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16 第三船団の夏

投稿失敗したので本日二話更新となっております。ご注意ください。

 最近、通学路に不審者が出るらしい。

 そんな話が澪の初等学校から連絡されて来た。


「物騒な話だな」


 その連絡を見た仁はぽつりと呟く。


「澪は見たことあるか?」

「んーない!」


 すっかり馴染んだ訓練校の食堂。

 ジェイクの作った夕食ーー今日はカレーだと言われたーーを口の周りに付けながら澪が元気一杯で答える。


「なるべく、一人で帰るのは避けるんだぞ?」

「大丈夫。とーや君と一緒だから」

「そのとーや君だが、近いうちにうちに遊びに呼んでもいいぞ?」


 ちょっとどんな子供なのか気になる。

 澪から話を聞く限りではとてもいい子……どころか澪が迷惑をいっぱいかけているような気がする。


 好奇心旺盛な澪がどこかへ行くたびにとーや君と長谷川ちゃんが苦労している話しか出てこない。


「んーそのうちにね」


 そんな連れない返事。

 仁はちょっとそわそわする。

 呼んでもいいじゃなくて、呼んでほしいと言ったほうがいいだろうかと悩む。


「それよりおとーさん。カレー食べないの?」

「待て、食べる。食べるんだが心の準備が……」


 食欲をそそる香り。

 キューブフードで味も知っている。


 それでも躊躇ってしまうのはその見た目だ。

 黒い液状の食事。

 周りが美味しそうにたべているし、ジェイクが作ったものだ。


 害はない。ないのが分かっても……ちょっと怖い。


「意外。教官にも苦手なものがあるなんて」


 その様子を遠巻きに見ていたユーリアがそう呟く。

 既にその前には空になった皿が置かれている。

 対面ではコウとメイが競うようにカレーの皿を積み上げている。


「こんなに美味しいのに不思議ですね」

「つか小隊長。お前一杯で足りるのかよ。この後も自主練すんだぞ」

「もうお腹いっぱいよ。それに最近ちょっと……」


 体重が増えたという言葉は口の中で消えた。

 それに気付いたのか気付いていないのかメイが嬉しそうに言う。


「ようやく世界が私に追いついてきたようで……食堂の担当がハドソンさんに変わってから体重が5キロ増えましたよ」

「やるじゃねえか。俺も結構増えたけどな」


 メイの場合は元々が標準を大きく割っていた。

 それが標準体重に近寄ってきたのだから素直に嬉しいのだろう。

 コウに関しては完全に筋肉量が増えている。

 この二ヶ月ほどで目に見えて体が太くなっていた。


 ユーリアも事情としては同じようなもので、筋肉によって体重が増加している。

 断じて贅肉ではない。


「っていうかメイ。あんた堂々と体重がどうとか……」

「みおも体重増えたよ! 身長も伸びた!」


 カレーを前に懊悩している仁を置いて、澪が訓練小隊トリオの元へ遊びにやってくる。

 7月も半ば。

 三人とも澪とはだいぶ馴染んでいた。


「澪ちゃんは育ち盛りですからね。その調子で世界を取るのです」

「よく食ってよく寝ろよ」


 現在進行形で育っている二人が澪を激励する。


「でも食べ過ぎはだめよ。体脂肪率にも注意して。減らし過ぎも可愛くないから」

「お前……軍人が体脂肪率減らすなとか……」

「お黙り! 腹筋バキバキの女の子はモテないのよ!」


 ユーリアの主観である。

 ただ、第三船団の一般的な傾向として細マッチョな女子よりも、少し肉がついている方が好まれるのは事実であった。


「今年の夏こそ素敵な恋をしたいの……!」

「だーから食事控えてんのか。筋肉にしないように」


 馬鹿らし、とコウが肩を竦める。


「ナスのおねーちゃん、ご飯はちゃんと食べないと駄目だよ?」

「大丈夫よ。ちゃんと最低限は食べてるから」

「諦めましょうよユーリア。去年だって訓練校だってバレたらみんな逃げてたじゃないですか」


 その微妙に悲しい遍歴を暴露されたユーリアは羞恥で顔を真っ赤にする。

 メイの隣でコウが笑いをこらえて顔を真っ赤にしていた。

 ここで笑ったらどんな報復が来るか分からない。コウも必死である。


「だから今年こそは万全の体制でゲットしたいのよ!」

「何をゲットするの?」


 澪の純朴な視線がユーリアに刺さる。

 まさか六歳児に男が欲しいです! と直球には言えずに少し困る。


「ユーリアはですね。男を食べたいんですよ」

「え」

「いや、ちが……」


 驚きに目を見開く澪。

 ユーリアも否定しようとするが、それよりも先にメイが続ける。


「食べちゃうの……?」

「それはもうぺろりと丸呑みです」

「怖い……」


 澪の身体が小さく震え始める。

 今頃澪の頭の中では頭から男を丸かじりにするユーリアの姿が描かれているだろう。


「かっこいい男を食べたくて、舌なめずりして周囲を見渡しているんです」

「ナスのおねーちゃん、おとーさんは食べないで……」


 震えながらも健気に仁を守ろうとする澪だが、メイはその彼女を更に驚かす。


「そうやって邪魔してくる女の子はみんな追い払われてしまうんです」

「ぴっ……」


 悲鳴を上げて、澪がユーリアから少し距離を取る。


「しないしない! 澪ちゃんを追い払ったりしないし、澪ちゃんのおとーさんを食べたりしないから!」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。メイ、悪質な冗談はやめなさい」

