13 右手で握手
「おとーさんをいじめるなー!」
「……え?」
凍り付いたように空気の止まった食堂で、一人だけ動く者が居た。
澪が仁の頬を張った相手に体当たりを敢行する。
あっちいけーと軽い身体で押し込んでくる相手を見て、女性士官は戸惑いの表情を浮かべる。
「何で、姉さ――」
「何やってんだ馬鹿!」
「こっちこい!」
一瞬の硬直。
即座に背後の同僚の隊員らしき第二船団の軍人たちが仁の頬を張った女性士官を取り押さえて連れ去っていく。
それと入れ替わる様に一人、一歩前に出た。
「部下が失礼をした、東郷中尉」
中々に手際が良いと、少し混乱したままの頭で仁は答えた。
「前回の件も含めて、改めて謝罪の場を設けさせて頂きたいが……」
「いえ、ご配慮感謝いたします。中佐殿」
階級章は全船団共通だ。
そこからすれば今目の前で謝罪の言葉を吐いているのは中佐。
推測すれば、第二船団派遣部隊の実働部隊。その隊長だろう。
思い返せば、この声は何時ぞやの繭の時に聞いた覚えがあった。
「ですが自分はそれを受ける立場にありません。しかるべき場、しかるべき相手にお願いいたします」
言外に、この場で済ませるなと仁は慇懃無礼な口調で相手に告げる。
正式なルートでの謝罪をしろと言う要求に、女性士官を連行した以外の士官たちが悪感情をぶつけてくる。
懐かしいと仁はふと思った。
教官になってから浴びせられることは殆どなくなったが、こうした悪感情をぶつけられることは以前はよくあった。
小さく口元に笑みを浮かべてそれらを受け流す。
「なるほど……承知した。近い内に必ず」
今回の件と、前回の件。
どちらも第二船団側の過失だ。
それが外交的なカードになるかどうかまでは仁に興味はない。
ただ、その視線は背後へと連れていかれる女性士官に向けられていた。
「改めて、パウル・グレイス中佐だ。第二船団と第三船団の技術交流の打ち合わせの為に来たのだが……構わないかな?」
涼やかな声。
今しがた部下が暴力沙汰を引き起こしたとは思えない程にフラットだった。
その態度に、仁は違和感がある。
別に慌てふためいて欲しい訳じゃない。
ただ何か。
超然とし過ぎている。
まるで目の前の出来事に興味が無い様だ。
「技術交流……?」
聞き覚えの無い内容に仁は訝し気な声を出す。
そんな話は聞いていないし、そもそも何故訓練校でと言う疑問もある。
それに先回りするようにグレイスが応える。
「ああ。今回の人型の襲撃で大きく数を減らした第三船団の戦力。それを支えるのはいずれ任官する訓練生達だ。その彼らにより密度の高い経験を積んでもらおう……と言う意図らしい」
「なるほど」
一応筋は通っている。
通っているのだが。どうにも違和感が拭えない。
そんな事の為に、態々第二船団の最精鋭が訓練生に? と言う疑念。
だが教官として見るとありがたい話には違いない。
どんな形であれ、全船団を通しても最高峰の部隊の動きを間近で見れるというのはこの上ない経験だ。
「困ります、中佐! 勝手に部屋から移動されては!」
「すまないな、少尉。つい、訓練校と言う物が懐かしくてね」
慌てて駆け込んでくる同僚の教官の姿を見て仁も漸く納得した。
何でこんな関係も無い食堂にいるのかと思ったが、勝手に出歩いていたらしい。
紳士然とした態度を取っておきながら、大層な傍若無人ぶりである。
「ではまた。東郷中尉」
そう言ってグレイスは食堂を辞していく。
漸く音を取り戻した食堂で、ジェイクが冷やした手ぬぐいを持ってくる。
それを受け取ったシャーリーが仁の頬を冷やした。
「ったく……何だったんだアイツらは」
「災難でしたね。中尉」
二人とも、あの頬を張った女性士官については聞こうとしない。
その気遣いが有難かった。
だが、その気遣いが全くできない者もいる。
「もーあのおばさんなんなの」
澪は大変ご立腹だった。
年齢だけならば、ここにいる訓練生と大差ない相手をお姉さんではなくおばさん呼ばわりである事からも相当憤慨している様だった。
「……あいつは義妹、だよ」
正確には――そうなる予定だった相手だ。
最後に会ったのは二年前。
以来一度も顔を合わせてはいなかったが。
「そうか、軍人になったのか……」
