17 澪の学園生活
「えみっさ。お昼食べよ」
学校の給食の時間。
あまり美味しくないそれを食す時間を、澪は最初嫌いだった。
だけど今はそうでもない。
美味しくないご飯も、友達と一緒ならばちょっとだけ美味しい。
「ふん、別に私はどっちでもいいんだけど。どうしてもていうのなら一緒してあげてもいいわよ?」
エミッサ・カーマイン。
曰く、移民船団運営議員の一人娘らしい。
派手な赤い髪と、その尊大な性格。
余り、人付き合いが得意な方では無い。
孤立していたのを寂しそうだと思って澪が話しかけていたら何か仲良くなったという経歴の持ち主だ。
友達の作り方には正解が無いのだと、澪は敗北感を覚えた。
「うん、どうしても。どうしても。みやびも食べよ」
よく聞けば、エミッサは自分がして欲しい事を口にしている。
そういう意味では澪としてもわかりやすい友達だった。
「うん、良いよ」
長谷川雅。
初日に澪の髪をキレイだと言ってから、澪と一番話す女の子だ。
良く二人で読んだ本の話をしたり、新しい本勧め合ったりしている。
「そういえば雅。この前の本は中々悪くなかったわ」
「ほんと? エミッサちゃんの好み、段々分かってきたかも」
雅がエミッサの褒め言葉ーー分かりにくいが、これはエミッサにとってはとても面白かったの意だーーに顔を綻ばせた。
友達を理解できて嬉しいと、表情が物語っている。
「みおのは?」
「……ちょっと子供っぽすぎるわね」
澪から貸して貰ったペンギンの大冒険は、おませなエミッサには不評だったらしい。
好きな物を共有できなくて澪はちょっとだけ寂しい。
「面白いのに」
「私はもっと大人っぽいものが好きなの」
「でもペンギンの大冒険も大人のファンも多いみたいだよ?」
雅がそう言うと、エミッサは目を瞬かせた。意外だったらしい。
「そうなの?」
「うん、子供向けにシンプルまとめた話の中に、深いテーマが隠されてるって」
「む……」
それを見つけられなかった自分はまだ子供だと言われた気がしてエミッサは押し黙る。
対して愛読者である澪はほへーと口を開けて感心していた。
「そうなんだ」
「澪もまだ見つけられていなようね。いいわ。そのテーマ。私が見つけて澪にも教えてあげる」
「あのね! 三巻のイワトビペンギン村での決闘が凄いからそこまでは絶対読んでね!」
「さらっとネタバレするんじゃないわよ!」
そんな風に楽しく会話をして、給食のキューブフードを食べ終えたらいよいよ戦の時間である。
「行くわよ、澪。今日こそあいつらを叩きのめしてやるわ」
「おー! 叩きのめす!」
「二人共そんな乱暴な事いっちゃだめだよ?」
腰の引けた雅の制止も、今の澪を止められない。
何故ならこれは。
「げこくじょーは許さない!」
子分たちの反乱なのだから。
発端は、澪の子分その1であるところの東谷守が言い出したことである。
「なんでかけっこで負けたくらいで子分にならなきゃいけないんだよ!」
尤もな意見である。
そもそもそれを言い出したのが自分でなければ。
彼がそんな事を言い出したせいで、澪の頭の中にはかけっこに勝つ=子分にするという山賊的な図式が刻まれた。彼の罪は深い。
そんなことを知らない、被害者1と2。別名子分その2とその3は守の反乱に乗っかった。
そうして始まったのがお昼休みのドッヂボール対決である。
先に2連勝したほうが負けた方を子分にするという約定。根本的なところで変わってない。
最初は3対3のミニゲームだったのが、いつの間にかクラスの男女対抗戦になっていた。
多分そのうち本題を忘れるだろう。
要するに、平和だった。
「今日こそ決着つけてやるからな!」
「とーやくんは算数ができない。昨日みお達が勝ってるから、決着をつけるのはこっちの方」
守は残念ながら算数は0点だった。
「う、うるせー! 算数できれば偉いのかよ!」
「少なくともできないよりは偉いに決まってるでしょ。この超絶バカ!」
守の負け惜しみにエミッサが強烈な罵倒を浴びせる。澪と違って容赦がないので、男子たちの心はガシガシと削られていく。
「黙れブスー!」
「戦いのときにおべんきょーなんて役に立たなんだよ!」
「俺たちはこの運動神経で生きていくんだ!」
ブスと言われて実力行使に出ようとするエミッサを雅が必死で抑える中、澪が不思議そうに言った。
「でもみんなみおより足遅いよ?」
