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14 左手でビンタ

 仁達を始めとする現場の人間の多大な苦労の果てに、大規模シミュレーター演習は無事開始された。

 

 演習参加者にも名を連ねている仁は、訓練生部隊を率いて戦線の一角を任されていた。

 

「隊列を崩すな! 中隊単位での射線集中を徹底しろ!」


 人型相手にドッグファイトが出来るのは四回生でも居はしない。

 必然、距離を取っての射撃戦になる。

 

 一直線に並んだ陣形からの集中砲火。

 レオパードのエーテルライフルであっても、十本以上の火線に晒されては人型も耐えられない。

 

 兎に角緩やかに下がりながら、一体ずつ確実に仕留めていく戦法だ。

 

 そして、それでも尚押し込まれそうになった時は仁の出番である。

 

 単独のレイヴンが急加速する。

 一瞬で最高速に達した漆黒の機体は、同じ人型ASIDの群れの中へと飛び込んでいく。

 

 ここの宙域に、クイーンクラス――即ち黒騎士はいない。

 そして黒騎士が居なければ、仁にとって人型は大した脅威ではない。

 

 レオパードの時でさえそうだったのだ。

 より性能の増したレイヴンなら尚の事。

 

 エーテルダガーとエーテルライフルをそれぞれ掴んで。

 右眼と左目で別々の方向を見る。

 機体の半分と半分で別々の人が操縦しているような動き。

 

 人型ASIDの陣形をズタズタに引き裂いて、訓練生達の砲火の中を逆走して舞い戻る。

 

 ――ほとんどの訓練生にとっては人型ASIDよりも教官である仁の方が恐ろしかった。

 

 今回は二回生に混じりながら隊列の一部を形成している某教え子たちはこうコメントする。

 

「教官大分人間っぽい動きしてましたね」(Mさん17歳)

「変態機動してなかったので大分手加減していたと思います」(Yさん16歳)

「後ろに目を付けろとか言わないだけ大分優しいんじゃねえかな」(Kさん16歳)


 尚、これらのコメントは後に教官の耳に届いた事を付け加えさせて頂く。

 

「にしても、結構やるな」


 全体の損耗率は実戦時よりも低めを推移している。

 規模も編成も違うので一概に比較はできないが、正規兵達もあれから鍛えたのか。

 それとも、生き残った者から抽出したサンプルだからこそ高くなっているのか。

 或いはまた別の理由か。

 

 残念ながら仁達の担当宙域、訓練生部隊は一番損耗率が高い。

 未だ未熟な訓練生部隊なのだから当然なのだが、それがちょっと悔しい。

 自分の指揮次第でもう少し生き残らせられたのではないかと思えるのだ。

 

 正規兵が損耗率15%だとしたら訓練生は20%を超えている・

 

 そしてぶっちぎりなのがサイボーグ戦隊だ。

 

「脱落二機……化け物かよ」


 損耗率は僅か1%。

 キルレシオは1:12の圧倒的優勢を維持している。

 他が緩やかに戦線を下げているのに対して、派遣部隊は寧ろ押し上げようとしている事からもそれが腰の引けた戦いの結果ではない事が分かる。

 

「ここまでとは……」


 サイボーグ戦隊の驚異的な所はその質の均一さだ。

 外科的手術による肉体強化は、身体能力の不均衡を生じさせない。

 後は同じ戦術を叩き込めば、殆ど同じ能力を持った兵士の誕生だ。

 

 高い質の操縦兵を集める。

 その質は突出していても行けない。

 部隊として考えるのならば均一な方が良い。

 

 第二船団の保有する技術は精鋭部隊を作るのに非常に向いているといえた。

 

「……まさかそれが狙いか?」


 技術の売り込み。

 サイボーグ改造技術を第三船団に売り込む。

 その為のデモンストレーションとしてのこの演習……。

 

 そんな事を敵陣に突撃中に考えていたのだから、他者が見たら呆れるしかない。

 高速戦闘での格闘戦。集中力が最も要求される場面。

 その状況で集中を欠いても仁の動きに淀みは無い。

 

 この程度の相手は身体に沁み込ませた動きだけで十分に対処可能だった。

 

 そう、仁がその神経を傾けさせなければいけないような相手は――。

 

 戦場に突如として表れたクイーンクラスのエーテル反応。それも二つ。

 

「これは……」


 一個は恐らく黒騎士だろう。サイボーグ戦隊と相対する形。

 そしてもう一つは。仁の目の前。オーバーライトで接近してきたという想定か。

 

 大型の角の様な武装を構えた細見の白い人型。

 船団呼称ユニコーン。

 船団に多大な損害を与えた砲撃型のASID。

 

「やばい」


 その戦術情報は仁の頭にも入っている。


 ユニコーンの由来ともなったその武装。

 その側面から一斉にエーテルの光が零れ落ちていく。

 

 流星雨の様な輝きが曲線を描いて、隊列を組んでいた訓練生達の元へと降り注いでいく。

 

