06 休み時間
授業参観の開始は五時間目――つまりは午後からだ。
「すっかり時間割とか忘れてますね……」
「訓練校だと講義1コマ90分だからな……」
五限目と言えば大体17時頃からだという印象が残されている。
そう言えば初等学校時代は一コマ50分だったなあと思い出さされた。
そんな訳で今、学校は昼休みである。
「学校の給食のキューブフードって何か微妙に不味かった気がする」
「いえ、ちゅ――仁。私出身は第一なので普通の給食でした。同意を求められても……」
「そう言えばお前お嬢様だったよな……」
第一船団――即ち、全移民船団の祖となった船団だ。
150年前、たった一隻の移民船から始まった宇宙移民の時代。
そのパイオニアである。
移民船団の中でも最も歴史が古く、他の船団よりも一個上の扱いが暗黙となっている。
それを抜きにしても金持ちの多い船団である。
「結構堅苦しい場所でしたよ」
「いや、それは間違いなくお前が自由過ぎるだけだ」
バッサリと切り捨てる。
年甲斐もなく頬を膨らませて威嚇してくるが、その程度で怯える程仁も殊勝な人間ではない。
シャーリーは無視して、視線を窓の外――校庭の方へと向ける。
「お、澪だ」
やっぱりあの銀髪は目立つなと思う。
こうして遠目に見てもすぐに見つけられた。
「え。澪ちゃんどこですか」
「あそこだ」
仁が指さして澪の場所を教えるが、シャーリーは見つけられないらしい。
「シャーリー。お前実は目悪いだろ」
「1.5あります。4.0の仁が可笑しいだけです!」
「あー1-8-200メートル辺りだ」
面倒になって仁は宙域座標で澪の大体の位置を告げた。
大雑把に言うと右斜め下200メートルくらい先、である。
「あ、いました。にしても澪ちゃん……足早いですね」
「かけっこで子分作ってるって言ってたからな」
二チームに分かれて鬼ごっこをしている様だった。
捕まえる鬼役と逃げる役。そして捕まった子を逃がす役だろうか。
ここからではルールが分からないが、中々戦略的な動きをしている様だった。
俯瞰的に見ていても澪の動きは中々キレがあった。
鬼の腕を掻い潜って逃げる様な真似をしている。
「シャーリー。双眼鏡無いか。もっとしっかり見たい」
「ある訳が……ある訳が……どうぞ」
あるのかよ聞いた仁が驚きながら受け取る。
「聞いておいて何だが……何で持ってるんだ」
「……偶に発着場でドッキングする船見たりしてるので」
少し恥ずかしそうにシャーリーはそう言う。
流石メカオタクであった。これほど説得力のある理由はない。
「ああ……スカートであんな走って」
「その辺、今度教えてやってくれ」
今言われるまで仁も気付かなかった。
というよりも全然気にしていなかった。
「そうします。ダメですよ。澪ちゃん女の子なんですからそういうところも気にしてあげないと」
「肝に命じよう……待て、今後ろの奴顔赤くして目を背けたぞ。まさか中身見たんじゃないだろうな」
「落ち着いてください。その手にしたペットボトルで何をするつもりですか。むしろ紳士的で好感持てるじゃないですか」
怒りで瞳を燃やす仁を、シャーリーは必死で押さえつける。
手を離した瞬間にペットボトルがミサイルの様に少年の元へと飛んでいきそうだった。
「にしても澪ちゃん楽しそうですね。良かった」
「友達結構いるみたいだな……意外だった」
仁の印象としては澪は表情を変化させない子供だ。
感情はその身の内に溢れている様だが、それが余り表に出ないと言うべきか。
加えて、これまで同年代と接したことが無い。
友達をうまく作れないのではないかと心配してたこともあった。
「ホッとしたよ」
何やら澪が指さして指示を飛ばしている。
それに追従するように三人の男子が動いていた。
「……子分って彼らか」
とりあえず顔を覚えておこうと仁は目を凝らす。
別に深い意味はない。
「お、今の奴は良い反射神経してるな」
一人の少年が鬼のフェイントに見てから反応していた。
無論ただの偶然という可能性もあるが。
「スカウトか何かですか」
「九年後に進路に困っている様だったらスカウトしたいな」
反射神経はパイロットに求められる素質の一つだ。
尤もその頃に仁が教官をやっているのかは疑問だが。