呟きが仁の唇から漏れる。
なって欲しくは無かった。
だが、きっとなるだろうと思っていた。
自分が彼女の立場ならそうする。
そう思えるくらいには……彼女と仁は似ていたのだから。
◆ ◆ ◆
「第二船団の部隊と共同で、対ASID戦闘のシミュレーションですか」
「そうだ。シチュエーションとしては、前回の人型襲撃時を踏襲する」
その翌日。
講義カリキュラムの変更を告げられた仁達は大慌てで大規模シミュレーション演習の準備を進めていた。
恩師が通達された演習内容を淡々と読み上げていく。
「参加部隊は、第二船団派遣部隊の半数と、訓練生二回生から四回生、加えて正規兵からも複数部隊が参加する」
「総勢参加数は900名ですか。相当な数ですね」
「それに合わせて人型の数も調整するらしい」
これだけの人数ともなると、とても訓練校のシミュレーターだけでは足りない。
恐らくは各シップごとの基地に分散しての演習となるだろう。
「景気の良い事に、これらの費用は全て第二船団持ちだ」
「へえ」
そりゃ本当景気が良い……何て素直には考えられない。
むしろ状況を見ると、悪辣とさえ言える。
「自分たちが居れば、人型来ても大丈夫だったってアピールしたいんですかね」
「或いはそれを理由として何かの取引を通したいか……まあ政治の匂いがするな」
「実は俺、その匂い大っ嫌いなんですよね」
「奇遇だな東郷。私もだよ」
船団同士の武力衝突は船団憲章で禁じられている。
それでも水面下を見ればこういう牽制は日常茶飯事だ。
移民船団はそれぞれ独立した勢力。
それが集まればどうしたってこういう煩わしいやり取りは増えてくる。
「ったく……人が弱ってるところに付け込んできて」
「弱ってるからこそ、かもしれないですね」
どっちにしても碌な話じゃない。
「さて、ここで一つお前に伝言がある東郷」
「伝言?」
「そう。伝えるぞ? 『これはサイボーグ戦隊が居たらと言う想定であると同時に、君が居たらと言う想定でもある。是非とも奴らの鼻を明かしてくれ』だそうだ」
「少佐……」
あの時の自分が居たとしても真っ先に突っ込んでいってそのまま帰らぬ人となっていたと仁自身思う。
後方に回されていたお陰で仁は黒騎士の襲撃に直ぐに対処できた。
だからもう少佐の判断に思うところはない。
「まあ、ちょっと面白そうではありますね……またあいつらが来た時の訓練にもなる」
「確かにね。何で来たのか分からないからまた来るかもしれない」
今のところその気配はないが、備えは大事だ。
「にしても本当に急ですね」
「全くだね! またカリキュラム変更だよ! 遠征訓練あるからそれまでにやらない事山積みだし困ったもんだよ」
「本当ですよね……一週間後って一体何を考えているのか」
急すぎる動き。
(……これも関係があるのか?)
先日のシャーリーとの密談。
ジェイクにも協力は要請したが、有力な情報は無い。
そのせいかついつい関連性を疑ってしまうが、流石にそれは疑い過ぎだろうと仁は首を振った。
何でもかんでも疑っていては何もかもが怪しく見えてくる。
疑心暗鬼になっていては肝心な物を見落としそうだ。
「ってことは今シミュレーターの準備中ですか」
「そうだね。今頃整備士たちがひいひい言いながら調整してるんじゃないかい?」
「ああ、それはしてそうですね……」
シャーリーもしばらくは調査どころじゃなさそうだった。
代わりにまだ少し痛みを持つ頬を抑えて、考える。
「ねえ教官」
「アンタも教官だろうが……で、何だい?」
「訓練校の入試面接してたんですよね」
「ああ。そうだね。東郷は私の担当じゃなかったか」
「ええ。別の人でした。志望動機って、何が多かったか覚えてます?」
その問いかけに怪訝そうに顔を顰めて。
「まあ一番は、船団を守るためって言うのだね。本気か面接用の答えかは迷うところだけどね」
「復讐っていうのは……」
「そりゃあいるさ」
何でもない事の様に恩師は言う。
「一割か二割くらいはそう言う動機だったよ」
「そうですか……」
その質問で仁が何を聞きたかったのか。
彼自身にも良く分からなかった。
ただ恐らくはその動機に染め上げられた義妹が今何を考えて軍人を続けているのか。
そんな事を気にしていた。