「すみません。澪ちゃんの反応が良くてつい」


 ついで食人鬼にされては堪らない。

 そこでこの話は終わりかと思われたが、澪が何かに気がついた顔をする。


「もしかして……この前のおねーさんはおとーさんを食べに来た……?」

「この前、この前。ああ」


 澪が誰を指しているのかわかった三人は微妙な顔になる。

 この話題を続けるのは良くないと思って、露骨に話題を逸らす。


「そういえばもうすぐ船団も夏季ですけど、澪ちゃんの学校では水泳の授業とかやりましたか?」

「ううん。まだ。でも来週からやるって先生が言ってた」


 移民船団では可能な限り母星の環境を再現している。

 季節もその一つで、わざと暑くしたり、寒くしたりと無駄に思えることをしていた。


 ただ服飾業界的にはそうした季節ごとに衣類が必要になるので潤っているとか。


「じゃあ可愛い水着を選ばないとですね」

「もうこの前買って貰った! 白いリボンのついた奴!」

「準備が良いな」


 コウが感心していると澪が爆弾を投下していく。


「お風呂はいるときに買ってもらったの」

「風呂……?」


 第三船団ではマイナーな文化だが、知識としては三人も知っている。

 ただ記憶にある限り、風呂で水着は着ない。どういうことか。


「おとーさんとしゃろんと一緒に入ったの」


 無邪気に楽しかったことを語る澪に、三人の訓練生は微妙な視線を交わし合う。

 話をそらしたつもりがあんまり逸れていなかった。

 澪のいうしゃろんが、よく見かける女性整備士だというのは知っている。


(やっぱこれってアレだよあ)

(前妻と後妻の……)

(娘の親権争いですかね……)


 先日突如として現れて仁の頬を張っていった女性。

 その会話内容はよく聞こえなかったが、姿形はよく覚えている。


 何しろ、今目の前で一生懸命に話している澪とよく似た容姿をしていたのだから。

 澪と並んで立たせれば、仁よりも親子らしいと言える見た目の女性。


 事情を知らぬものから見ればーー澪の母親にしか見えなかった。


 人の家の事なので深くは突っ込めないが、実のところ気になって仕方ない。


「そういえば澪ちゃんは泳げるんですか?」

「およげるんですか?」


 どういう意味? と首を傾げる澪にコウが親切さを見せる。


「水の中で移動する方法っていえばわかるか?」

「おーペンギンだ!」


 何故かテンションを上げる澪。


「ペンギン? まああいつらも泳ぐか」

「プールで澪も泳ぐの?」

「多分な」

「宇宙でも泳げる?」

「う、宇宙はどうだろうな……?」


 宇宙遊泳という言葉はあるが、抵抗のない真空中で水泳と同じことができるかは分からない。

 というか多分できないだろうとコウは思う。

 それでも期待に満ちた澪の視線に否定的な言葉は返せず。


「少しは役立つだろ。多分」


 と言葉を濁した。


「そっか。頑張らなくちゃ」

「澪ちゃんは宇宙に行きたいんですか?」


 やる気を見せる澪にメイが問いかける。


「うん。おとーさんのお手伝いしたいの」

「澪ちゃんは良い子ですね……」


 ほっこりしたメイとユーリアがその頭を撫でる。

 何故突然頭を撫でられたのか分からない澪は少し混乱した。


「おーい、澪。そろそろ帰るぞ」

「はーい」

「お前らもいつも澪の相手してくれてありがとうな」

「お礼は成績でいいですよ」


 メイの図々しい要求に仁は頷いた。


「良いぞ」

「え、嘘」

「マジカ」

「高い成績を付けても文句を言われないように厳しい訓練にしないとな。明日から課題を一つ追加するか……」


 余計な事を増やしたメイは二人からどつかれた。


 その日の帰り道。

 澪はキョロキョロあたりを見渡しながら警戒するような仕草を見せる。

 大人しく右手を繋がれているが、手を離したらどこかへ飛んでいきそうであった。


「何してるんだ、澪」

「男を丸かじりにする人を警戒してる」

「……そんな凄い奴がいるのか」


 小型のASIDか何かだろうか。


「おとーさんは澪が守るの」


 何やら使命感に満ち溢れている澪を仁は抱きかかえる。


「こうやって抱っこされているうちは、まだ俺に守られていてくれていいぞ?」

「むー早く大きくなりたい」

「そんなに急がなくていいぞ。あんまり駆け足だとおとーさんが置いてかれちゃうから」


 どうか置いていかないで欲しいと仁は思う。

 一度置いていかれた身だから余計に。


 その思いが通じたのか澪もわかったと頷く。

 そして。


「暑い。おとーさん降ろして」

「暑いな。確かに」


 船団内の気温もだいぶ上がってきていた。

 もうすぐ第三船団に夏が来る。


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