「私にも見せてください。順番ですよ」
「はいはい。ほらよ」
「ありがとうございます。あ、何か終わったみたいですね。澪ちゃん褒められてるみたいですよ」
見れば片方が大喜びしている。
澪もピョンピョン飛び跳ねていた。どうも澪の居る方が勝ったらしい。
「あ。おい。あいつ今澪の肩触ったぞ。セクハラだろあれ」
「初等学校の一年のスキンシップにセクハラとかいう人初めて見ましたよ。間違ってもそんなことでクレーム付けないでくださいね」
そうしてまた二チームに分かれてゲームを始めるらしい。
ジャンケンでリーダーが一人一人指名して行く方式の様だ。
「あ。真っ先に澪ちゃん取られましたね。相手の子が既に負けた顔してます」
「人気者だな……」
「モテモテですよ、澪ちゃん」
「そう言えば医者からもそんな事言われた」
いつぞやの健康診断で言われた言葉を思い出す。
「へえ。何てですか?」
「絶対美人になるから彼氏連れてこられた日を覚悟して置けって」
「ああ……それはしておいた方がよさそうですね」
シャーリーが半笑いの表情で頷いた。
澪が愛らしいのは仁も認める所だ。
いずれその日が来るのは覚悟している。
だが。
「その日が来たら俺より弱い男とは付き合わせんっていうつもりさ」
「待って下さい。ちゅ――仁。それだと澪ちゃんは仁が死ぬまで彼氏を作れません」
全移民船団でも最強の男を超えろと言うのはあまりにハードルが高い。
「馬鹿。娘を託す相手だぞ。俺より頼りない相手に託せるか」
「結婚相手ならまだしも彼氏にそこまでは求めすぎです」
澪の将来の青春の為に、シャーリーは強弁する。
「……分かった。一先ずは素質を見極めることにしよう」
「その時点でハードル高いですね……潜る方が楽そうです」
そんなバカげた会話をしながら、仁はその視力で澪の表情を見ようとする。
「あいつ。笑わないんだよな」
「へ?」
「笑ったところを見た事ない」
「そう、何ですか?」
「見た事あるか?」
そう問われてシャーリーは記憶を探り。
「……そう言えばないですね」
「泣いた顔も見た事が無い」
確かに、澪は表情の動かない娘だ。
だがそこに感情が無いわけじゃない。
だから、学校では笑えているかと気になっていたのだが、どうやらこちらでも変化が無いらしい。
「ちょっと心配だ」
「気にしすぎじゃないですか? 澪ちゃん、鼻の辺りとか、目の周りとか見ていると良く動いてますし」
確かに仁もその辺りで澪の感情を察している。
でもなあ、と考えているとシャーリーがビシッと音がしそうな勢いで仁の鼻先に指を突き付けた。
「もしも笑わないんだとしたら、それはきっと仁のせいです」
「俺の?」
「だって笑わないじゃないですか。親が笑わなければ、澪ちゃんも笑わないでしょう」
いやいや、そんな事は無いだろうと仁は反論した。
ちゃんと笑っていると。
「じゃあ今笑ってください。3、2、1、はい」
いきなりカウントダウンされて若干慌てながら仁は笑みを浮かべる。
「それは笑顔ではなく、鼻で笑うというんです」
とダメだしされた。
ちょっとショックを受ける仁。
「おとーさんが笑わないから澪ちゃんも笑わないんじゃないですか?」
「……ちょっと否定できなくなってきた」
そう言えば澪は良く自分の真似をして表情を作っていたと思い出す。
つまりそのラインナップに笑顔が無いという事は――仁に笑顔が無いという事になる。
「澪ちゃんと一緒に居て楽しいんですよね」
「そりゃもちろん」
「だったらもっと笑顔で。別にジェイクみたいに胡散臭い笑顔を浮かべる必要はありませんから。楽し気な笑顔を」
どこかでジェイクの「ひでえよ!」という声が聞こえた気がした。
「楽し気な笑顔か。頑張る」
「私もなるべく澪ちゃんにお手本見せますから。と言う訳で笑顔になれる様にご飯でも奢ってくださいね?」
「ちゃっかりしてやがる……」
まあ元々澪を預かってもらっていた礼もあるので奢るつもりだった仁は快諾する。
――そんな会話は、保護者の待合室で行われていた。
仲睦まじいパートナー(に見えていた)との会話。
それを見せつけられた面々の若干食傷気味の表情と苦笑い、そして僅かな羨望の視線に二人が気付く事は無かった。