普段の口撃力はエミッサのが上だが、ここぞという時には澪は結構相手の心を抉りに行く。
今回もいよいよ反論できなくなった男子達がちょっと泣きそうになりながらも試合を無理やり開始した。
さて澪率いる女子チームだが、実は結構強い。
しっかりルールと、戦術を勉強している雅。
それを元にえげつない攻め手を考案するエミッサ。
そしてそれを完璧に実現する澪。
この三人を主軸に男子たちとは互角の戦いを行っている。
「いけ澪! 股間を狙うのよ!」
「わかった!」
主にこれが原因である。
澪の正確無比な弾道が男子を次々と再起不能の状態で外野送りにしていくのである。
血も涙もない作戦である。
そしてシンプルな話として、下半身を狙う低い球筋は取りにくい。
澪のコントロールがブレることはほぼ無いので、二重の意味で必勝の策だった。
だが男子チームはいずれも運動神経にだけは秀でている。
女子チームの方が数が多いが質としては斑がある事。
そしてタイムアップ……昼休み終了時は外野の人数が少ないほうが勝ちとしたこともあって、女子に潰されずに済んでいた。
そして今日は男子チームに秘策があった。
「行くぜ、フォーメーションAだ!」
守の号令と共に男子が全員膝を曲げて腰を落とす。
それだけで澪の狙いどころ(股間)はグッと狙いにくくなった。
男子たちも必死だった。
澪から己の身を守るために必死でキャッチの練習をしたのだ。
体全体を使って包み込むようにキャッチされては、澪の球威では中々アウトにさせられない。
「むむ。このひきょーもの」
「股間ばっか狙うやつに言われたくねえよ!」
「スポーツマンシップはねえのかよ!」
男子。大ブーイング。
「何よ! 取れないあんた達が下手くそだっただけしょ! 澪は背低いから球筋も低いのよ!」
股間を狙えと言ったその口でこんな事をいうエミッサ。
彼女のダーティープレイ上等な戦い方は確実に澪に悪影響を与えている。
攻守交代した男子はそのままの勢いで女子にボールをぶつけて得点する。
ようやく戻ってきたボールに、エミッサは舌打ちする。
「ちょこざいな連中ね」
「ちょこざいって中々言わないなあ」
「ちょこざい!」
「雅、何か良い考えないの?」
「えっと肩の辺りを狙ったりとか? あの陣形なら、うまく曲げれば二人にヒットできるかも」
「よし、澪。スライダーよ!」
その無茶ぶりに澪は。
「わかった!」
と軽く応じる。
その二人のやり取りを雅はペットと飼い主みたいと少し失礼な事を考える。
澪の投げたボールは本当にスライダーだった。
直球とほとんど変わらない球威で、キャッチの姿勢に入った男子の手元で曲がる。
狙い通り、一人目の肩に当たって跳ねたボールは隣の男子に向かい、その顔面で受け止めた。
「やった二人!」
「二人目は顔面だからセーフだよ、澪ちゃん」
「そうなの?」
顔面はセーフか、と澪は覚えた。
そのまま、またボールが男子に移る。
「カーマインだ! カーマインを狙え!」
「あいつと東郷を同じフィールドにいさせるな!」
割と必死で男子はエミッサを狙う。
澪とセットにしておくと、えげつない戦術を澪が実行してくるので男子には恐怖の対象だ。
この二人を引き離さないと次は何をしてくるかわからない。
「ちょ、卑怯よ! 女の子一人狙うなんてこれだから男子は!」
「お前が言うな!」
男子から集中砲火を浴びせられるエミッサはとうとう足をもつれさせて転んでしまった。
「死ねっ!」
殺意の籠もった一投。エミッサが目を閉じて衝撃の備えるが、予想に反して痛みはない。
「エミッサはみおが守る……!」
颯爽と。まるでナイトの様にエミッサの前に立つ澪。その後ろ姿にエミッサはちょっと頬を染めた。
そして肝心のボールは見事キャッチしていたーー顔面で。
「顔面はセーフ!」
鼻血を垂らしながら堂々とそう宣言する。
血に慌てる女子たちを尻目に、守はゲームを中断して澪の頭を軽く小突く。
「あほ、保健室行くぞ」
すっかり慣れた様子で、守は澪を保健室に連れて行く。
顔合わせた初日で鼻血出しているところを見せられたベテランだ。面構えが違う。
「ずるい、みおセーフなのに!」
「鼻血出したからふしょー交代だ」
文句を言う澪を引きずりながら守はそういった。
その日の帰宅後。鼻血で汚した服と共に悔しそうに「負けた……」と仁に報告する澪の姿があったとか。