 それは真実流れ星だった。

 地上から眺めるものではなく、軌道上で遭遇した流れ星――即ち死の象徴だ。

 

「全機回避!」


 だがその指示は遅かったと言わざるを得ないだろう。

 射撃効率を上げるためにみっちりと隊列を組んでいたレオパード達に、十分な回避スペースは無い。

 

 回避もままならず、次々と撃ち落されていく。

 クイーン級のリアクター出力で、人型のサイズ。

 その砲撃の火力は常識はずれな程に大きい。

 

 一撃で大破認定を受けて、訓練生達が脱落していく。

 

 たったの一射で三割が墜とされ、無傷なのは二割程度。

 半数は多かれ少なかれ機体を損傷している。

 

 対集団に特化したASID。

 その砲火を辛くも潜り抜けた仁は一瞬判断に迷う。

 

 撃ち合いでは絶対に勝てない。

 ならば活路は前に出るしかない。

 

 しかし、ユニコーン以外にもまだ人型ASIDは多数存在する。


 このままでは全滅。

 しかし、手を打ったとしても――。

 

「損傷した機体は隊列を組みなおせ! 再度編隊射撃で敵を落としていけ!」


 そして僅かに存在する無傷の機体は。

 

「残りは戦線を押し上げろ! ユニコーンを落とすぞ!」


 活路は前にしかない。

 ならば前に出て自分の力で切り開くしかなかった。

 

「よっし。漸く上がれるぜ」

「これでやっと無駄玉撃たずに済みますね!」

「アンタら射撃はもっと練習しなさい」


 仁の指示に喜び勇んで、二人の突撃馬鹿と、一人の苦労人が飛び出していく。

 訓練生の中でもこの三人の実力は群を抜いていた。


 突撃部隊の中でも一機、突出するメイ機。

 中の人間を液状にする気かと思う程の縦横無尽に駆け回る機動。

 

 その動きに人型は付いてこられない。

 そしてそのメイの動きに気を取られている隙に、ユーリア機の狙撃が火を噴く。

 

「動きながら撃つのはあんまり得意じゃないんだけど……」


 そう謙遜しながらも、その射撃は正確だ。

 人型の隊列に穴を開け――。

 

「ナイスだ小隊長」


 こじ開けられた隙間にコウが飛び込んだ。続けてメイが。

 仁のお株を奪う様な乱戦へと持ち込み、他の突撃部隊の進路を補佐する。

 

「コウ、後ろから見るとキモイ動きしてますよ」

「うるせえ。それで勝てるから良いんだよ」


 人体の構造を無視したアサルトフレームの動き。

 肘とは逆方向に腕を曲げながらの射撃。

 膝を横へ曲げて、脚部スラスターを駆使しての水平移動。

 

 順調にコウは人としての動きを踏み外していた。

 

 教え子たちが奮闘している間、仁も遊んでいたわけではない。

 ユニコーンに第二射を撃たせない様に近接戦へともつれこませる。

 

 ライフルも投げ捨てて、両手にエーテルダガーを握り締めた。

 砲撃機が懐に入り込まれたら普通は終わりなのだが、ユニコーンの場合は少し違う。

 大型のエーテルカノンである主武装。

 その先端に着いた衝角を駆使して格闘戦を仕掛けてくる。

 例えるならばそれは槍術に近い。

 

 リーチも長いそれに阻まれて、仁も攻めあぐねる。

 リーチに関してならば、何時かのようにエーテルの刀身を伸ばす手もある。

 

 だが相手が悪い。

 クイーンクラスの人型ASIDに攻撃を通すには、通常よりも収束させた武装が必要だ。

 その威力とリーチは両立させられない。

 

「どうするか……」


 こうして張り付いているだけでも相手に仕事はさせられない。

 しかし現状維持で勝てる程甘い相手でもなかった。

 

 槍である以上、突いて戻すという一連の動作がある。

 そこに己の動きを合わせる。

 

 単調だと仁は思った。

 人型を相手にしていた時は、この単調さを作り出すために下準備を必要とした。

 対して今のこの動きは何かと思う。

 このシミュレーションプログラムを組んだエンジニアは、人型の何が最も恐ろしかったのかを理解していない。

 

 敵の引きに合わせる。

 機体とユニコーンの額がぶつかり合う程の至近距離。

 

「貰ったぞ。白いの」


 二本のエーテルダガーを同時に首筋へと叩きつける。

 首の両側から挟み切る様にして頸部を斬り飛ばした。

 

「弱い」


 これが黒騎士と同格の相手だったというのならば、余りに再現が甘いとしか言えない。

 こんな物ではなかった。

 こんな、機械的な相手ではなかった。

 

 微かな落胆を、仁は覚えた。

 どうやらこのシミュレーションでは雪辱を果たすことは出来なさそうだと。

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― 新着の感想 ―
[一言] だいたい、シミュレーターとかで再現された強敵って弱くなる傾向にあるよね
[一言] 更新ありがとうございます。
[一言] 僕の考えた最強のボス! 変態「なんやこのぬるゲー」
感想一覧
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