05 昔の話
「いや……それは流石に……」
ASIDが人を助ける。
それはこれまでの宇宙移民史で培われてきた価値観を丸ごとひっくり返すような出来事だ。
「念のため確認なんだがあの人型、実は中に人が乗っていた……って訳じゃないんだよな?」
「ええ。それは間違いなく。人間が乗り込めるようなスペースがそもそも存在していませんし、ASIDのコア……プロセッサも少し複雑化はしていましたが延長線上ですね。つまりあれは完璧にASIDです」
あの知性の高さ。
万が一レベルの可能性だが、どこかの船団がASIDに偽装した部隊を派遣したという物を考えていた。
だがそれは明確に否定される。
「遠隔操作の可能性も?」
「無いです。エーテル通信ならタイムラグはほぼゼロですから理論上は可能ですが……それらしき機構は見つけられなかったです」
だとしたらあれはやはり正真正銘のASID。
「その辺の事はもう上にも上げてる情報だろ?」
「そりゃ勿論。二週間くらいで管轄が移ってしまったのでこれ以上の詳細は私は知らないですけど」
ベッドの上で寝転がり、仁は天井を見上げた。
「だとしても、結局はASIDな訳だよな」
「そうですね」
「……ダメだ分からん」
それは第二船団が何をやろうとしているのか。
そして人型ASIDが何をやろうとしているのか。
そのどちらを推測するにも余りに材料が少なすぎる。
今何を語ってもそれは推測に推測を重ねたもの……つまりは妄想に等しい。
「俺は探偵じゃないからな……」
「ぷっ……良いじゃないですか。エース探偵」
「お前今噴き出しただろ?」
「いえいえ。まさか。全移民船団切ってのエース様の発言に噴き出すなんてそんな恐れ多い……くくっ」
何がツボに入ったのか、楽し気に笑う軍曹を見て仁も唇を曲げる。
目じりに浮かんだ涙を拭って、少しだけ軍曹は声のトーンを落とす。
「澪ちゃんですけど」
「うん?」
「昨日は淡泊じゃないかって言いましたが、ずっと何かにお願いしてたらしいですよ。おとーさんを助けてくださいって」
可愛いですね、と軍曹は微笑む。
あんまり見ないその表情に仁は視線を逸らした。
逸らして、代わりに別の事を聞く。
「そういえばお前、澪の事は最初から気に入ってたよな」
「だって可愛いじゃないですか」
「それは否定しないけど」
親バカですねえと軍曹が笑う。
その笑い方もやはり、何時もの馬鹿話をしている時の笑い方じゃなくて仁は調子が狂う。
「本当に最初の最初から何か世話焼いてたりしてたから何でかなって」
「あー何ででしょうね。確かに言われてみれば……本能?」
割と真剣な顔をして軍曹はそんなことを言ってくる。
言って来るので言い返してやった。
「お前の一族の本能は機械に恋するところだろ」
「いやいや……否定はしませんけど、それだけだとあっと言う間に末代ですから」
うーんと、軍曹は首を捻って本人も納得していないような顔で言う。
「母性本能?」
「程遠い物が来たな」
「すいません。自分でも言っててそう思います」
似合わないですよね、と笑う。
やはり調子が狂う。
馬鹿話をしている距離感が一番いいのだと。
お互いにそう結論付けたはずなのに。
澪が間に入ったことでその距離感が曖昧になっている。
「悪いんだけどもう少し澪の事を頼んでも良いか? あーいや。そっちの都合が良ければだけど」
軍曹には軍曹の生活がある。
漂流中も含めれば二週間面倒を見て貰っただけでも感謝してもし切れない。
これ以上は厳しいとなれば、早急にシッターを雇わなければいけない。
「大丈夫ですよ。別に休日に用事がある訳でもないですし。それよりも、早く中尉は身体を治して退院してください」
そう言って指を一本立てる。
「私は機械を直す専門で人間は専門外ですから。早くおとーさんの元気な姿を見せて澪ちゃんを安心させてあげてください」
「……ああ、よく分かってるよ」
軍曹の言葉に仁は頷く。
澪との約束は山ほどある。
やってあげたいことも山ほどある。
その全てを叶えるためにはリハビリを頑張らなくてはいけない。
◆ ◆ ◆
別に軍曹に発破をかけられたからではないが。
仁はリハビリを頑張った。
第三船団の医療技術なら萎えた筋肉も二日もあればそれなりに形になる。
医者を拝み倒して、一時退院の許可を貰って、久しぶりの自宅に戻る。
空けていた期間は二週間だというのに、懐かしさを覚える。
ここが自分と澪の家だと感じられるようになった。
それが嬉しさと寂しさを同時に運んでくる。
出来れば、そこに令を加えたかった。
少しばかり感傷に浸り、スーツに着替えた。
そうして澪の学校へと向かい……。
