11 お泊り4
「おとーさんぎゅーってして」
「はいはい」
甘えてくる澪を抱きしめてやると満足そうに身じろぎする。
こんなふうに甘えてくるのも今の内だけだろう。
その内反抗期という物が来ると仁は知っている。
そうなったらきっと一緒に寝るどころか同じ部屋で空気を吸うのも嫌がられるに違いない。
「しゃろんもぎゅーってして」
「良いですよ」
にしても、澪もシャーリーもこの短時間で随分と仲良くなったと仁は思う。
いや、澪に関していえば割と誰とでも仲良くなる方なのだが。
シャーリーに関しては何なのだろうか。
母性などと冗談めかして言っていたが、まさか本当にそれなのだろうか。
少なくとも無条件に子供好きだとは仁にも聞いた覚えが無かった。
シャーリーが抱きしめる邪魔にならない様に、仁が身体を離すと澪が追いかけてくる。
「おとーさんはそのまま」
「そのままか」
つまり。二人に抱きしめられて挟まれたいという事らしい。
何とも贅沢な話だ。
……全然関係のない不安だが。
将来男を侍らせていそうでちょっと心配になる。
いや、将来どころか今の段階で既に三人子分として侍らせている。
何という女王の素質かと仁は戦慄する。
やはりこいつは大物になるだろうと確信した。
「えっと、じゃあ失礼します」
澪は小柄だ。
その身体を二人で抱きしめようとすれば――仁とシャーリーもほとんど抱き合うような形になる。
数年ぶりに間近に感じるシャーリーの吐息に、少し仁は身を固くした。
それは相手も同じだと気付いて少しだけ安心する。
「なんか、しゃろん……おかーさんみたい……」
「澪、それは……」
それ以上は言わないで欲しいと仁は思った。
かつて付き合っていた相手への捨て切れない思いとも違う。
家庭を持つはずだった相手への忘れられない思いとも違う。
仁自身良く分からない感情に突き動かされる。
だがそこで仁は己を抑制した。
きっと澪は何も考えていないのだから。
ただ、話に聞く母親という物がいるとしたらと深く考えずに言っているだけだ。
或いは、無意識に母親を求めているのかもしれないと思う。
それを言われたシャーリーはシャーリーで、少しショックを受けていた。
本人的にはおねーさんのつもりだったらしい。
残念ながらその枠は既に澪の中で埋まっている様だ。
しばし、口の中で何事か呟いていたが、澪は眠りに落ちていった。
「寝ちゃいましたね」
「こいつ滅茶苦茶寝付き良いんだよな……」
まるでスイッチを落としたかのようにすっと眠る。
その才能は仁からすると羨ましい。
戦場でもどこでも寝付きが良いというのは体力回復に役立つ。
「今日は本当に澪のお願いに付き合ってくれてありがとう、シャーリー」
「どういたしまして。私も楽しかったですよ。妹が出来たみたいで」
私末っ子でしたからとシャーリーは笑う。
「澪はおかーさんみたいと言ってたけどな」
「慕われるのは良いんですが、まだおかーさんって年じゃないので……」
「現実見ろよ。お前の年齢で澪くらいの娘いる奴は結構いるから……」
「同じくらい未婚の人もいますから! っとと。大きな声出したら澪ちゃん起きちゃいますね」
その尤もな問いかけに、仁は答える。
「大丈夫だ。こいつ一度寝たらよほどのことが無い限り起きないから」
「そうなんですか…………」
何で今こいつちょっと距離取ったと仁は訝しむ。
それはさておいて。
「なあ、率直に聞きたいんだけど」
「何でしょうか」
「俺は、ちゃんと父親をやれてるか?」
その問いかけにシャーリーは目を丸くした。
「どうしてそんな事を?」
「俺は、親の顔を知らないからな」
「そうでしたね……」
移民船団でも親の居ない子供は存在する。
澪の様に、生まれが定かではない者。
親に捨てられた者。親が死んだ者。
仁の場合は捨てられたらしい。
施設の前に生後数か月の仁が置かれていた。
東郷仁という名前もその施設で与えられたものだ。
そしてそれ以外は何も与えてくれなかった場所だ。
だから、仁には分からない。
親子とはどうあるべきなのかが。
「鏡を見て来てください」
「うん?」
「澪ちゃんのおとーさんの顔が見れますよ」
シャーリーは小さく笑った。
「少なくとも澪ちゃんの為に父親らしくしようと考えているだけで十分に父親をやれてるんじゃないでしょうか」
「そう言われると少し安心できる」
「……澪ちゃんを引き取ったのはそれがあったからですか?」
「うん?」
「施設暮らしさせたくなかったからなのかと」
「それも理由の一つだな」
考えなかったわけではない。
仁の居た施設は仁が訓練校に入学した年に閉鎖された。
どうも色々と法を犯していたらしい。
