第二船団の代表だぞ! こんな間抜けな理由で大使館の世話になどなれるか!」

「代表ならもっと言動に気を使えよ……んじゃ他の隊員のホテルにでも転がり込めよ」

「他のやつの世話になったら向こう一年はこのネタでからかわれ続けるじゃないか!」

「知らんよ」


 なんとなく今の言葉で智の部隊内での立ち位置がわかった気がする。おそらくは最年少だろうから可愛がられているのだろう。

 それはさておいて、智が面倒くさいことを言い出す前に仁はとっとと帰ろうともはや挨拶すら省略して歩き出す。

 その手を、万力のような力で掴まれた。


「おいおい、離せよ。骨が折れるじゃないか」

「昔姉さんから聞いた話を思い出したのだが、姉さんもIDを落とした時、貴様の家に泊まったそうじゃないか」

「令のやつ。んなことまで話してたのか」

「泊めろ」

「人にものを頼む態度かそれは」

「貴様のせいでホテルを追い出されたんだろうが。ID紛失もそれがなければ起こらなかったんだぞ!」


 ぎりぎりと骨が悲鳴を上げる。


「嫌いな俺の家に泊まっても仕方ないだろ」

「澪ちゃんがいるだけで十分だ」

「賭けてもいいが顔も合わせてくれないぞ」

「構わん」

「残念だが俺の答えはノーだ」


 だから手を離せと振りほどこうとするが、全然剥がれない。腕痛い。


「良いのか。私には最後の手段が有るんだぞ」

「何をする気だ」

「今この場で、お前に捨てられそうになっている女の振りをする。第三船団のエースの女遊び。明日のスポーツ紙の一面が賑わいそうだな」

「お前、正気か……!」


 しかも半分くらいは事実なのがたちが悪い。完全な自爆技だが、第二船団にいずれ戻る智の方がダメージは少ないだろう。


「簡単な計算だ東郷仁。ID再発行まで私を泊めて平穏を守るか。それともここで未成年に手を出した挙げ句に捨てたクズ男に成るか」


 この後先考えない感じ。全く持って不本意ながらよく似ていると仁は思ってしまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] コントめいたこのやり取り好きです(*´ω`*) 相性は悪くはないんですね~、仁と智 令といい、智といいw てか令はほんとにID落としたのか?(* ゜∀゜)
[良い点] シリアスがどっか行った [気になる点] とっかで反動がありそうで怖い……
[一言] アホすぎてお腹いたい
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