「何でお前らがいるんだ?」
「いや、澪の嬢ちゃんが誰も来ないんじゃかわいそうだと思ってな……」
「まさか中尉が二日で退院してくるとは思わなかったんですよ。なので不承不承ですが、ジェイクと代役を務めようかと」
なるほど。
こいつら澪の事好きすぎるだろうと突っ込みながら仁は雑に手を振った。
「そうか。ありがとう。お疲れ様。もう帰っていいぞ」
「おいおい! そりゃねえぜ!」
「そうですよ、せっかくここまで来たんですから澪ちゃんの授業風景見させて下さいよ!」
「って言ってもな……」
いくら家族の形が多様性に満ちた移民船団でも三人というのはあまり見ない組み合わせだ。
せめて二人に絞りたい。
「じゃあお前らじゃんけんな。勝った方が俺と行く」
「何で中尉は確定枠何ですか!」
「おま、何様だよ」
「澪のお父様だよ! はい、3、2、1。さいしょはぐー」
話が進まないので強引に進める。
「じゃんけん、ぽんっと……軍曹の勝ちだな」
「ぬあああ負けた!」
「うぷぷぷ、お疲れさまでしたジェイク」
勝者と敗者。
明確に分かたれた運命。
「さあ、負け犬はさっさと帰りなさい。警備員呼びますよ?」
「お前鬼かよ」
仮にも、先程まで一緒に入ろうとしていた仲だというのに軍曹も容赦ないなと仁は思う。
高笑いしながら軍曹は仁に向き直った。
「さ、行きましょ中尉」
「と言う訳だ。すまんなジェイク。態々来てもらったのに」
流石に気の毒になって目の前で手のひらを立ててすまんと謝る。
それを見て、ジェイクがにやりとした笑いを浮かべた。
嫌な予感がする。
「いや気にすんなよ仁……それはそうとだ。お前らは仮とは言え澪の嬢ちゃんの保護者として参観するわけだ」
何を言おうとしているのか分かった仁はジェイクの口を塞ごうとする。
だがそれよりも早く、ジェイクは言った。
「だったら、中尉、とか軍曹、とか呼ぶのは不自然だよなあ? パートナーがそんな呼び方はあんまりしないよなあ?」
「ジェイク、てめっ」
だが実際それは不自然だろう。そもそも態々軍服を脱いでいるのに軍関係者だと丸分かりである。
別にばれても問題は無いのだが、やはり周囲は少なからず委縮する。
ジェイクの悪あがきにも一理あった。
「確かにそうですね。行きましょう東郷」
「ん、そうだな。シャロン」
サラッと互いに訓練校時代の呼び名に戻してジェイクの鼻を明かす――つもりだった。
「パートナーが姓を呼ぶ……妙だな」
わざとらしく顎に手を当てて、ジェイクはフィクションに出てくる探偵の真似事をする。
こいつ、喫茶店のマスター兼探偵をやるつもりかとちょっと仁は嫉妬した。
それは普通にかっこいい。
仁の感性はさておいて、完全にジェイクは楽しんでいた。
ここぞとばかりに弄り倒す。
そして確かに今回のジェイクの妄言にも一理あった。
第三船団では結婚時に姓を同じ物にするのが多数派なのだから。
それでも別に少数派だっているんだから無視しても良いのだが――。
ここでムキになるとジェイクが喜びそうでそれも癪だった。
「あー。行こうか、シャーリー」
「あ、う。はい……仁」
顔を赤くするな。と仁は悪態を吐く。
こっちも恥ずかしくなってくる。
「まあ及第点だろ。ちゃんと中でもそう呼び合えよ?」
そう言いながらジェイクは一仕事終えた顔で帰っていった。
今度予定しているバーベキューで絶対に報復してやると仁は心に誓った。
「とりあえず受付を済ませよう」
「そ、そうですね」
お互いに、何となく視線を逸らしながら。
学校の入り口で授業参観用にIDの登録を行う。
「何だか懐かしいですね初等学校って」
「そうだな……俺のところはもう少し汚い校舎だった気がする」
「ここは結構綺麗ですよね」
小声で話しながら、仁とシャーリーは廊下を歩く。
授業参観が始まるまで待合室として使う教室への移動中だ。
そうして歩いているとシャーリーが可笑しそうに笑う。
「どうした?」
「いえ。訓練校時代の事を思い出して。こんな風に別室で講義する時は歩いてたなって」
「ああ。そうだったな」
歩いていたは大分穏当な表現だろう。
大抵は遅刻寸前で走っていた。
ああ、だけど。
別に今の生活に不満がある訳じゃない。
あの当時だって悩みは山ほどあった。
だけど。
自分の人生の中で輝いていた時期を上げろと言われたら。
幸福だったのは令と居た時間だったが、輝かしい思い出だったのは――。
あの訓練校で過ごした慌ただしく忙しない日々だったのではないだろうか。
「思い出話をするほど年取ったつもりじゃなかったんですけどね」
そう言ってシャーリーは寂し気に笑った。