子供たちの食事は三食キューブフードだけだったし、妙に女子だけ引き取り手が多かった。
不適切な金の流れやら何やらで一時はそれなりにニュースを賑わせた記憶がある。
そういう事があったので、今の施設はそれほどひどい物では無いだろうと知識では知っている。
だが仁の中にある施設は、やはりあの劣悪な場所なのだ。
「他にも理由が?」
そう言えば話したこと無かったかと仁は思う。
単に話すタイミングが無かっただけなのだが。
「……令に似てたからな」
驚いた気配がシャーリーから感じる。
「そう、なんですか?」
「ああ。正直、最初に見た時には驚いた」
本当に瓜二つなのだ。
「……令に会ったこと無かったっけ?」
「無いですよ。名前だけです。でも……そうですか。令さんに……」
しばしシャーリーは目を閉じる。
「中尉」
「んお?」
次に目を開けた時には、シャーリーは軍曹の顔つきになっていた。
「いつだったか言ってましたよね中尉。何のために戦うのか分からないって」
「……ああ。言った」
施設出身だったからだろうか。
仁は戦う理由が無かった。
スローガンの様に掲げられる背後の市民を守れと言う言葉。
それに仁は何故、という事しか感じられなかった。
仁にとって友と呼べるのは皆訓練校に入ってから出来たものだ。
皆、戦うために訓練してきた仲間たちだ。
だが実際には、彼らは皆盾となる。
名前も顔も知らない背後の誰かの為に盾となる。
それが仁には辛かった。
仁が死なせたくないと思う人は隣にばかりで、後ろには誰一人としていなかったのだから。
令と出会うまでは。
そして、令を亡くしてからは再び見失っていた。
「今は、大丈夫ですか?」
「……ああ。心配かけた。もう大丈夫だ」
だけど今は澪がいる。
仁は澪の手を引いて守っているが――同時に澪は仁の手を取って引き留めているのだ。
「なら良かった。澪ちゃんがいれば安心ですね」
再び目を閉じて開いた時には緩い表情に戻っていた。
「……全然話は変わるんだが」
何となくその顔を直視できなくて、仁は話題を変える。
「この前頼んだドローンの解析の件だ」
「ああ。あれですか。今一進んでないですね……」
「あれについてはネットワークに情報を上げずに直接やり取りしよう」
つまり、メール等一切使わずに、データチップを使った直のやり取りに限定する。
それは最大級の機密を扱う時のやり方だ。
「……船団内に網が張られていると考えていますか?」
「可能性だけは考えてる。ただちょっと状況が読めない。かといって、放置するには面倒だ。がっつり関わってるしな」
ドローンの件。
回収された繭の様な物体。
人型ASIDの不審な行動。
仁が知るだけで三つも不審な出来事がある。
そしてその全てに仁は関わっている。
「少なくとも大っぴらにできる情報じゃないのは確かだ。慎重に立ち回りたい」
「確かにそうですね。分かりました。でも頻繁に会ってたらそれはそれで怪しまれませんか?」
その事は仁も考えた。
だが図らずも澪が突破口を与えてくれた。
「そこは大丈夫だろう」
「何かいい考えが?」
「今回と一緒だ。澪を出汁に使わせてもらう」
「……なるほど。盲点でしたね」
ただこれにも致命的な問題点があった。
「問題は、そんなに頻繁に会っていると……まあ邪推されるだろうな」
「……されるでしょうね」
結婚していないいい年した男女が頻繁に自宅に泊りがけ。
仁だったら邪推する。
シャーリーだって邪推する。
ユーリアなら鼻血を出して倒れる。
仁は兎も角、シャーリーは今後の人生に関わってくるかもしれない。
婚期を逃すことになっては気の毒だ。
そう考えると一度は名案と思えたこの考えも愚策に思えてくる仁だった。
「いや、やっぱりこの作戦は無しに――」
「いえ。やりましょう。他に良い手はありません。大丈夫です。周りが何を言おうと気にしなければいいので」
食い気味にシャーリーがそう言う。
「それよりも、ジェイクにも一枚噛ませましょう。アイツ、色々と伝手持ってますし」
「軍の外から見て貰った方が却って見えることがあるかもしれないな……うん、確かに」
シャーリーの意見に尤もだと仁も頷く。
「決まりですね。じゃあ今日はもう休みましょう」
「そうだな。細かい所は明日以降詰めていこう。お休み」
「おやすみなさい」
そう言って。仁は眠りに就く。
澪を羨むまでもなく、十分な寝付きの良さだった。
そしてシャーリーと言えば。
胸が高鳴って眠れない。
澪の為。
情報漏洩を防ぐ為。
それが全て建前でしかない事は自分が一番良く分かっている。
「私って……」
もう一度仁の側にいる大義名分。
それに耐えきれずに飛びついてしまったのだと。




